(1990年 アメリカ)
往年の西部劇の復活、素晴らしい撮影、白人の贖罪意識にリーチしたテーマ、アクションに依拠しない作風と、名作の要件をしっかりと備えている。ひょっとするとコスナー監督の実力以上の作品になっているのかもしれないが、個人的には合わなかった。

感想
大スター ケビン・コスナーの初監督作にして、ビジネス面でも批評面でも最高の結果を収めた一作。
1990年度のアカデミー賞では作品賞を含む7部門を受賞し、またゴールデングローブ賞でも同じく作品賞と監督賞を受賞。
そして製作費2200万ドルに対して全世界で4億2400万ドルもの売上をあげるというモンスター級のヒットに。
加えて、マイケル・チミノ監督の『天国の門』(1980年)の大失敗以来、西部劇は低調で思うように製作費が集まらない中、コスナーが私財を投げうってまで制作したというフィルム外のエピソードもドラマティックで、まさに1990年を代表する作品となった。
・・・そんな世評に反し、個人的にはさほどの思い入れがない。
中学時代に日曜洋画劇場でやってるのを見たけどあんまり面白いと思わず、それから何年か後に劇場公開版と4時間アナザーバージョンがセットになったDVDを買ったけど、見返した劇場公開版がまたしてもイマイチに感じられたので、アナザーバージョンは見ないまま中古市場で売り払ってしまった。
そんなわけで個人的な相性の良くない映画なんだけど、この度、ふと本作のことを思い出し、三度目の正直はあるんじゃないかと思い始めた。
なんだが、本作のBlu-rayはすでに廃盤で、動画配信もなされていないと言うではないか。
人は、見られないと言われると見たくなるもので(「追い求めるプロセス」や「手に入りそうで入らない緊張感」に脳の報酬系が強く反応していることが主な原因らしい)、メルカリを1週間ほど物色した後に、2010年頃にワーナーからリリースされたBlu-rayの中古版を2500円ほどで購入した。
我ながら良い買い物だったと思う。
南北戦争下のアメリカ。北軍のダンバー少尉(ケビン・コスナー)がフロンティアの要塞に一人赴任し、現地でアメリカ先住民と仲良くなるというのが、言わずもがなの概要。
あらためて鑑賞してみて思ったんだけど、ダンバー少尉の背景を省略しすぎではないか。
冒頭、なぜ敵陣に身を乗り出したのか、なぜ「フロンティアを見たい」という希望を持っていたのか。
状況から読み解けば、南北戦争下のアメリカ社会に幻滅していたということは何となく推測できるけど、ドラマに落とし込まれていないのでどうにもフワフワした存在に感じられた。
重傷で切るか切らないか迫られていた足は、いつの間に回復したんだろう。
また本論に入った後においても、ダンバー少尉は「先住民を保護しなきゃ!」という現代人のような価値観をまとった人物でしかなく、時代劇の登場人物にはまったく見えなった。
人種差別を扱った映画では、正しく現代的な価値観を持った白人の主人公と、粗野で無教養で時代錯誤的なその他の白人が綺麗に分けて描かれることが多いのだが、それって差別の本質を捉えていないように感じる。
一部の残念な人だけが差別主義者なのであれば、大した問題ではない。
良識的な人・分別のある人までが無意識に差別を受け入れている、あるいはそれが正しい秩序だと信じているからこそ、差別とは厄介なのである。
作品全体を俯瞰しても、この映画は安易な手法に走り、物事を単純化しすぎたり、単なるステレオタイプな見方で描いたりといった面が目立つ。
なにせ、コスナーとマクドネル以外のすべてのキャラクターは、良いインディアン、悪いインディアン、卑劣で腐りきった白人の、3タイプのいずれかに分類されるようなありさまなのだ。
ポーニー族とアメリカ騎兵隊に至ってはほとんど陰影のない無思慮な悪役として描かれており、キャラクターとしての面白みはゼロに近い。
物語終盤、遅れてきた騎兵隊にダンバーがボコボコにされ、囚人以下の扱いを受ける理由もよく分からんかった。
彼は正式な指揮命令系統で要塞に派遣された将校にして、戦争の英雄である。
そんな男が、ただ「先住民の服を着ている」というだけで兵卒レベルから凌辱を受けるいわれはないだろう。
「先住民と関わったから死刑な」も意味不明。
3時間もの上映時間があったのだから、あちら側の描写にもう少し時間を使っても良かったのではなかろうか。
とまぁ文句ばかりを書いてきたけど、いわゆる「白人酋長もの」の決定版として、多くの後続作のテンプレートになったという文化的重要性は無視できない。
何せ、直接的な影響を与えているのが『ラストサムライ』(2003年)に『アバター』(2009年)に『デューン/砂の惑星』(2021年)である。
後続作がいずれも錚々たる作品群であることからも、本作が提示した物語の骨格が何度も再利用可能なほど立派なものだったということが伺える。


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