(2024年 日本)
芥川賞作家 平野啓一郎の小説の映画化作品で、テクノロジーを通して分人主義を描いた意欲作であるが、上映時間と構成力が全く追いついておらず、ぶちまけた構成要素を一切まとめきることなく終わる残念作となっている。個人的には、近年稀にみるレベルの駄作。

感想
宿泊したビジネスホテルのVODで無料で見られたので、何気なく再生してみたら、とんでもなく酷い映画で腰を抜かした。
小説『本心』(2021年)の映像化作品で、原作者の平野啓一郎は「分人主義」を唱えている。
分人主義を平たく言うと、人ってのは様々な局面で人格を使い分けて生きており、そのどれもが本当の自分なので、どこまで掘り下げていっても、たった一つに絞り込める個性なんてものは存在しないんだよって考え方である。
まぁそうなんでしょうね(超適当でごめん笑。この手のトピックにあまり関心なくて・・・)。
主人公は町工場の溶接工 朔也(池松壮亮)。
二人暮らしの母(田中裕子)に冷たい一言を言ってしまったその日に、母親から「大事な話がある」と電話がかかってくるが、後輩と飲みの約束があるしまた今度聞くねと言って通話を終える。
その夜、帰宅の最中に川へ身を投げる母の姿を目撃。
朔也も慌てて川に飛び込むが母を救うことはできなかった。
母は何を言おうとしていたのか?
朔也はベンチャー社長 妻夫木聡の元に駆け込み、AIを用いて故人の意識を復元、あの夜できなかった会話をしようとするというのが、ざっくりとしたあらすじ。
聞かずに流した会話が後日気になったという経験は、誰しもにあるだろう。
それが身近な人で、かつ二度と会えないとなれば、その時に聞かなかったことへの後悔はハンパなものではなくなる。
自分が耳を貸さなかったせいでこうなったのかもとかいろんな憶測が走り、心穏やかではいられなくなるだろうし。
そうした着眼点の鋭さもあり、ツカミは満点だ。
バーチャル母を生成する過程で朔也が提供した画像はスマホによる補正が入ったもので、復元されたオリジナル画像では母親は笑っていなかったことも判明。
「良好な親子関係だと思ってたのは俺だけで、母にとってはつまらなかったのかしら」と急激に自信をなくしていく息子という図にもハッとさせられるものがあった。
この辺りは原作にあった良さなのかな?テクノロジーと人間性を絡めたアプローチは有効に機能している。
なのだが、「息子さん以外からの情報提供も受けることで、AIをより本人に近づけます」という妻夫木聡の号令の下、生前の母が親しくしていたらしい女性 三好(三吉彩花)が絡んできたあたりから、雲行きは怪しくなってくる。
この三好という女性、朔也の高校時代の同級生と同一人物じゃないかという疑念が持ち上がる(名前こそ違うが顔はそっくりなのだ)。
で、その同級生は、どうやら朔也の人生を変えるきっかけとなった人物らしい。
・・・って、ややこしすぎ!
母が言い残したことに加え、三好という女性の正体、そして封印された朔也の過去と、全員が全員なにかしらを抱えていて、解かなきゃいけないミステリーが多すぎるのだ。
さらには、シンギュラリティだのSNSだの同性愛だの格差社会だの高齢化問題だの闇バイトだのと、テクノロジーと社会問題に係るテーマが盛り盛りにされており、もはや闇鍋状態。
監督のコメントによると原作にあった要素をすべて残したとのことだが、500ページ弱の原作を要約するのに上映時間と構成力が全く追いついていない。
「母が言おうとしていたこと」を主軸として、周辺人物たちのドラマ、テクノロジーや社会問題に対する問いかけはあくまでサブとして扱う構成にしないと、すべてを同一のレイヤーで扱えば混乱するに決まっている。
結果、中盤以降は母親がほぼ蚊帳の外に置かれ、もっぱら朔也と三好の関係性にフォーカスされるものだから、「何がしたいんだコラ!」と長州力ばりのツッコミを入れたくなってしまった。
お母さんの話を聞かなかったことへの反省やら後悔は、一体どこにいったんだよと
また朔也と三好のパートが面白くないの。
母親のデータ提供を依頼した、丁度そのタイミングで三好の住む集合住宅が倒壊する事故が発生していた。住み家を失った三好を、朔也は自分の家に来てはどうかと誘う。
もう善意どころか下心しか見えてこないオファーであるが、三好は二つ返事でOKしてしまう。
若い女性(しかも美人)が、一人暮らしの男性宅にこんなアッサリ転がり込むなんてことがありえるだろうか。
しかも三好さん、心の病を抱えていて他人に触れることが一切できないとのこと(握手すら不可能)。そんな人が他人の家に上がるわけないでしょ。
こうした説得力もリアリティもない描写の積み重ねで、人間ドラマであるにも関わらず人間味を感じないという倒錯した作品となっている。すべてが雑過ぎるのよ。
リアリティで言えば、真夏に二人で鍋を囲むなど、まぁおかしな描写が続く。ありえなさ過ぎて、逆に何か深い意味でもあるのかななんて思ったが、夏鍋の真意は今でも分かっていない。
あと三吉彩花さんという俳優が三好彩花という役を演じていることの意味って何だったんだ?
とにかく本作は、何か意味があったのか、ただの頓珍漢だったのか、演出意図を掴みかねる描写が多く、見ていて疲れた。
そして朔也は朔也で、三好は同級生だったのか聞かない。
三好には隠している様子もないんだからさっさと聞いてしまえばいいのに、なぜそんな大事な情報を引き出さず、やれ花を飾りたいだ、やれガスを止められただと、どうでもいい話ばかりをしてるんだろう。見ていて非常にストレスだった。
やがて物語は、店員を恫喝するおっさんを朔也が制止した動画が大バズりし、この動画に感銘を受けた金持ちから、自分のために働いてくれないかとのオファーを受けるという、訳の分からんゾーンへと突入していく。
この段階になると、母親の本心というテーマは朔也の心からも、視聴者の関心からも、完全に消え失せてしまう。
ほんでこの金持ちが三好さんに惚れて、朔也に対して仲を取り持ってくれないかと言い出す。
まぁ三好さんは美人だし仕方ないかと思ったのも束の間、朔也にお膳立てを依頼するばかりか、愛の告白までを代行させようとする。
そんなんでうまくいくわけがないだろ、阿呆か。
それでも三好さんは金持ちの経済力にクラっと来たりもするのだが、結局朔也の家に戻るという、十人中十人が予測可能な決断を下す。なんだこのつまらない話。
むしろ金に転んだ方が面白かったんじゃない?
そういえば、三好さんが途中から山Pに見えて仕方なかったなぁ。
そんで学生時代以来、朔也は三好さんを思い続けてきたという前提で今の今まで物語は進行してきたのだが、実は好きというわけでもなかったことが朔也の”本心”だった。
このどんでんが一言でアッサリ語られるのみで、危うく聞き逃しそうになったんだけど、こういう部分こそしっかり描いてほしかったな。
最後の最後、思い出したように母親のエピソードに戻ってくるんだけど、彼女が言いたかったのは「あなたを産んでよかった。幸せだった」
え、そんだけ?
彼女は川に身を投げたかのように見えたが、実は猫を救おうとして誤って転落したものであり、別に死のうとしていたわけではないらしい。
引っ張りに引っ張った挙句がこのオチかと、最後は怒りに震えてしまった。
深読みすれば、これはAI母の意見であって、故人の本心ではなかったのかもしれない。
AIの反応がおかしかった場合、「そんなこと言わなかったよ」と声をかけることで修整をするというくだりが序盤にあった。
こうした修整を重ねた結果、AI母は朔也から見た母親像にカスタムされており、もはや生前の彼女とは似て非なるものなのかもしれない。
であるから、彼女から発せられる言葉は、朔也が聞きたい言葉にすぎないのかも。
こうして考えると深い映画だったような気もするけど、少なくとも観ている間は、高尚な哲学よりも登場人物達の頓珍漢な行動の方が気になって仕方なかった。
ネタ映画としてツッコミを入れながら見る分にはいいけど、真剣に見ると2時間を損するんじゃないか。


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