ハウス・オブ・グッチ_上流階級という魔界に立ち向かう悪妻の雄姿【7点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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実話もの
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(2021年 アメリカ)
家族経営だったグッチブランドの内輪揉めと、夫を謀殺するに至った悪妻を描く伝記映画だが、演出は思いっきり犯人側の視点に寄っており、彼女を同情すべき対象として描いているのが興味深かった。

感想

ファッションの類にはあまり興味がないので、グッチというブランド名こそ一般常識として知っているが、それを所有したこともなければ、店に入ったこともない。ちょっと調べてみると、何てことないカバンが20万円超でビックリした。

そんな状態なので本作の題材にも興味が持てずスルーしてきたんだけど、新作『ラスト・サバイバー』(2026年)であらためてリドリー・スコット監督の手腕に感銘を受け、本作も見てみたらきっちり面白かった。

やはりリドリー・スコットの映画は手堅い。

さすがに名作の類は出てこなくなってきているけれども、幅広いジャンルを股に掛けつつ、大ハズシすることがまったくない。これほどの多作でハズレを出さないのは凄いことではなかろうか(本作も『最後の決闘裁判』のポストプロダクションと並行しての撮影だった)。

1995年に発生した、マウリツィオ・グッチ殺害事件の映画化。

原作となるノンフィクションが出版されたのが2000年で、リドリー・スコットが映画化を発表したのが2006年。

当初はレオナルド・ディカプリオとアンジェリーナ・ジョリーの共演作になる予定が、度重なる延期を経てようやっと製作に入ったのが2019年、公開が2021年という難産となった。

何にそんな時間がかかったのか具体的には知らないが、世界的有名ブランドの汚点を描くとあればいろんな横槍が入ったのであろうということは、何となく察しが付く。

リドリー・スコットの名前で集められたというだけあって、キャスティングがまず凄い。

主人公マウリツィオ・グッチとその妻パトリツィアに扮するのがアダム・ドライバーとレディ・ガガで、マウリツィオの父ロドルフォがジェレミー・アイアンズ、叔父アルドがアル・パチーノ、従兄弟パオロがジェレッド・レト。

グッチという大看板に負けないほどの豪華なキャスティングだ。

特にジェレミー・アイアンズとアル・パチーノが兄弟という設定には大いに盛り上がった。ちなみにロドルフォ役にロバート・デ・ニーロの名が挙がっていた時期もあり、もし実現していれば輪をかけてえらいことになっていただろう。

最終的に妻パトリツィアが夫マウリツィオを謀殺することになるのだが、そこに至るまでの同族経営内でのパワーゲームと、格差婚より生じた夫婦間の行き違いが、作品の主題となる。

高名な一族内で起きた大事件は『ゲティ家の身代金』(2017年)、権力を持った夫婦間の諍いは『ナポレオン』(2023年)と共通しているだけあって、主題の煮詰め方は十分だった。

ドラマの中心をなすのは妻パトリツィア。

最終的に夫を殺すことになるのだから悪人っちゃ悪人なんだけど、では彼女は100%腹黒い人間なのかというと、そういうわけでもない。

パトリツィアにはパトリツィアなりに、夫を支えたいという思いや、ブランドを守りたいという思いもあったんだけど、それがいろいろ拗れて、最後は犯罪者になってしまったという顛末が、実に興味深く描かれる。

頼りなかったマウリツィオを支えた糟糠の妻としての側面と、世界的有名ブランド内で主導権を握ろうとした悪妻としての側面を半分ずつ持った複雑な人物として、パトリツィアは描かれる。

若きパトリツィアはパーティーで偶然知り合ったマウリツィオと恋に落ちるのだけれど、それは純粋な恋心からであって彼の家名には一切惹かれなかったと言えば、嘘になるだろう。

最初は「なに、この変わった人」という印象だったが、苗字を聞いて態度が変わり、数日後には偶然を装ってマウリツィオに再接触した。

彼女の中にも「グッチファミリーとお近づきになりたい」という不純な動機はあっただろうし、彼との関係が成就していく過程では、恋心以外の面での高揚感もあっただろう。

かといって玉の輿狙いというわけでもないのは、父ロドルフォと絶縁したマウリツィオをマスオさん状態で引き取ったあたりからも明らかである。

何が彼女を追い込んだのかというと、表面上はどれだけ仲良く振舞ったとしても、結局は外様扱いを受けて大事なことには関わらせてもらえないという上流階級ならではのハードルの高さと、そんな中での絶望的な孤立だろう。

若き日にマウリツィオの恋人として父ロドルフォ(ジェレミー・アイアンズ)に紹介された段階から、その点への懸念はあった。

顔合わせ当初は「良いお嬢さんだねぇ」なんて言ってロドルフォも上機嫌なんだけど、パトリツィアの実家が運送業経営という情報が入ってきた瞬間に態度が変わる。本人を前に明言こそしないが、「息子よ、なんて娘を連れてきたんだ」という内心がはっきりと透けて見えてくる。

さすがはオスカー俳優ジェレミー・アイアンズ、表面上は取り繕ってるんだけど、内心でははっきりとパトリツィアを見下していて、何なら「はよ帰れ」ぐらいに思っている底意地の悪さが実に絶妙で、一方間違った場所に来てしまったと後悔するパトリツィアの気まずさを観客はしっかりと共有できた。

もしもこの流れでグッチ家へ嫁ぐ話が具体化していれば、あるいはパトリツィアはマウリツィオとの結婚をより慎重に考え直したのかもしれないのだが、彼がいったんグッチ家から身を置くという選択をしたことで、パトリツィアは「難しい家と関わることになる」という決意をはっきり下す機会を失ったともいえる。

彼女もまた被害者なのだ。

そしてまた別の場面。

株券への署名を偽装した容疑をかけられたマウリツィオは、当局の捜査から逃れるため妻子をイタリアに残したままスイスへと一時避難する。

そこで学生時代の女友達パオラ(カミーユ・コッタン)との焼けぼっくいに火がつくのだが、当然面白くないのは本妻パトリツィアである。

様子を見にやってきたパトリツィアは、マウリツィオやパオラたちの優雅なブランチに割りこむ。

ちょっとヤバイ空気を察知しつつも、そこは優雅に受け流す上流階級のお友達。

そんな絶妙なピリつき感の中、差し入れに持ってきたマカロンをどこで買ったのかと聞かれたパトリツィアは、「あなた(=マウリツィオ)と新婚時代にパリに行ったでしょ~。そこで連れて行ってもらったエッフェル塔の高級レストランで~」と、我こそがグッチ家の嫁アピールをするのだが、相手にしているのは正真正銘の上流階級の人たちである。

パリに行っただの、高い店で飯を食っただのということは、そもそも自慢にならない。

パトリツィアがマウリツィオにしてもらったことを盛りに盛りまくって説明するほど、「この人は私たちとは違う身分の方なのね」という印象を与えてしまう悪循環。

こんな的外れなパフォーマンスを友人の前でされてしまった夫マウリツィオは気まずさ全開で、「君の話には関係ない情報が多すぎるんだよ」の一言で無情にも打ち切られてしまう。

彼女が完全にやらかした瞬間である。

ここからパトリツィアのボタンの掛け違えは取り返しのつかないことになり、最終的にマウリツィオを謀殺するに至るのだが、図らずも上流階級の前で哀れなピエロになってしまったパトリツィアには、物の哀れが宿っている。

ちなみにヨーロッパ社会は、大多数の労働者階級、少数の中流階級、ごく一部の上流階級により構成されており、パトリツィアは中流階級の出身である。

彼女とて社会全体から見ると恵まれた立場にあり、自分の家柄や仕事にはそれなりのプライドを持っているのだが、上流階級という桁違いの人たちの前に出れば張子の虎以下の存在となる。

そんな彼女の揺らぐアイデンティティが事態を余計に悪化させるのだが、同じく中流階級出身のリドリー・スコットは、そのあたりの不安定さを抜群の演出力で見せきる。悪女のはずのパトリツィアに、ほとんどの観客は同情したのではないだろうか。

彼女が犯した大きなミスは、義理のおじアルド(アル・パチーノ)まで陥れてしまったことだ。

アルドは、悪く言えば商売っ気全開、良く言えば金以外に関してはフラットな人物であり、マウリツィオとパトリツィアの結婚を一族内でいち早く祝福した人物だった。

世界的な嘲笑の的だったバブル期の日本人も良いお客さんとして扱い、アジア市場の開拓にも成功したことからも、偏見を持たぬアルドの個性がグッチというブランドにもたらした果実は大きなものなんだが、一族でもっともフラットな人物だったアルドを、あろうことかパトリツィアは刑務所送りにしてしまう。

かくして一族内での孤立を極めたパトリツィアは、怪しげな占い師とベッタリになって完全におかしくなる。

こうした「ダメ押しの一手」が描かれた伝記映画は面白い。

ちなみに占い師に扮したサルマ・ハエックは、現在グッチブランドを所有しているオーナーの配偶者なんだから因果なものだ。

不満を言えば、パトリツィアと占い師の関係を描く描写が少なかったことか。

彼女の指南で夫を謀殺するに至る過程が、やや唐突に感じた。

プロダクションの過程で、レディ・ガガは二人のレズセックスの場面を入れるべきだと主張していたらしい。

そうすれば二人の関係性は明確になったと思うのだが、なぜ撮影しなかったんだろう。

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