(2025年 イタリア・アメリカ)
豪華キャストによる一大歴史ドラマかと思いきや、ダンテ自身にまつわる考察はほとんどない。ジェラルド・バトラーが出ているところだけが異様に面白く、それ以外のパートは死ぬほどつまらないので、2時間半もの長尺は不要だったと思う。

感想
ネットフリックスで配信されている作品だが、まずは出演者を見てほしい。
- オスカー・アイザック(作家ニック・トッシュ)[ダンテ・アリギエーリ]
- ガル・ガドット(ニックの助手 ジュリエッタ)[ダンテの妻 ジェマ]
- ジェラルド・バトラー(殺し屋ルイ)[教皇ボニファティウス8世]
- マーティン・スコセッシ[ダンテの師匠 イザイア]
- アル・パチーノ(ニックの叔父 カーマイン)
- ジェイソン・モモア(ニックを追う男 ロザリオ)
- ジョン・マルコヴィッチ(NYのマフィアのボス ジョー)
- フランコ・ネロ(パレルモのマフィアのボス ドン・レッコ)
()は現代の役柄、[]は14世紀の役柄
『スターウォーズ』や『DUNE』など、ここんところのハリウッドの大作請負人となっているオスカー・アイザックが主演で、B級アクションのスーパースター ジェラルド・バトラーが共演。
そこにワンダーウーマンとアクアマンといった旬のスターに、アル・パチーノにジョン・マルコヴィッチといった重量級のベテラン、果ては映画監督のマーティン・スコセッシにジャンゴことフランコ・ネロと、ご祝儀のような豪華キャストだ。
かなりの期待をかけられていたことは明らかで、きっと凄い映画に違いないと思って見始めたのだが、残念なことにその期待にはまったく届かない出来だった。
全編にわたり文学調の難しい言葉で彩られている一方で、説明的なセリフは皆無であり、さして難しくもない物語を理解するのにひどく労力を使わされた。
監督はただただ観客を混乱させているだけなのだが、そのことを難解さ・高尚さと勘違いしているのではないか。
物語は、時代劇と現代劇が入り混じった構成となっている。
時代劇パートで描かれるのは、公職を追われ失意のダンテが宗教家のイザイアと出会って神曲を書き上げるまでの過程、そして現代劇パートで描かれるのは、イタリアで偶然に発見されたダンテの遺稿を巡る争奪戦である。
断然気になるのは時代劇パートなのだが、全体の構成は時代劇3:現代劇7で、さほど関心のない現代劇パートに比重が置かれている。この時点で漂うボタンの掛け違え感・・・
骨董品に高値がつくことに目を付けたNYのマフィアのボス ジョン・マルコヴィッチが、ダンテに詳しい作家のオスカー・アイザックと手下のジェラルド・バトラーに命じ、はるばるイタリアまでダンテの遺稿を奪いに行かせる。
遺稿の強奪自体は首尾良くいくのだが、いろんな筋からの鑑定書なしでは高値が付かないってことで、オスカー・アイザックが単身イタリアに舞い戻ったことから、イタリアン・マフィア側の人物ジェイソン・モモアからの追撃を受けることになる。
こうして書き出してみると面白そうな話なんだけど、監督のすかした演出のせいで盛り上がりそうな個所はことごとく端折られており、つまらない部分だけが妙に強調されている。
イタリアン・マフィアを相当怒らせた状態にあるにも関わらず、自分の置かれた状況を認識していないかのような主人公の悠長な言動が多く、人生って何だっけなぁという思索に耽る余裕も見せる。
こいつが文学的な独白をすればするほど「そんなこと言ってる場合か」感が強くなり、物語のテンションは落ちていく一方だ。
オスカー・アイザックの眠たくなりそうなモノローグが全編を占めるのだが、そこそこ売れていそうな作家が、なぜマフィアの手伝いをしているのかといった根本的な部分の説明がなかったりで、情報の取捨選択がいちいち癇に障る。
そもそも論で言えば、ジェイソン・モモアがイタリアン・マフィアとどんな関係にあるのかも明示されないし(生前のフランコ・ネロの世話になったんだろうなという推測は立つが・・・)。
同様に、ジョン・マルコヴィッチがマフィアだということを掴むのにもそこそこの時間がかかったが、それを隠したところで物語に深みが出るでもなし、何の意図があってここまでまどろっこしい語り口にしているのか理解に苦しむ。
見続けることに、とにかくストレスの伴う映画である。
そんな中、唯一気を吐いていたのがマフィア側のヒットマンに扮するジェラルド・バトラーである。
登場時点で当人だと気づかないほどでっぷりとした体格のバトラーが扮するのは、マシンガンのように差別用語をまき散らすおっさんなんだが、あまりにやりすぎて不快感以上に笑える存在となっている。
主人公の高尚なモノローグの対比として口の悪いおっさんが置かれてるんだろうことは理解できるが、見ていて・聞いていて面白かったのは、断然バトラーの方である。
こいつが出ている場面だけ猛烈に面白い。
加えて暴力を振るうことにも一切の躊躇がなく、ダンテの遺稿の強奪時にはその場にいた全員を殺害するに留まらず、犬まで殺してしまう。
ドン引きしたオスカー・アイザックから「何で犬まで殺す必要があったんだ」と詰問されたバトラーは、「俺だって犬好きだよ。特に大きい犬は良いね」と、意味の分からん返しをする。
キ●ガイの上に阿呆でもあるのだが、こういうキャラが輝いている映画は面白いと相場が決まっている。
しかしこいつも前半限りで退場してしまうので、監督は観客が何を求めているのかまったく掴めていなかったのではないか。
この手の狂犬キャラを描かせれば右に出る監督はいないマーティン・スコセッシに出演してもらってるのだから、もっといろいろ教えてもらえばよかったのに。


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