マスターズ・オブ・ユニバース_こういうのでいいんだよ!【8点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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(2026年 アメリカ)
ヴィランが働く悪行の理由とか、ヒーローがスーパーパワーを手にする過程とか、そういうのもういらんからという割り切った姿勢が新鮮だった。何か知らんけど良い奴と悪い奴が戦っている。ヒーロー映画はその程度でいいんだよ。

感想

スターウォーズの新作『マンダロリアン&グローグー』(2026年)が、2週目にして低予算ホラーに興行成績で敗退したというニュースが世界を駆け巡った。

MCUは複雑化した世界観の自重に耐えかねて崩壊寸前だし、ワーナーが仕切り直したDCUの第一弾である『スーパーマン』(2025年)の興行成績は損益分岐点を越えられなかった。

IPの扱いに各社が四苦八苦する中、マテル社のトイに起源を持ち、アニメシリーズも人気を博した『マスターズ・オブ・ユニバース』が実写化された。

とはいえ玩具やアニメに触れたことがない私にとって、日曜洋画劇場で放送された実写映画『マスターズ/超空の覇者』(1987年)がイメージのすべてであるが。

製作したのは、80年代前半にチャールズ・ブロンソンやチャック・ノリスのB級アクション映画で荒稼ぎしていたキャノン・フィルムズ。

総帥メナハム・ゴーランの指揮の下、特殊効果に『スターウォーズ』(1977年)のリチャード・エドランド、プロダクションデザインに『レイダース/失われた聖櫃』(1981年)のウィリアム・スタウト、音楽に『ロッキー』(1976年)のビル・コンティ、編集に『アラビアのロレンス』(1962年)のアン・V・コーツ、脚本に『ダーク・クリスタル』(1982年)のデヴィッド・オデルと、物凄いメンツを揃えてきた。

大人の鑑賞にも耐える一大娯楽作を志向していたことは明らかだが、金髪ロン毛に裸マントという、方向性に行き詰った北欧メタルのようなドルフ・ラングレンの姿に大衆はおおいに戸惑い、製作費分の回収もできない爆死となった(ドルは本作にもスポーツクラブの客としてカメオ出演・・・いいやつだ!)。

『マスターズ/超空の覇者』の大コケが、キャノンフィルムズ倒産の原因の一つになったとも言われている。

時は流れて39年後(39年!?どおりで私も歳をとるはずだ)

幾度となく再映画化の話が出ては消えてきた『マスターズ・オブ・ユニバース』の企画をやりきったのは、おなじく80年代のトイ&アニメを起源とする『バンブルビー』(2018年)のトラヴィス・ナイト監督。

マイケル・ベイのリアル志向でゴチャゴチャが行くところまで行っていたトランスフォーマーのデザインを、原作準拠に引き戻してみせた功労者である。

映画は、定番通り世界観の紹介から幕を開ける。

舞台となる惑星エターニアのダサかっこいいデザインに嬉しくなった。こういうのでいいんだよ

王子として何不自由のない生活を送るアダムだったが、ある日、スケルター(ジャレッド・レト)からの侵攻を受け、エターニアの宝である力の剣を持って命からがら脱出する。

が、故郷へ帰還するため必要と言われた力の剣を、早々に無くしてしまうアダム。

この時点で「おやおや?」と感じた。これはMCUやDCUとは全然違うベクトルで作られた映画なのだろう。

また冒頭のアダムのモノローグは、マッチングアプリで出会った女性との初顔合わせでなされた自己紹介だったことが判明する。

身の上を隠しながら生活するのがヒーローの常だが、これをベラベラ喋って回っているというのが本作の新機軸。ルームメイトからも「その話はやめておきな」とたしなめられるレベルで、おそらくこれまでの人生で数百回としてきた話だと思われる。

当然、誰からも信じてはもらえていないのだが。

ここまで開始15分、王道通りの世界観と、型破りな語り口のバランスには舌を巻いた。

その後、力の剣の発見と共に地球での潜伏が敵味方双方に知られるところとなり、ハイウェイにて敵の襲撃に遭う。

何度も主人公を追い込むも、雄たけびを上げたりマウンティングしているうちに逃げられてしまう間抜けな敵も、80年代のアニメからそのまま抜け出してきたかのようだ。

また憎き敵であるスケルターについての説明。

「なぜこんな酷いことを?」

「悪役だから」

「けどスケルターにも何かしらの理由はあるでしょ」

「だーかーらー、悪役だからと言ってるでしょ」

敵の侵攻に七面倒くさい理屈などいらないということだ。こういうのでいいんだよ

また、主人公が苦労の末にヒーローとして覚醒するのが通常のドラマツルギーであるが、本作ではうろ覚えの決まり文句を唱えるだけで主人公が何の試練も経ることなくムキムキマッチョになり、敵の幹部クラスを初戦で捻りつぶすほどの圧倒的な戦力を示す。

その後、一時的にスーパーパワーを奪われるという展開が申し訳程度に挿入されるのだが、すぐにやり返して取り戻す。

主人公が力を手に入れるまでのプロセスも、もはやいらないということだ。何度も言うが、こういうのでいいんだよ。

なんやかんやありつつ、ついに迎えたスケルターとの最終決戦。

21世紀の実写映画らしく、主人公はスケルターに対話での解決を申し入れるのだが、これを拒否されればすぐに殴り合いを再開するという変わり身の早さはどうだ。

しかもスケルターに付け入るスキを与えない程の圧倒的なパワーで完全勝利を実現。

ヒーローが負けるのではないかと微塵も心配させない一方的な試合運びもまた、80年代のアニメっぽかった。

ここまで冗談のように書いてきたが、これほど豪快に崩したストーリーなのに、アクション映画としてもちゃんと見られてしまうのが本作の凄いところで、悪ふざけに徹しているようでいて、実は高い構成力と演出力に支えられているんだろうと思う。

映画は続編を匂わせて終わる。この続きはぜひとも見てみたい。

映画館はガラガラだったので、期待はできなさそうだが・・・

私はTOHOシネマズ日本橋のTCXで鑑賞した。

映画館と言いスクリーンと言い申し分ないのに、初日のレイトショーに入っている客が20人いない程度で心底驚いた。

これは凄いコケ方をするのではなかろうか。

みんなで見て応援してあげてほしい。

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コメント

  1. 匿名 より:

    やっぱり洋画劇場でやってましたか なにかノスタルジーを感じるビジュアルなわけです
    それにしてもドルフも苦労してたんですねw

    • あの頃のドルはジェネリック版シュワルツェネッガーといえる状況で、コナンのパチモンの「マスターズ」とか、プレデターのパチモンの「ダークエンジェル」とか、コマンドーのパチモンの「レッド・スコルピオン」とか、いろいろご苦労なさってました。