(2026年 アメリカ)
現代と過去を行き来する構成はただでさえややこしい話をより複雑化させているだけだし、ミステリーとしては大風呂敷広げすぎでまったく収拾がついていない。

感想
パトリシア・コーンウェルの推理小説『検屍官ケイ・スカーペッタ』シリーズのドラマ化企画だが、まったくと言っていいほど小説の類を読まない私はこの原作を知らなかった。
Wikiの該当記事を見ると、1990年から続く人気シリーズで、2025年には第29作目が発表されたとのこと。
こうした長期シリーズを映像化するにあたり悩ましいのが年代設定である。
舞台を現代に変更すると小説に登場したいくつかの要素を改変せざるを得なくなるし、発刊時点の年代に合わせると、もとは現代劇のつもりで書かれた作品が意図せず時代劇になってしまう。
いずれにせよ原作のテイストを変えてしまうわけで、特に人気シリーズとなると原作ファンたちの怒りを買うこととなるのだが、この点、本シリーズでは独創的な解決策が講じられている。
原作開始当初90年代の若年期スカーペッタと、2020年代の更年期スカーペッタのドラマを並走させるというアプローチが図られているのだ。
確かにこれは素晴らしいアイデアだと第1話では膝を打ったのだが、話を見進めていくと、この構成は企画倒れだったことを思い知らされた。
28年という時を隔てた2つの事件の点と点が、やがて線で繋がっていくという面白みはさほど追及されていないし、新米時代と円熟期のドラマを並走させたにも関わらず時間や人生というものの重みを描けていない。
二つの話が並走することで、ただただややこしくなっただけだ。
2軸のドラマを成立させるには『ゴッドファーザーPARTⅡ』(1974年)のコッポラ並みの高い演出力が必要なのだが、本作のクリエイター陣にはそこまでのパワーがなかったということか。
しかも視聴者に対する情報の与え方もうまくない。
ジェイミー・リー・カーティス扮するドロシーが成功した児童文学作家であるということが分かるのがドラマの中盤であったり、ドロシーの娘ルーシー(アリアナ・デボーズ)が住んでいるのはスカーペッタ邸の敷地内の離れであることに言及されるのが後半であったりと、いろいろと不備が多いのだ。
こうした情報の澱みがあると、人間ドラマへの共感度はどうしても低くなってしまう。
ルーシー絡みで言えば、彼女はドロシーの実子なのか養子なのかもよくわからない。
人種が違うので養子なのだろうけど、だったらその点への言及はあるべきだし、家庭や育児にまったく関心なさそうなドロシーが養子を持った経緯もよく分からない。
人種絡みでもう一つ気になったのは、イタリア系の父親から生まれたケイが、どうすれば真っ白な肌にプラチナブロンドのニコール・キッドマンに育つのかということだ。
原作ファンが書いたと思しき感想を読んでみても、演技の良し悪し以前の問題としてニコール・キッドマンはケイ・スカーペッタのイメージとかけ離れすぎてんだろというものが目立つ。
もしくは行き過ぎたポリコレ風潮の結果、どう考えても成立しない人種の組み合わせを見せられても、観客は「そういうもんだ」と納得しなきゃいけない時代にでも突入してるのだろうか?
肝心のミステリー部分は、あまりに手を広げ過ぎてとっ散らかった印象だ。
過去と現在で同様の手口の連続猟奇殺人事件が起こる。
その捜査の過程で浮かび上がってくるのは、怪しげな信仰宗教に、行政による隠蔽に、ロシアの産業スパイに、宇宙ステーションの事故と、あまりにも突飛すぎる。
闇鍋状態で様々な構成要素が次々と提示された挙句、最終話になっても事の真相は1ミリも明かされないという、世にもあんまりな構成となっている。
どうやらAmazonは2シーズン確約で権利を買ってきたらしく、シーズン1で終わらせる気は全くなかったらしい。
ただし何も解決せずに終わるサスペンスなんてのは不良品以外の何物でもなく、一応の決着はつけてほしいところだった。


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