(2026年 アメリカ)
スパイダーマンの連続ドラマ。くたびれきった主人公にニコラス・ケイジははまり役だし、全体の雰囲気もいいが、往年の探偵もののテンポまでを移植して、展開が異様に遅いのが難点。また見せ場の手数も少なく、アメコミドラマとしての満足度は低い。
感想
Amazonプライムでの配信開始を心待ちにしていたシリーズで、週末に一気見しようかと思ってたけど、意外とハマらず見るのに時間がかかった。
アカデミー長編アニメ賞受賞の『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018年)に登場したスパイダーノワールのスピンオフで、アニメ版で声を担当したニコラス・ケイジが主演として続投している(設定上は別人らしいのだが)。
1930年代のNYを舞台にスパイダーマンが大活躍する話かと思いきや、フィルムノワール的な犯罪ものとして全体がまとめられている。
フィルム・ノワールとは、1940年代〜1950年代に製作された犯罪映画のことであり、シニカルで運命論的なストーリー、ファム・ファタール(宿命の女)の存在、明暗のコントラストが、その特徴とされる。
なおフィルム・ノワールと呼ばれるのは40-50年代に製作された作品に限定されており、その影響を受け継いで後世に製作された作品はネオ・ノワールと呼ばれ、『ブレード・ランナー』(1982年)、『セブン』(1995年)、『ダークシティ』(1998年)あたりが代表作とされている。
こうして振りかえってみると、フィルムノワールとSFの食い合わせは良いようで(世界観の構築という共通のテーマがあるためか)、本作においてもノワール的な物語とアメコミ的なキャラクターが、実にうまく馴染んでいる。
主人公ベン・ライリーは、ドラマ開始時点ですでにスパイダーマンを引退済。
ギャングとの抗争で愛する妻を喪ったことから、正義のヒーローとして戦うことの意義を見失ってしまい、以来、「為さざるが最善」となってしがない探偵業を細々と続けている。
そこに舞い込んできた案件がきっかけで、再びスパイダーマンとして立ち上がることになるという、往年の探偵ものらしいドラマが敷かれている。
ヒーローとしての賞賛や名声を手にしたのも今や昔、落ちぶれ、やる気のない仕事で日銭を稼ぐベン・リチャーズ役に、国際的マネーメイキングスターからB級映画の常連に転身したニコラス・ケイジがハマっている。
やる気のない態度や自嘲的な言動はまさに「人生を見切ってしまった者」だし、しかしかつての凄腕らしく、スイッチが入ると極めて的確な判断を下すというかっこよさも併せ持つ。
ニコラス・ケイジという役者は良い感じに熟成されてきており、かつてのミッキー・ロークのような再ブレイクもありうるかも。
単純な人探しから始まった物語は、市長と闇社会の癒着や戦時中に行われた人体実験へと広がり、主人公の物語とミステリーが密接に絡み合い、やがて人間性に関わる問題が明らかになっていく。
こうした展開のさせ方もまたフィルムノワール風である。
このドラマをけん引するファム・ファタールは街の歌姫キャット(リー・ジュン・リー)。
意中の人は他にいるにも関わらず、しがない独り身のベンの恋心をくすぐり、彼を意のままに操るのだが、彼女には彼女なりの切実な事情があり、同情すべき対象として描かれているのが現代的だ。
また、ここにアジア系の女優をキャスティングしているのも現代的だが、ディズニープラスみたいなポリコレ臭がしてこないのは、世界観とキャラがうまく馴染んでいるからだろう。
やはりこのドラマ、めちゃくちゃによくできている。
なんだけど、俺が見たかったのはスパイダーマンが大活躍するドラマなんだよ。
物語の展開は遅いし、9割方が探偵ものなのでヒーローvsヴィランのバカバカしくも盛り上がる見せ場は多くは用意されていない。
うまくパッケージ化するだけではなく、どこかで突き抜けてほしかった。
往年のノワールもののような雰囲気を保ちつつも、最後の最後にド派手な超能力バトルをかましてきた『ダークシティ』(1998年)のバランスこそ理想だ。
そうそう、モノクロとカラーの2ver.が用意されていることでも話題のこのシリーズだが、私はタイトル通りにモノクロ版で視聴した。
モノクロ版のコントラストは素晴らしく、まさしくフィルム・ノワールの後継作といった堂々たる風格だった。


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