スパイ・ゲーム_面白くてかっこよくて深い【8点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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エージェント・殺し屋
エージェント・殺し屋

(2001年 ドイツ、アメリカ、日本、フランス)
CIA工作員・トム・ビショップが中国で逮捕された。CIAは、無許可で作戦を行っていたビショップを見捨てることにするが、彼の師であるミュアーは組織の目を欺きながら独自の動きを開始する。

8点/10点満点中 複雑な脚本を映像で見せたトニー・スコットの力技

©Universal Pictures

魅力的だが娯楽性の少ない脚本

『スパイ・ゲーム』というライトなタイトルとは裏腹に、人命を挟んだ息詰る頭脳戦・心理戦が本作の内容となっています。ド派手な銃撃戦やカーチェイスとは無縁であり、本作のスパイは敵の前に姿を現すことすらしません。それを行うのは後述するアセットと呼ばれる現地協力者であり、スパイは物陰から彼らを見守るのみ。

リアリティを感じられる魅力的な作風ながら、アクション映画としてのひと山はないという厄介な代物でもありました。加えて、回想が全体の半分以上を占めるという構成をとっているため直感的な面白さがかなり犠牲にされており、演出に非常に困る部類の作品だったと思います。

クセがスゴすぎる映像表現

そんな難物に真っ向から挑んだのがトニー・スコット監督でした。もしオリバー・ストーン辺りに撮らせていれば重厚なドラマとして作ったであろう本作を、スコットはあくまで娯楽アクションの体裁でやり切るという尋常ではない仕事をしています。

トニー・スコット演出の特異点

『エグゼクティブ・デシジョン』の記事で、話は面白いのに画が動かなすぎてつまらないと書いたのですが、それとは対照的に、少ない見せ場の本編中で異常なまでに画が動き回ります。

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1998年の『エネミー・オブ・アメリカ』までは映像派とは言えここまで表現を押し出すことはなく、そのルックスはマイケル・ベイ辺りと大差はなかったのですが、本作よりかなりエッジーな表現となっており、この傾向は遺作となる2011年の『アンストッパブル』まで続きました。本作こそがトニー・スコットの映像表現の特異点となった作品だと言えます。以下の通り2000年代以降に見られる彼の演出の特徴は、すべて本作で初めて用いられたものでした。

  • 文字が自己主張するかのようなバカでかいテロップ
  • ある場面の終わりでは「ドーン」という句読点のような音楽が入る
  • 場面が切り替わる際のカラーとモノクロを混ぜたブワブワ映像
  • スローモーションと早送りを組み合わせた独特なカット割り

会話を撮るために空撮をオーダー

特に凄かったのが、ベルリンでの作戦失敗後にロバート・レッドフォードとブラッド・ピットが屋上で口論をする場面です。この場面にあるのは二人の会話でしかないのですが、この単純な場面のためにスコットはヘリによる空撮をオーダー。プロデューサーはさすがにこのオーダーを理解できず、そんな撮影に金は出せないと主張し、スコットは自腹で空撮代を支払いました。

監督がそこまで本気ならと撮影は始まったのですが、自身が映画監督でもあるロバート・レッドフォードすらその演出意図を理解できず、かなり当惑したと言います。しかし出来上がった映像の凄まじさを見て、全員が納得しました。

激しく口論する二人の心情を反映するかのようにカメラはせわしなく動き回り、360度回転しながら二人の様子を交互に見せていきます。屋上という開放空間を利用した縦横無尽なカメラワークに魅了されるし、最終的にカメラは人物の元を離れて遠景を捉え、二人の間に重大な距離が生まれたことを映像表現で示してみせます。人間ドラマを映像で語ってみせるということを、この場面でスコットは実行してみせたのです。

この単純な場面を空撮で撮りました。
©Universal Pictures

良い男を鑑賞する映画

男でも惚れるブラッド・ピット

トニー・スコットの特徴として、男を美しく撮るという点が挙げられます。ポイントは男なんですね。トニー・スコットの映画で女優さんが輝くことはほぼありません。トム・クルーズをブレイクさせた『トップガン』、評価は高かったものの決定打に欠けていたデンゼル・ワシントンをAクラスに押し上げた『クリムゾン・タイド』辺りが顕著な例ですね。

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本作のブラピはとにかく美しいです。キャリア史上最高の美しさ。しかも、70年代、80年代、90年代と各年代のファッションを身に付けさせることでブラピのプロモーションビデオと化しており、ブラピを見ているだけで画面が持っていました。ブラピは同時期に『ボーン・アイデンティティ』の出演オファーも受けており、そちらを断って本作に出演したのですが、ブラピに合っていたのは絶対にこちらの企画だったと思います。

この通り、物凄いイケメンぶり
©Universal Pictures

安定のレッドフォード

またトニー・スコットのもうひとつの特徴として、ピッカピカの若いイケメンといぶし銀の熟年男性をコンビにするという点があります。『リベンジ』のアンソニー・クイン、『デイズ・オブ・サンダー』のロバート・デュバル、『クリムゾン・タイド』『エネミー・オブ・アメリカ』のジーン・ハックマン、『アンストッパブル』のデンゼル・ワシントンらがこれに当たります。

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本作では最強の元イケメン・ロバート・レッドフォードを投入。ブラピとは打って変わってどの年代でも基本的に同じファッションで移ろいのなさを表現しており、良い対比の軸となっています。本来の主演はレッドフォードの方なのですが(先にキャスティングされたのもレッドフォード)、完全にブラピを引き立てる側に回っていますね。

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スパイの捉え方が面白い

そして話の内容ですが、これが物凄いことになっています。スパイという題材をここまで興味深く切り取った映画は他に見当たりません。

スパイを泥臭い現場仕事として定義

本作に登場するスパイは複雑な国際情勢の裏方的な存在であり、彼らにはジェームズ・ボンドやイーサン・ハントのようなカッコいい晴れ舞台などありません。これが本作の新機軸です。

現場に出て行くのはスパイ自身ではなく、スパイが口説き落としたアセット(資産・素材の意味)と呼ばれる現地協力者です。スパイはアセットをアメリカの意向通りに動かし、もしミスればアセットを切り捨てて脱出することを要求されます。ブラッド・ピット扮するトム・ビショップは国益のためにアセットを使うという大目的にこそ同意しているものの、いざとなればアセットを切り捨てろという指示には折り合うことができませんでした。

アセットも一筋縄の存在ではない

ビショップの根本にあるのは、アメリカの道理で口説いて動かした現地のアセットに対して、アメリカは最後まで面倒を見る責任があるだろという主張なのですが、ではアセットがアメリカの口車に乗せられた憐れな被害者なのかというと、実態はそうでもないようです。

ベルリンでビショップが泣く泣く切り捨てたアセットは同時期にソ連にも接触しており、どちらに付くのが得かを値踏みしていた様子がありました。また、アセットではないのですが、ベイルートでビショップが恋仲になったエリザベスもまた、表向きには人道事業をやりつつも現地の武装勢力のフィクサーという裏の顔も持っていました。

紛争地には単純な善悪では色分けできない複雑な事情があり、アセットもまた、彼らなりの算段をしながら動いているのです。そしてロバート・レッドフォード扮するネイサン・ミュアーは、アセットとはそういう連中で彼らの身に何が起ころうが自業自得の側面があるのだから、アメリカとの利害が一致しなくなった時点で切り捨てても構わないという姿勢でいるわけです。

スパイは契約職員

さらに面白いのが、現地に送り込まれるビショップのようなスパイは、CIAの契約職員だということです。ミュアーがCIAの正規職員であるのに対して、ビショップは契約職員。ビショップもまた、何かあれば切り捨てられる存在なのです。

アセットの扱いについてビショップとミュアーの間で意見が割れることについても、ミュアーは本当の意味でスパイ稼業をしたことがないので、現場のことを肌感覚で理解していないためという解釈が成り立ちます。二人の間には師弟関係があるものの、その立場が本質的に異なったものなので師匠は弟子のことを100%把握できていないし、ある一部においては弟子が師匠を完全に上回っている部分もあるという歪んだ構造がそこにはあります。これは普通の会社などにも広く見られる現象なので、一般的な組織論としても楽しめました。

※ここからネタバレします。

全編に散りばめられた伏線と、その回収

本編中では、命令への服従についてミュアーとビショップが何度も口論をしており、「もし単独行動をしたらお前であっても助けない」とミュアーは言うのですが、それでもビショップの救出作戦を行うというミュアーの男気を示すための良いネタふりになっています。

また、序盤で何気なく登場したアイテム(リゾートマンションのパンフ、CIA長官の感謝状)がクライマックスの作戦におけるキーアイテムに化けたり、回想パートで食事絡みのエピソードが何度か出てきたことが、ミュアーが名乗れないながらも自分が作戦の裏にいることをビショップに教えるための伏線になっていたりと、伏線の張り方と回収が実によく出来ていました。

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