(2026年 日本)
2000年代のテレビ界を席巻した細木数子の正体に迫った実録もの・・・という割にパンチに欠けた内容で、素材の良さがあるから見れはするものの、すごく面白いというわけでもない。

感想
ブーム当時から細木数子は謎の存在だった。
メディアに登場した時点からすでに大物扱いで、大御所と呼ばれる芸能人たちすら、彼女にはひれ伏していた。
占い師とは言うものの、水晶なりタロットなりといったギミックに頼るでもなく、彼女の口から出てくるのは人生訓の類のもの。
「占い師というよりもご意見番の類ではないか」というのが、当時の私の感想だった。
そもそも占いにも、ご意見番タレントにも興味がなかった私は彼女の番組をあまり見ておらず、気が付いたらテレビに出なくなっていたという程度の認識だったのだが、実は週刊誌にいろいろ書かれ、コンプラ的な観点から表のメディアに出られなくなったというのが、事の真相らしい。
そんな細木数子の人生を全9話というなかなかのボリュームでまとめあげたのが本作であり、製作したのは天下のNetflix。
メディアでの広告宣伝でも本作の存在は推されに推され、また渋谷駅などを歩くと本作のポスターや看板がそこら中に設置されており、並々ならぬ気迫で配信されていることが分かる。
『全裸監督』や『地面師たち』など、地上波では到底不可能な表現で視聴者の度肝を抜いてきたネットフリックスなので、本作もさぞや刺激的な内容に仕上がっているのだろうと期待して視聴したが、そんな期待に反して薄味のラーメン屋のような出来に不満を覚えた。
一気見覚悟だったものの、結局全話見終わるのに6日間を要してしまい、最後は半ば義務感で最終話にまでこぎつけるようなありさまだった。
物語は終戦直後1945年から始まる。
極貧状態の細木少女は、人の好さのあまり苦労を重ねる母親(富田靖子)の姿を見て、騙されるよりも騙す側にならねばならぬと肝に銘じる。
ひもじい腹を抱えた兄弟たちに白米を食わせ、自身はミミズを口にして飢えを凌いだという原体験が、その後の彼女の原動力になったという、実に嘘くせぇ逸話が第一話のハイライトだ。
その後、全9話のうちの5話をかけて描かれるのは、細木自身が語る成り上がり物語なのだが、騙されてヤクザの奴隷にされただの、別のヤクザに救われて付き合い始めただの、その彼氏が銃弾に倒れただのと、まぁ胡散臭い話のオンパレード。
いわゆる「信頼できない語り手」という叙述トリックなのかもしれないが、それにしても半分以上がこれは長すぎる。
何せ、主人公が初めて占いに触れあうのが第5話、ようやく占い師になるのが第6話というスローモーぶりなのだ。
また、往年の歌手 島倉千代子の借金話をきっかけに、彼女の思い出話が都合よく捻じ曲げられたものだったことが判明するのだが、では1-5話の内容がすべてひっくり返されるのかと言えばそういうわけでもなく、大半の苦労話は真偽不明のまま取り残される。
その後は、戦後日本最大の黒幕とも言われる陽明学者 安岡正篤との再婚騒動が描かれる。
この結婚により占い師としての大きな箔をつけたという結果から振り返っても、また政財界に名を轟かせる老人との40歳差の再婚という異様さを考えても、これこそが細木の人生における最重要事件だったと言えるのだが、このパートは専ら安岡の娘の視点で描かれ、この時細木が何を考えていたのかはっきりとは描写されない。
胡散臭い成り上がり物語は細木の主観で、彼女が政財界の大物をたぶらかしたと見られる事件は客観でという取捨選択なのだが、本来は逆にすべきだろう。
細木に対して批判的な姿勢を取りつつも、肝心な部分では及び腰になっているという本作制作陣の意志の弱さが、作品の品質に如実に表れているように感じる。
これならば細木数子の実名を使わず、彼女をモデルにした架空の人物を主人公とすることで、彼女の悪の部分を思いっきり描く方がよかったのではないだろうか。
主演の戸田恵梨香については、まったく細木数子に見えない。
それは顔立ちや体格が違うという表層的な問題ではなく、細木数子にあった胡散臭さや下品さを全然体現できていないという意味でだ。
また38歳の戸田に10代から60代までを演じさせるという構成にも無理があった。
特に60代にはまったく見えない。美人女優 戸田への配慮からか彼女の美貌を奪うメイクも施していないため、その不徹底さからか戸田の熱演もむなしく、そこはかとなく学芸会感が漂っている。
こちらもオーソドックスに、若年期・壮年期・老年期と3人のキャスティングをした方がよかったんじゃないか。


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