(2026年 アメリカ)
舞台設定も映画の作りも80年代スタイルの古風な娯楽映画。観客に何か大事なメッセージを残すでもなく、90分を楽しんでもらえればそれで良しという実に割り切った姿勢で作られていることが、長所にも短所にもなっている。個人的には好きだけど、嫌いという人も大量に発生しそうな予感。

感想
公開日にIMAXで鑑賞したが、そこまで大画面での鑑賞にこだわる必要がないかも。
というのも、子供の頃に日曜洋画劇場で見ていたようなオールドスタイルの娯楽作で、テレビで見てちょうどいいくらいの密度とサイズ感なのだ。
オークストリートという住宅地が街ごと中生代にタイムスリップし、住民たちが恐竜に襲われる。以上
本当にこれ以上のことが起こらない映画なので、現代の観客の一部には拒否反応が出るかも。
時代は1982年に設定されている。
テクノロジーが描かれる作品でもないので現代を舞台にしても支障ないだろと思いきや、内容の薄さを正当化するため、1980年代の空気が効果的に利用されているということに気付く。
主人公はデニース(アン・ハサウェイ)とグレッグ(ユアン・マクレガー)のプラット夫妻と、思春期になる二人の子供たち。
ちょいと不甲斐ない父親役にユアン・マクレガーがハマっている一方で、小顔&モデル体型のアン・ハサウェイは、ちっとも郊外の主婦には見えてこない。
離婚の危機を迎えているらしいプラット夫妻が、生きるか死ぬかのアドベンチャーを通じて絆を取り戻す物語が描かれるのだろうことは、序盤の時点でほぼ察しがつく。
旦那の酒と仕事が原因で夫婦関係がギクシャクしているらしいことはさらっと描かれるのだが、「ではオスカー俳優アン・ハサウェイの迫真のドラマを、しばしご堪能ください!」なんてことにはならない。
「この人たちはうまくいっていませんよ。わかりましたね。はい次!」といった感じで、物語はサクサクと流れていき、人間の機微なんてものには一切触れていかない。
これこそが1980年代の空気なのである。
芸術的な面で言うと、1980年代の映画はかなりレベルが低かった。
突飛でユニークなアイデアと、それを成り立たせるための捻りのないストーリーに、紋切り型のドラマ。
こうしたマーケティング主導のシンプルでキャッチーな映画は、ハイコンセプト映画と呼ばれ1980年代の花形だった。
本作にしても、「アメリカの住宅街に恐竜が現れたら、さそかし面白そうでしょ」という、『ロスト・ワールド/ジュラシックパーク』(1997年)のラスト20分を目いっぱい引き延ばしただけの映画だったし。
本作で描かれる恐竜たちには、最新の学説を反映して羽毛が生えている。
ヴェロキラプトルに至ってはほぼ鳥の姿をしていて興味深いのだが、かといって恐竜たちの生態に迫っていくでもなく、作劇上はあくまで人間を襲うモンスターに過ぎない。
またタイムスリップに関してもうだうだと理屈を述べることもなく、宇宙の神秘で突如ワームホールが発生したという、超適当な理論を劇中の登場人物たちはすんなりと受け入れて終わり。
1982年へ帰還するにあたって再度ワームホールを通る必要があるのだが、では次のワームホールがいつ発生するのかという主人公の推理などがあるでもなく、行き当たりばったりで行動していたら帰還用のワームホール発見!という、実にお手軽な処理となっている。
その他、恐竜から逃れている最中にも関わらず大声で夫婦喧嘩をするわ、この非常事態においてもヘッドホンで音楽を聴いて警戒心ゼロだわ、恐竜に見つかっちゃいけないシチュエーションなのに道のど真ん中を歩くわと、主人公たちの行動はちょいちょいおかしいのだが、「まぁそういうもんか」と許せてしまう空気が、本作には確かにある。
と、ここまでバカにしたように書いてしまったが、観客に頭を使わせず、また説明などに余計な時間も使わず、見せ場のスリルと迫力だけで90分を持たせる映画というのも貴重ではないか。
現代設定でこれをやれば、さすがにB級映画にすらならないということで、80年代ノスタルジーをうまく絡めた企画の妙も冴えている。
これはこれで応援したくなるような可愛げを持った作品なのである。
たまたま先日鑑賞したNetflixの『ザ・ラストハウス』が、家族のいざこざをひたすら描いて面倒くさかったことからも、余計にそう思う。
そうそう、飼い犬の名前スターバックは、『宇宙空母ギャラクティカ』の戦闘機パイロットから取られたものだよね?
子供の部屋にはギャラクティカのポスターが貼ってあったし。
こうした小ネタも楽しかった。


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