ロングウォーク_死の24時間マラソン【7点/10点満点中】(ネタバレなし・感想・解説)

スポンサーリンク
スポンサーリンク
青春もの
青春もの

(2025年 アメリカ)
最後の一人になるまで歩き続けるという実にシンプルなデスゲームを、容赦のないゴア描写と丁寧な人物描写で見せた良作。派手な見せ場こそないが、最後の最後まで緊張感が途切れることはなかった。

感想

公開直後の週末に劇場へ行った。

上映館が限られているうえに、1週目からシネコンで一番小さなスクリーンを割り当てられるという、なんとも不遇な扱いを受けているが、その小さなスクリーンはそこそこ埋まっていた。

モダンホラーの帝王スティーヴン・キングが、リチャード・バックマン名義で執筆したデスゲームものの映画化。

・・・という導入は、春先に見た『ランニング・マン』(2025年)でも書いたような気がする

本作で描かれるデスゲームは、最後の一人になるまでひたすた歩き続けるというシンプルなもので、勝者には莫大な金額の賞金が、脱落者にはその場での死が与えられる。

大衆の不満の目くらましとして行われる行事のようで、少佐と呼ばれる主催者によると(演じるマーク・ハミルは本作で唯一のビッグネーム)、毎年ロングウォークが放送された直後には国全体の生産性が上がるらしい。

各州から一人ずつの参加者が選ばれる選抜高校野球方式であり、大衆はそれぞれの州の出身者を応援する仕組みのようだが、ハッキリ言ってこれらの設定には納得感が薄く、おそらくは製作者サイドも同じことを感じていたのか、ゲームの趣旨の部分はさらっと流される。

この点、わが国では24時間テレビ内における24時間マラソンなるものが、ロングウォークにもっとも近いイベントだろう。

猛暑の中、タレントが24時間ぶっ通しで走る(実際には適切な休憩を取っているのだろうが)様子を全国民で眺めることが夏の風物詩となったわが国では、本国アメリカ以上にロングウォークを身近に感じられるのではないだろうか。

デスレースと言えばヒャッハーな出場者たちを思い浮かべるところ、本作においては普通の子たちが選ばれているのも、視聴者の感情移入を容易にするための主催者側の一工夫だと思われる。

主人公レイ・ギャリティもまた、会場までお母さんの車で送ってきてもらう良い子だ。

現場に着くなり、他の出場者たちともすぐに馴染んだレイは、特に仲の良い4人組でレースを共にする。

レイの他には、明るいムードメーカーのピーター、ゲームに精通しているアジア系のオルソン、冷静沈着なアートがメンバーであり、この4人を中心に物語は進行していく。

演じているのはいずれも無名俳優だが、演技の質は高く、この4人組がダラダラ喋りながら歩いているだけでも見ていられる。

キャラたちの思いもよらぬ背景が明かされることは、この手のドラマの常とう手段ではあるが、本作は実に良いタイミングでネタを明かすので、キャラたちへの関心は尽きない。

そして観客がキャラを好きになってきたところで殺すという底意地の悪い演出もバチっと決まっており、毎度毎度、本当にいや~なタイミングで人が殺されるので油断ならなかった。

死の描写にはこだわりまくっており、銃創などはかなり生々しく映し出されるから、グロ耐性のない方は要注意だ。

グロと言えば、この手の映画ではなんだかんだ胡麻化されがちな排泄問題にも、きちんとした答えが用意されているのも有能だった。

出場者たちは歩きながらズボンを下ろし、失格にされるまでの数秒というギリギリのタイミングで野糞をする。

中には排泄がうまくいかずに脱落するチャレンジャーもおり、排泄と言えどコミカルには演出されていない。

この一連の行為もまたはっきりと映し出されるので、うんことか見たくないよという方は要注意だ。

最後まで生き残るチャレンジャーはおおよそ予測可能だが、彼らが最終的に下す決断までは読めない。

この辺りの脚色もよく出来ており、最後の最後まで緊張感の途切れない良作だった。

『ランニング・マン』のようなメディア批判には手を出さず、若者たちのミニマルなドラマに終始したことが勝因だろうか。

同じスティーヴン・キング原作でも味付けが全然違うので、できれば二本セットで楽しんでいただきたい。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
記事が役立ったらクリック
スポンサーリンク

コメント