(2023年 アメリカ)
元から薄かった物語は余計に薄まり、過去作品からの引用もいよいよ枯渇してきて、手詰まり状態となったシーズン3。これはだいぶキツかった。
感想
『マンダロリアン&グローグー』の予習もようやく最終コーナー突入だが、これが壮絶につまらんかった。
そもそもこのシリーズは興味深いストーリーがあるわけではなく、SWの世界を深掘りすることで往年のファン層を喜ばせるという方向性だったわけだが、シーズン2のクライマックスでルーク・スカイウォーカーを登場させたことで、もう何も残っていない状態となった。
正確には、シーズン2までで手付かずだった新3部作の要素は依然として残っており、シーズン3においてはマンドーことディン・ジャリンの宇宙船がナブー仕様の流線形に切り替わったり、銀河の首都コルサントを登場させたりと、過去作からの引用は続いている。
がしかし、新3部作に思い入れがあるファンはメチャクチャ少ないのである。
公開当時から「これもあるから見ろ」とルーカスが言うのでファンたちもしゃーなしで見ていた状態なので、当然のことながら新3部作の構成要素を提示されたところで、気分アゲアゲになる人などこの銀河にいないのである。
この枯渇問題には制作陣も気づいていたようで、本作ではマンダロリアンや新共和国の世界観の深掘りには、一応着手している。
なんだけど、それをやればやるほどアウトロー的立ち位置にいるディン・ジャリンがメインプロットから遊離していくという悪循環。
さらに悪いことには、ディン・ジャリンに扮するペドロ・パスカルはHBOの『ラスト・オブ・アス』にかかりっきりで、こちらの撮影現場には一度も姿を現さなかったという。
ゆえに本シーズンにおいてはディン・ジャリンが素顔を晒す場面が皆無であり、このことが余計に、主人公の存在感を希薄化させる原因となっている。
そもそも、ディン・ジャリンとグローグーの物語はシーズン2で綺麗に完結していた。
いったんはルークに預けられたグローグーがディン・ジャリンの元に戻ってくるエピソードは『ボバ・フェット』にあるらしいんだけど、そちらは未見なので、ディン・ジャリンとグローグーのコンビが再度姿を現す第一話の違和感には壮絶なものがあった。
本シーズンで明確な目的を持って動いているのはマンダロア再興を目指すボ=カターン・クライズ(ケイティー・サッコフ)なのだから、彼女を主人公に切り替えるべきではなかったか(タイトルを『マンダロリアン』という種族名にしているのだから、ディン・ジャリンを主人公に固定しておく必然性は薄いだろう)。
目的を失ったディン・ジャリンは主人公としての精彩を欠き、グローグーに至ってはほとんど何もしない存在になっている。
主人公が機能しないことが、そもそも面白くない物語をより一層停滞させる原因となっている。
また頼みのアクションも前シーズンほど盛り上がらなかった。
クライマックスに立ちふさがるのは、シリーズ因縁の敵モフ・ギデオンなんだけど、そもそも頭脳系の強敵だったはずのギデオンが、いつの間にやらパワー系の強敵に変化しているという違和感ね。
なんでこいつがラスボスなんだよと。
と、文句ばかり書いてきたので最後に良かった点にも触れたい。
新共和国を、漂白された気持ち悪い政府として描いた点は興味深かった。
シーズン2で取っ捕まった帝国の科学者はコルサントの矯正施設に送られてるんだけど、そこではみんなの前で帝国時代の悪事を告白したうえで、共和国に救っていただいて幸せいっぱいですなんてことを発表させられる。
帝国の遺物がすべて悪というわけでもないんだし、使えるものは使いませんかと提案しても聞き入れてもらえず、また新共和国に楯突いたとみなされれば洗脳手術までが施される。
ここはユートピアを装ったディストピアであり、そのことが続3部作におけるファーストオーダー台頭の背景にもなっているという点は、実に興味深かった。


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