(2022年 ドイツ)
ある窃盗事件の顛末を通して、教育現場が抱える問題を明らかにした秀逸なドラマ。問題が起こってしまっているという現実と、「決めつけはいけません」という教育の理念が対立した時、一体どっちを取ればいいのという問いかけは深く鋭いものだった。

感想
まったく知らない映画だったんだけど、キングレコードの『死ぬまでにこれは観ろ!2025年』で廉価版Blu-rayが販売されていたので興味を持ち、買ってみたらすごく面白かった。
後付けで調べてみると、全米映画批評家協会から2023年の国際映画トップ5に選ばれ、アカデミー賞では最優秀国際長編映画賞にノミネートという、国際的知名度はかなり高い映画のようだ。
主人公は公立学校教師カーラ(レオニー・ベネシュ)
彼女は赴任したての学校で中学1年生のクラスを受け持っているのだが、その頃学校では盗難被害が多発していた。
疑惑をかけられるのは専ら生徒たちだったが、職員室でも被害は発生しており、もしや大人の仕業ではと思ったカーラはポケットに財布を入れた上着を故意に放置し、PCカメラを用いた隠し撮りを敢行する。
犯人はまんまと罠にかかり、カメラには特徴的な柄のブラウスが映し出された。
そこで浮かび上がった容疑者は学校事務員のクーンさん。
カーラは人払いをしたうえで、二人きりになったクーンさんに「もうしないと約束するのであれば報告しない」と温情ある対応をしたつもりだったが、クーンさんは烈火のごとく激怒し、職員室は騒然とする。
さらにまずいことに、クーンさんはカーラが受け持つ生徒オスカー君の母親でもあり、今度は保護者の立場よりカーラを攻撃してくる。
そしてオスカー君も母親全面擁護の姿勢で臨み、クラスメイトを煽動しての学級崩壊でカーラへの揺さぶりをかけてくるというのが、ざっくりとしたあらすじ。
刻一刻と悪化していく情勢がスリリングであり、本作は一流のサスペンス映画である。
さらに本作が優れているのは「では主人公はどうすればよかったのか?」と、見終わった後、誰もが議論したくなるような適度な余白を作っているということだ。
まず間違いなく、カーラは良い教師である。
教育に対する理念を持ち、それを実現するだけのスキルも情熱も持っている。
しかし問題は、学校組織が掲げる運営方針との間に齟齬があるということだ。
彼女のもう一人の教え子アリーに窃盗疑惑がかけられた際、彼の保護者と面談した校長は「当校は不寛容主義をとっています」と明言する。要は「何かあれば厳格に対処しますが、そこに他意はないので我慢してね」ということだ。
個人の権利と集団の規律は両立されるべきではあるが、そんな綺麗事を言っていられるのは平時のみ。
いざ秩序が破壊された場合には集団の規律を優先しますよ、あらぬ疑いをかけられて嫌な思いをするかもしれないけど、それは勘弁してねというのが、この校長の方針なのである。
一方主人公カーラはというと、教育における理念というものを校長より重んじている様子で、彼女の行動決定においては、常に個人への配慮が軸となっている。
カーラには東欧移民の娘という設定が置かれている。両親がドイツに移民してきたのは冷戦末期1989年のことで、全体主義への反発と自由への希求がこの家系の根本にあるのだろう。
学校組織の方はクーンさんに対して「疑惑をかけられた者に対しては厳格に臨む。もしも反論があれば正式ルートで言ってこい」という明確な意思表示をしている一方、カーラは金八先生のような昔ながらの対応をしているので、全体として見ると対応がチグハグになってしまっている。
クーンさんが罪を認めて悔い改めるという当初想定シナリオから外れた時点で、もはや一教師が対応するレベルを越えていたのだから、彼女は一切の対応を校長に委ねるべきだったのだ。
だいたい、親子で学校とトラブってるのに親が出ていかず、子供を飛び道具として使っている時点で、クーンさんは相当ヤバイ奴である。この手の大人に有効な対処法などないのだから、まともに相手すべきではなかった。
またオスカー君への過剰な思い入れも、カーラの失敗要因となっている。
こうなる前のオスカー君は成績優秀のうえ、先生の意を汲んだ発言で円滑な授業運営をサポートしてくれる優等生で、カーラにとってお気に入りの生徒だった。
トラブった後にもカーラは何とかオスカー君をこちらに引き戻せないかと腐心するわけだが、ここは同僚教師の言う通り、対応を組織に任せてなるべく距離を置くべきだった。
オスカー君にケガを負わされても「自分で転んだ」と言って彼を庇おうとする、他の先生を締め出してまでオスカー君との直接対話を図ろうとする。
カーラ本人は生徒を守っているつもりなのかもしれないが、ここまでくると「何がしたいん?」という感じだし、依怙贔屓も感じるので周囲から同情されない。
こうなる前、トムという劣等生がカンニングをした際には「ならぬものはならぬ!」と断じ、落第スレスレのトム君に対して一切の温情をかけず、わずかな残り時間でのテストの解き直しを命じたカーラである。
その対応と比較するとオスカー君にだけは甘々すぎる。そのことをクラスの児童達にも、もしかすると保護者や同僚達にも見透かされているので、全方位的にうまくいかなくなっていくのだ。
そして一連の流れを見て思うことは、いかに美しい理念や正当な目的があろうと、権威や権力という後ろ盾のない者が滅多なことをするもんじゃないということである。
クーンさんとトラブった時、オスカー君の暴発を生み出した時、カーラはカーラなりに考えて動いたし、それは当事者たちを良くしようという美しい思いからの行動だったことも分かるのだが、彼女には組織の決定を覆すだけの権力も、オスカー君への対応を周囲に納得させるだけの説得力もなかった。
実現する力がない中で美しい理念だけが上滑りしている状態、それが作品中のカーラなのである。
最後の最後まで窃盗犯の正体は明かされない。
何ともスッキリしない終わり方ではあるが、窃盗にせよイジメにせよ、分からないことだらけの中、それでも判断して物事を進めていかなければならない教育現場って、本当にこんなものなのだろう。
理念と現実との間でバランスを取らねばならない教育現場のジレンマが描かれた秀作だと思う。


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