逆転のトライアングル_これがパルムドール?【5点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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コメディ
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(2023年 スウェーデン、フランス、イギリス、ドイツ)
カンヌ映画祭の最高賞パルムドール受賞作。リューベン・オストルンド監督は2作連続のパルムドール受賞という快挙を成し遂げたそうだが、何がそんなに凄いのかよくわからん映画だった。

社会階層をテーマにしたブラックコメディ

Amazonプライムの見放題が終わりそうだったので駆け込みで鑑賞。

社会的な強者である美男美女と富裕層が、無人島に流れ着いたらまったくの木偶の坊で、一方サバイバル能力ありまくりの掃除のおばちゃんが有能すぎて、下剋上が起こるというのがざっくりとしたあらすじ。

社会階層をテーマにしたブラックコメディだが、貨幣経済の通用しない極限状態に金持ちが放り出されたらどうなるかという映画は意外とよくあって(『大逆転』(1983年)『ザ・ワイルド』(1997年)、『ディヴァイド』(2011年)etc…)、発想自体に新鮮さはない。

特に、核攻撃を受けたNYでセレブマンションの住民達が地下に避難して用務員のおじさんのご厄介になるという珍品SF『ディヴァイド』(2011年)との共通点は多い。

ゲロや排泄物などの汚物がやたら出てくる点でも『ディヴァイド』と共通してるし。

かといって、本作に高い批評性があるのかというと、そういうわけでもない。

作品は3幕構成となっており、第一部ではモデルカップル ヤヤとカールの痴話喧嘩、第二部では豪華客船での金持ちの我儘ぶり、第三部でようやっと無人島に漂流するという流れとなる。

本題に入るのはようやっと第三部なのだがここが一番面白くなくて、逆に無人島とは一切無関係な第一部が一番面白かったりする。

デート代奢る奢らない論争

第一部で描かれるのはデート代奢る奢らない論争を通した男女間格差の実情である。

映画は、カールがアパレルブランドのモデルオーディションを受ける場面から始まる。

男性モデルたちは椅子もない大部屋に上半身裸で集められており、順番が回ってきたら選考部屋へと通されて、「君のチャームポイントは?」とか「ちょっとそこ歩いてみて。う~ん違うなぁ」とか、なんとも雑な扱いを受けている。

結局、カールがこの仕事をもらえたのかどうか定かではない。

一方女性モデルでインフルエンサーのヤヤは、多くの観客に見守られる大舞台で颯爽とランウェイを歩いている。客席からはヤヤに向けた声援も。

閑散とした審査部屋で「う~ん違うなぁ」と言われていたカールとは雲泥の差だ。

そんな格差カップルであるが、二人で行ったレストランでは、当然のごとくカールがお会計をすることに。

スマホを眺めるヤヤから実に雑な感じで「よろしく」と伝票を振られたカールは、「いや、それおかしくね」と小言を言い出す。

「その態度はどうなん?」

「出すよ。出すけどさぁ、そもそもここに来たいって言ったのは君の方だよね」

「君が出すって言ってなかったっけ?俺が出すけどさぁ」

もう止まらない。

いよいよ他の客からもジロジロ見られるようになり、恥ずかしくなってきたヤヤはそそくさと退店。

その後に二人で乗ったタクシーでもカールの小言は続くのだが、追い打ちをかけたのは一部始終を聞いていたタクシー運転手だった。

目的地であるホテルに到着後、お会計のため一人車内に残ったカールに対し、「お客さん、ああいうの許しちゃいけませんよ」とガソリン再投入。味方を得た気になったカールの怒りの炎は、以前にも増して激しく燃え上がる。

「金の問題じゃないんだよ!こんな金なんてどうでもいい!対等に扱えって話をしてるんだ!」

とめちゃくちゃ金に拘りまくってるカールに、ヤヤは思わず笑ってしまう。この余裕の差の時点で、二人は全然対等ではないだろう。

ちなみにこのホテルはインフルエンサーであるヤヤの顔で宿泊できているものであり、カールはただの同伴者だ。

カールだってヤヤからがっつり経済的便益を受け取っているのに、自分が払った食事代についての恨み言ばかり。

阿呆だ。阿呆なんだけど、デート代奢る奢らない論争は私自身にも身に覚えがあるので、恥ずかしながらカールの方に感情移入しながら見てしまった。これを女性が見るとどういう感想を持つのだろう。「カール最悪」ってなるのだろうか。

2024年の都知事選では「男女のデート割り勘化推進」を掲げる候補者がいたり、内閣府サイトに経済的DVの具体例として「デート代を払わない」と記載されたことがSNS上で話題になったりと、デート代奢る奢らないは社会的関心の高いトピックだ。

「欧米の女性は自立しているのでデート代を奢られるなんてことはない」という意見をどこかで見たことがあるけど、本作を見るに内情は世界共通のようだ。

この阿呆らしいんだけど対岸の火事とも言えない痴話喧嘩の後に、貨幣経済の核心を突くやり取りが繰り広げられる。

ヤヤ「私は自分以上の収入のある人としか結婚しないよ」(男性モデルの収入は女性の1/3程度)

カール「いや、金がすべてとかおかしいし。愛だろ、愛」

ヤヤ「私があなたと結婚したとして、妊娠している間にあなたの収入だけで食べられるの?」

カール「確かに君はスーパーのレジ打ちとかするタイプじゃないしなぁ・・・」

こうしてカールはヤヤの結婚相手にはまずなれないという宣告を受け入れるのだが、イケメンのカールが隣にいればSNS映えがするということで、当面はビジネス的に付き合うということで合意する。

愛よりも金という人間社会の一側面を描いた、残酷だけど正直な一幕だった。

洋上ゲロパニック

こうしたヤヤの戦略が功を奏したのかどうか定かではないが、二人は金持ち達が乗船する豪華クルーズに無料招待される。

ここで描かれる金持ちのどうしようもない大騒ぎが第二幕の見せ場なんだが、これが長いわりに面白くない。

どいつもこいつも職業でしか自分を定義できないとか、何の気無しに無茶を言ってくる金持ち特有の無邪気さとか、本心では客を馬鹿にしてるのにチップ欲しさに平身低頭のスタッフとか、そういう芯を突いた場面もあるにはあるのだが、笑わせようとしてるんだろうけど、どうにも爆発力に欠ける中途半端なブラックコメディに終わっている。

最終的には大しけの夜の食事会で船内がゲロまみれ・クソまみれになるのだけれど、これが製作者の意図したほどは面白くない。カンヌでは大ウケだったんだろうか?だとすると欧米の笑いのレベルは高くない。

嵐の夜、船は明らかにヤバそうな揺れ方をしているのに、クルーも金持ちも目の前の食事会に専念しており、誰も船の状態を心配していない。

船長に至ってはロシア人富豪と意気投合し、操船そっちのけで資本主義vs共産主義の議論に夢中だし。

これで沈没すれば「身の安全よりもサービスを優先する資本主義の敗北」というテーマを打ち出せたと思うんだけど、どういうわけだか船は嵐の夜を乗り切り、唐突な海賊の襲撃によって船は沈没するのだった。

ある意味で予定調和な漂流記

兎にも角にもモデルと金持ちは無人島に漂流する。ここまで実に1時間半以上、本題に辿り着くまでがまぁ長かった。

生存本能に欠けているのか、この状況でも金持ちたちは割と焦っていない。

いつも通りに「喉が渇いた」と主張すれば救命艇に備蓄されていた水が支給されたのだが、後先考えず飲み干してしまったので、すぐに資源は尽きてしまう。

いよいよ口にするものすらなくなってしまった。完全に詰んだのだが、そこに救世主のごとく現れたのが掃除のおばちゃんだった。

おばちゃんは海でタコを採り、火を起こして調理する。

「ナイスおばちゃん!」と沸く金持ち達だが、当然あると思っていたおばちゃんからの食料の分け前は回ってこない。 

「これは私が採ってきたもので、あなたたちは何もしていないでしょ」

経済社会で富裕層が富を独占する際に言い放つ常套句が、ここでは彼らに向けられる。

食料と火の確保という生存のために必要なスキルを持ったおばちゃんはグループの王として君臨し、イケメンという唯一の資源もおばちゃんが独占することとなる。

金が食料に変わっただけで、起こっていることは資本主義社会と変わらない。

ただしこの皮肉を、本作はうまく映像化しているとはいいがたい。

第二幕で富裕層がおばちゃんをぞんざいに扱う描写でもあれば良かったのかな?ともかくここには金持ちが吠え面かく痛快さも、資本主義社会の無情さも欠けている。

唯一面白かったのは、グループにしれっと海賊が混ざっていることくらいかな。

島への漂着直後、見慣れない黒人が一人混ざっていることに違和感を持った。

第二幕で見落としてたかなと思っていたら、その後の会話で海賊の一人だということが分かる。

この辺りは、金持ち白人が有色人種をまったく見ていないことの皮肉にもなっているのだろう。

けど、第三幕で面白かったのは本当にこれだけ。

無人島で起こる諸々は確かに資本主義社会の合わせ鏡にはなっているものの、そこで予想以上のことが起こるでもなし、映画のあらすじを聞いた時点で予測できるレベルを超えてこない。

ある意味予定調和で、社会風刺を扱う映画としてはパンチに欠ける出来だと感じた。

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