(2020年 アメリカ)
ズラっと揃った豪華キャスト、因果に溢れた濃厚なサスペンス、信仰の問題点を突いたドラマと見どころが多く、実に面白いサスペンスドラマでした。
オハイオ州の田舎町ノッケンスティフ。18歳のアーヴィン・ラッセル(トム・ホランド)は少年期に両親を亡くして以来、この町で祖母や血縁のない妹レノラ(エリザ・スカンレン)と暮らしているが、新任の若い牧師(ロバート・パティンソン)がレノラを孕ませた上に捨てたことから、惨劇の当事者となる。
田舎の貧困層を題材にしたサスペンスには独特の湿っぽさがあって大好きなのですが、本作には通常の3割増しくらいでそれが宿っています。
人々は現状にまったく充たされてはいないのだが、将来に向けて環境が改善される気配もなく、各人に進歩の気配もない。鬱屈した空気が何世代にも渡ってこの地に人々を縛り付け、顔を知り合った者同士がお互いに足を引っ張り合う。
そんな中で2つの家族の物語が描かれていくのですが、血縁や因果が複雑に絡み合った人間関係の先に起こる惨い事件というドラマとサスペンスの折衷が高次元で成し遂げられており、ヘビーだが実に見応えがありました。
よくよく考えてみればこんなに狭い世界でこうも頻繁に事件が起こるものかという気もするのですが、ストーリーテリングに力があったので見ている間にはさほどの違和感はありませんでした。
本作の脚色と監督を担当したアントニオ・カンポスという人は今回はじめましてなのですが、とんでもない才能を持った映画人が現れたと思います。
本作の大きなテーマは信仰であり、信仰の明るい面を描くのではなく、その闇に足を踏み入れています。
それも信仰が生み出す歪みみたいなレベルではなく、キリスト教があるせいで世の多くの問題は起こってるんじゃないかレベルの手厳しい描写なので、敬虔な方々が見ると怒る内容だと思います。私は楽しめましたが。
タイトルの『悪魔はいつもそこに』とは、悪魔は超常的な存在ではなく、判断ミスを犯した人間の行為こそが悪魔的であるということなのでしょう。
作品には、愚直に神を信じても報われなかった者、神に近づこうとしておかしくなった者、信仰を隠れ蓑にして悪事をはたらく者の三種類の人間が現れます。
まず、愚直に信じても報われなかった者。これにはウィラード・ラッセル(ビル・スカルスガルド)、レノラ・ラファーティ(エリザ・スカンレン)が該当します。
彼らは困ると教会に行ったり祈ったりするのですが、結局そのことは目の前の問題に対して何らの影響も与えず、でも祈れば神様が何とかしてくれると思ってるものだから「信心が足らないのか」と思ってもっとハードに祈って、それでも何ともならずを繰り返してどんどん追い込まれていきます。
彼らには何かを良くしたいという思いがあり、その動機が善なるものである分、誤った手段に頼っていることが可哀そうにも思えてきます。
次に、神に近づこうとしておかしくなった者。これにはカール・ヘンダーソン(ジェイソン・クラーク)とハリー・メリング(ロイ・ラファーティ)が当たります。
彼らは自分を神と人間の中間に居る者くらいに考えているので、他の人間の存在は眼中にありません。それどころか、神のためだと思い込めば他人に対して危害を加えることに躊躇がありません。
もっとも危険なのは彼らのような存在だと言えます。
最後に、信仰を隠れ蓑にして悪事をはたらく者。これにはティーガーディン牧師(ロバート・パティンソン)が該当します。
彼は神学校を卒業した牧師でありながら神の存在を心から信じている様子がなくて、信仰の精神に反することを行っています。聖職者という社会的信頼度の高い地位を利用してやりたい放題し、追い込まれれば聖書の記載を都合よく解釈して言い逃れをしようとする。
敬虔な信徒達の信仰心に付け込んで私利私欲を充たしている分、悪質性が最も高いと言えます。
ただしこのティーガーディン牧師、演じるロバート・パティンソンの独特な雰囲気や演技力もあってかなりキャラ立ちしており、ムカつくんだけど面白いキャラとして仕上がっています。
初登場場面から田舎の牧師には似つかわしくない色男ぶりを披露。ネチっこい態度と喋り方で「あれ?この人なんかおかしくない?」という嫌な空気を漂わせます。
新任牧師を歓迎したい住民達が手作り料理を教会に持ち寄ってくるのですが、そこに貧しいエマ(クリスティン・グリフィス)が持ってきた安い鶏レバーを使った料理を見るや、「貧しいご婦人が鶏の内臓を使った料理を持って来ておられる。こんなみすぼらしい料理しか食べられない方のために、私は精一杯働きます!」と全員に向かって言いだします。
牧師本人には失礼なことを言っているという感覚がなく、むしろ名演説をしているくらいに感じている。その絶望的な感覚のズレがムカつくけど面白い名場面となっています。
その後、牧師は本領発揮して地元の少女達に手を出しまくるのですが、相手の少女が孕んだりすると「お前と関係なんて持ったことない!」「家族が泣くぞ。堕胎しろ!」など滅茶苦茶なことを言い出します。
この手の平返しの凄さ。相手に対する思いやりの一切ない対応。その素晴らしいヒールぶりは圧巻だったし、演じるロバート・パティンソンが中身の一切ない牧師役に完璧にハマっており、ひとつのキャラクターとして非常に充実していました。
主人公アーヴィン・ラッセルを演じるのはトム・ホランド。MCUのスパイダーマン役として知られた若手俳優であり、童顔とナヨった雰囲気が従前の彼のパブリックイメージでした。
その童顔は本作でも健在であり、実年齢24歳でありながら18歳の高校生役に微塵の違和感をも抱かせません。
ただし今回違うのは家族を守るという意識を持つ芯の強い男であり、場合によっては鉄拳による解決も辞さないバイオレントな10代だということです。
ピーター・パーカーとは正反対の気質を持つ役柄なのですが、本作のトムホには触ると危険な空気がちゃんと漂っており、田舎のバイオレンス高校生として違和感がありません。その対応できる役柄の範囲は意外と広かったことに驚かされました。
アーヴィンがティーガーディン牧師と一対一で対峙する場面は旬な若手俳優同士の演技力の応酬戦となっており、静かなやりとりが次第に激しいぶつかり合いへと転化していく様には大変な緊張感が宿っていました。
考えてみれば、これはスパイダーマンvsバットマンという夢のカードでもあります。バットマンのダーティさにブチ切れるスパイダーマンという構図に置き換えてみても楽しめます。