(2020年 アメリカ)
ヒーローが存在する社会というものを突き詰めた極限のリアリティ、息詰まるパワーゲーム、壮絶な個人のドラマ、容赦のない残酷描写と不謹慎なブラックユーモアが盛り込まれた濃密な全8話であり、その圧倒的な面白さと考察の深さには脱帽するしかありませんでした。今一番見るべき海外ドラマです。
前シーズンで指名手配犯となったザ・ボーイズは地下での潜伏生活を余儀なくされているが、ベッカの生存を知ったブッチャー(カール・アーヴァン)だけはやる気満々であり、ヴォート社の研究施設で暮らすベッカを奪還しようとザ・ボーイズの活動を再開させる。
その頃セブンは、前シーズンで死亡したトランスルーセントに代わってストームフロントを新メンバーに加えるが、情報発信力が高く謀略にも長けたストームフロントは徐々にチーム内での影響力を強めていき、ホームランダーを操るほどになっていく。
ザ・ボーイズとは反スーパーヒーロー活動を行っている地下組織であり、CIAの支援を受けながら活動している。
セブンとは、ヴォート社が抱える大勢のスーパーヒーローの頂点に君臨する7名で結成されるヒーローチーム。
ヴォート社は能力者達のパワーの源泉であるドラッグ「コンパウンドV」の製造者であり、その副産物たるスーパーヒーロー達を広告塔として利用することで事業拡大を進めている。
シーズン1は、もしスーパーヒーローなるものが実在すれば副次的被害も出すのではないか、ヒーロー達はイメージを守るために副次的被害を徹底して隠蔽するのではないかという極限のリアリティをスタート地点とし、ヒーローとその被害者の情念入り乱れる争いが描かれました。
それはそれで非常に面白かったのですが、シーズン2では更なるテーマの拡張が図られています。
セブンvsボーイズの水面下での争いのみならず、スーパーヒーローという象徴的な存在の背後にいる権力者達のパワーゲームも本格化します。
ヴォート社は自前のヒーロー達への支持とスーパーテロリスト達の脅威を利用して「ヒーローこそが安全保障の要である」という世論を形成し、パブリックセクターへの参入や企業価値向上を目論みます。
一方、ビクトリア・ニューマン上院議員(クローディア・ドゥーミット)を急先鋒とするリベラル派は、スーパーテロリストは作られた脅威であること、スーパーヒーローは人格面で問題を抱えており、安全保障を委ねられる相手ではないことを証明しようとします。
そこにボーイズたちの活動が絡み、ヴォート社の闇を暴くことが骨子となります。
ヒーローが存在する社会というものを突き詰めた極限のリアリティ、息詰まるパワーゲーム、壮絶な個人のドラマ、容赦のない残酷描写と不謹慎なブラックユーモアが盛り込まれた濃密な全8話であり、かつ複雑だが分かりづらくはないという神がかった構成には脱帽するしかありませんでした。
対立はヒーローvs アンチヒーローのみならず、ヒーロー同士の思惑の違いや、セブンとヴォート社の方針のズレなども明確となってきます。
やはり大きかったのは前半におけるコンパウンドV報道であり、超能力は薬物によって作られたものであるという事実は、ヒーロー達のミーイズムを一気に加速しました。
才能とは英語ではgiftであり、天からの授かりものという含みがあります。
いろいろ問題は起こしつつも、ヒーロー達は「天から授かった能力を世のため人のために使わなければ」という思いや使命感を持って仕事をしていたのに、それは人為的に作られたものだと分かってしまうと、後には自分しか残らなくなります。
そこからセブンの内部崩壊は一気に進み、スターライトのみならずクイーン・メイヴもほぼ活動を止め、ホームランダーの暴走は輪をかけて酷くなり、彼を利用しようとするストームフロントの活動も露骨になっていきます。
セブンは正義という軸を失い、腕力にものを言わせるならず者集団になっていったのです。
その結果、母体であるヴォート社との方向性の違いも顕著なものとなっていきます。
CEOのエドガーは広告塔として有用なのでスーパーヒーローを使っているにすぎず、本業は製薬会社であることを明言します。
そして、ヒーロー事業のことしか考えていないホームランダーがコンパウンドVを世界に流出させたことは、知的財産権を抱え込んでおきたい会社の利益に反していたと言います。
象徴的なのはヴォート社が極秘に運営する実験施設”セージ・グローブ・センター”であり、一見するとスーパーヒーローやスーパーテロリストを作るための施設のようなのですが、ヴォート社の狙いはまったくそこにはなく、コンパウンドVの品質を安定させるための人体実験場こそがその正体でした。
ヴォート社は決してヒーロー中心で回っているわけではなく、まったく別の思惑を持っている。これがドラマをより面白く予測不可能なものにしています。
またヴォート社CEOを演じるジャンカルロ・エスポジート(『ブレイキング・バッド』で麻薬王ガス・フリングを演じた人)の静かなる威圧感や、すべてを読み切っているような超然とした態度も素晴らしく、登場場面はそう多くはないながらも強い印象を残します。
シーズン3以降でもぜひ活躍していただきたい魅力あるキャラクターです。
この構図にさらに絡んでくるのが巨大宗教組織です。
シーズン1でもヒーローの支持基盤として宗教組織があることは描かれていましたが、本シーズンでは行き場を失ったヒーローを広告塔として使い、政治力も行使するという、より深刻な問題を抱えた組織として描かれます。
彼らはディープやAトレインに接触し、セラピーと称して洗脳を行います。
それを受ける側は完全に取り込まれはしないものの、その教えの一部には共感できるし、付き合っておけば復帰のチャンスを与えてくれるかもしれないという期待も膨らんで、徐々に傾倒していきます。
彼らは宗教組織と言いつつも欲を持った人間達の集まりであり、ヴォート社や政治家などと比較すると思考レベルは低いのですが、如何せん影響力があるのでエドガーすら彼らを無視することができず、持ちつ持たれつで裏取引などを行います。
これは現実のアメリカ社会を反映したものであり、人口の1/4を占める福音派は巨大な発言力を持っています。そして、近年では経済界との癒着が指摘され始めています。
理由は科学者への反発という点で利害が一致していることであり、聖書に書かれていることを真実とする福音派はそもそも科学に対して否定的であり、そこに環境問題などで科学者と対立することの増えた大企業が乗っかって来たという構図です。
宗教右派と大企業がタッグを組んで、リベラルな政策が進めづらくなる。この辺りの事情はポール・シュレイダー監督の『魂のゆくえ』(2018年)で詳しく描かれているので、ご興味のある方はぜひ。
さらに本作はアメリカの社会風潮にもメスを入れます。
クイーン・メイヴがバイセクシャルであることは長年隠されてきたのですが、その事実を知ったホームランダーが嫉妬の気持ちもあってメディアの前で公表してしまいます。
すると、性的少数者がいれば活動が肯定的に捉えられるということでヴォート社もこれに乗っかり、彼女のセクシャリティを全面的に利用しようとします。
レズビアンだから男っぽい服装にしろなどと言って世間が望む性的少数者像を作り上げようと必死になり、もはやクイーン・メイヴ本人への配慮など微塵もありません。
これは、マイノリティが含まれてさえいれば本質が伴っていなくても配慮したことになるというアメリカ社会の行き過ぎたポリコレを強烈に皮肉ったものだと言えます。
物語は二転三転しつつも、最終話では当シーズン最大のヴィランであったストームフロントを女性ヒーロー3人でフルボッコにするという、胸のすく展開を迎えます。
暗くて陰惨な展開の多い本シリーズでは珍しく爽快感のある結末なのですが、その裏ではホームランナーとベッカの息子であるライアンが母を失い、幼少期のホームランナーに近い環境に置かれつつあることから、高い潜在能力を持つライアンがどう変貌していくのかという不安も抱かせます。
加えて、最後の最後で視聴者にのみ明かされる真の黒幕の存在。これには心底驚かされました。現時点では劇中の誰もその正体に気付いておらず、シーズン3以降を大きくかき回す存在になると考えられます。
セージ・グローブ・センターから脱走したサイキックはいまだ行方知れずであり、その動きが今後の展開に影響を与える可能性は十分あります。
これまた大きな不安を抱いたのですが、連続ドラマにおける不安とは次の展開への関心へと直結し、早く次が見たいと思える素晴らしい終わり方だったと言えます。