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シークレット・ルーム/アイ’ム ホーム 覗く男_尻切れのラストは反則【4点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

(2016年 アメリカ)
ありえない設定の中で起こる極端な物語なので、感情移入はできませんでした。もっと観客がわが身のことと思えるような仕掛けを入れておけばよかったのに。意味のある主張は込められているのでまったくダメな映画ではありませんが、楽しめる作品でもないので評価は低めです。

あらすじ

ニューヨークの弁護士ハワードは妻ダイアナとの関係に不満を募らせていた。停電の影響で帰宅が遅くなったある夜、自分の食事をゴミ箱に捨てているダイアナの様子を見て不満が頂点に達したハワードは、ガレージに身を潜めて妻を困らせてみることにしたが、うっかりそこで朝まで眠ってしまった。朝帰りとなれば浮気を疑われることが面倒だと感じたハワードは、帰宅せず引き続きガレージに身を潜め、そのまま行方不明になることを思いつく。

スタッフ・キャスト

監督・脚色は『ベンジャミン・バトン』のロビン・スウィコード

本作の監督・脚色を行ったのは主に脚本家として活動しているロビン・スウィコード。男目線の本作では意外に感じられるかもしれませんが、この人は女性です。

1980年に『サザンクロス/偽りの暗殺計画』で脚本家デビューし、ウィノナ・ライダーがアカデミー主演女優賞にノミネートされた『若草物語』(1994年)、サンドラ・ブロックとニコール・キッドマンが共演した『プラクティカル・マジック』(1998年)、デヴィッド・フィンチャー監督の『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年)の脚本が代表作です。

原作は『ビリー・バスゲイト』のE・L・ドクトロウ

1931年ニューヨーク出身の小説家であり、『ラグタイム』はミロシュ・フォアマン監督で、『ビリー・バスゲイト』はロバート・ベントン監督で映画化されています。本作はドクトロウの三本目の映画化企画となります。

主演は『ブレイキング・バッド』のブライアン・クランストン

1956年ハリウッド出身。1980年代にテレビ俳優としてキャリアをスタートさせ、1990年代より映画にも出演するようになりました。注目を集めたのは『ブレイキング・バッド』(2008年-2013年)の主人公ウォルター・H・ホワイト役であり、この役でエミー賞を4度も受賞し、また名優アンソニー・ホプキンスからファンレターまでを受け取っています。ホプキンスによると、同作におけるクランストンの演技は史上最高のものだったと。

何かに執着する者の演技を得意としており、『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(2015年)でアカデミー主演男優賞にノミネートされました。

感想

リアリティを感じない物語

本作は一種の寓話であり、極端な設定をある程度飲み込まなきゃいけない映画であることは分かるのですが、それにしても無茶が多すぎるので話に入っていけませんでした。

まず、主人公ハワードがすべてを投げ出した理由や、長期に渡って不自由の多い生活を受け入れられた素地というものが見当たりません。従前よりハワードにそれほど深い人生への絶望や逃避願望があったわけでもなく、

  • 嫁がムカつくし、今夜はすぐに帰宅しないでおくか
  • ちょっと隠れるつもりで入った自宅ガレージで寝入ってしまい、気付けば朝だった
  • 今帰宅すると浮気を疑われそうで面倒
  • いっそのこと失踪したことにして、どうなるか見てやろう

こんな感じで、当初は成り行きから「失踪」は始まりました。そこから残飯を漁り、髪やヒゲは伸び放題、トイレのないガレージで空き瓶に排泄するという生活にすんなりと入っていけるものなのだろうかと、その心境には納得感がありませんでした。

加えて主人公以外のディティールも甘すぎます。自宅敷地内のガレージを本当に誰も調べなかったのだろうか、ハワードは結構頻繁に外へ出ていたが、近所の人から気付かれることはなかったのだろうかと、要らんことがやたらと気になってきました。

主人公のモノローグに読者を集中させておける小説というメディアと、主人公以外の後景がどうしても観客の目に映り込んでしまう映画というメディアの根本的な違いがあって、本来は脚色によってディティールを追加していかねばならない素材だったのに、脚本家がそれを怠っているように感じました。

ブライアン・クランストンが設定年齢に合っていない

年齢よりも若く見える俳優もいれば、年齢相応に見える俳優もいます。そんな中で、主人公を演じた1956年生まれのブライアン・クランストンは年齢相応に見える俳優であり、彼は製作時点の実年齢と同じ60歳に見えていました。

他方で、彼の妻を演じたジェニファー・ガーナーは実年齢よりもやや若く見える女優さんあり、1972年生まれの彼女は製作時点の実年齢44歳よりも若く見えていました。

そもそも両者には16歳の年齢差がある上に、年下のガーナーが実年齢よりも若く見えるのだから、この夫婦の見た目はまったく釣り合っていませんでした。当初、私は年の差夫婦という設定が置かれているものとばかり思っていました。

しかし夫婦の馴れ初めに触れられる中盤の回想場面によって、どうやらこの夫婦は同世代の設定であることが分かります。妻ダイアナは元々ダーク・モリソンという人物のお気に入りでした。このダークはハワードの大学の同窓にして友人であり、ハワードはダークへの対抗心からそのお気に入りを寝取ってやることにして、ダイアナとの関係がスタートしたのでした。

ダークを演じるのはジェイソン・オマラ。彼は1972年生まれで、ジェニファー・ガーナーと同い年です。このダークの存在により、ハワード、ダイアナ、ダークが同世代という設定が置かれていたことが明らかになります。

しかしブライアン・クランストンだけが他の2人とは一周り以上違う見た目なんですね。別の回想場面で赤ん坊の頃の双子の娘とベッドに横たわる場面なんて、どう見ても初孫を可愛がるおじいちゃんでしたよ。

ブライアン・クランストンの演技は確かに素晴らしかったのですが、あまりにも設定年齢との乖離が大きすぎて要らぬノイズになっていました。年齢相応の俳優に演じさせた方が自然だったと思います。

自分が居なくても世界は回る

話を物語に戻します。

ハワードが失踪した理由のひとつとして、妻や娘達の自分に対する扱いが悪くなってきたことへの不満があって、大黒柱の自分が居なくなれば彼女らは困り、父親の有難みが分かるだろうという目算もありました。

しかし現実とは厳しいもので、ハワードが居なくなっても家庭は何とかなるのです。従前、ハワードが家庭に対して貢献できていたのは経済面のみでしたが、この問題はダイアナの母が裕福なのでそれなりにカバーできている様子です。

ハワードは精神面での貢献を特にしてこなかったので、娘達が「パパが居ないと寂しい」なんていう心境に陥ることもなく、ハワードの居ない日常がどんどん当たり前のものとなっていきます。

自分抜きでも問題なく回っている家庭。これを眺めるハワードの心境は相当キツかったと思います。

尻切れのラストは反則

そうして父親抜きが当たり前になっていく家庭とは対照的に、ハワードはガレージから家族の様子を覗き見る中で愛おしさを感じるようになり、家族が何よりも大事だったという結論へと至ります。

しかし大事に思えば思う程、10か月の空白期間が重くのしかかってきます。失踪の理由をどう説明するのか。言い方を誤れば今度は本当に家庭を失うかもしれないという恐怖から、日常へ戻ることがどんどん困難になっていきます。

そんな折に再登場したのがダーク・モリソンでした。ハワードの存在をほぼ諦めたダイアナと、ダイアナとの復縁を望んでいるダーク。娘達もダークを気に入った様子であり、もはや一刻の猶予もないハワードは家庭に戻る決意を固めます。

身なりを失踪直前と同じ状態に整え、「ただいま(アイ’ム・ホーム)」と帰っていくハワード。家族は彼の帰宅を喜んでくれるのか、それとも長期の不在に怒るのか…。

なんと、その結末が描かれることなく映画は終わります。 確かに結末を描かず観客の想像に任せるという手法はありますよ。しかし本作に限ってはそれじゃダメでしょ。ハワードが自分の失踪をどう説明したのか、家族はそれをどう受け止めたのかは、観客の想像に任せちゃいけない部分だと思います。尻切れ状態で流れ始めたエンドロールに向かって、「え?」という言葉が漏れてしまいました。

≪ブライアン・クランストン出演作≫
トランボ ハリウッドに最も嫌われた男_史実の掘り下げが中途半端【6点/10点満点中】
潜入者_情報整理には失敗しているが高いドラマ性でカバーされている【6点/10点満点】

言わんドラゴ

脱サラして公認会計士資格をとったものの、組織人であるうちはサラリーマンと大差なく、かといって独立開業する踏ん切りもつかないハンパ者です。 映画館には話題作を見に足を運ぶ程度で、その他の映画はもっぱら動画配信サービスが主たる鑑賞方法となっています。利用しているのはNetflixとAmazonプライムビデオですが、ほぼNetflixに寄っていますね。