(2017年 アメリカ)
麻薬カルテルのマネロン担当であるファイナンシャルプランナーが、期限内に大金を洗わなきゃいけなくなって右往左往する話。ドンパチや暴力行為は少ないものの、非力な会計屋がヤクザ達を何とか言いくるめ、許してもらいながら目的を遂行する様には、何とも言えないスリルがありました。私は好きです。
これまで見てこなかったシリーズであるのですが、シーズン4が配信開始ということで試しにシーズン1を見てみました。本当にお試しのつもりで、つまらなかったら視聴をやめるようと思っていたのですが、第1話から最終話までずっと面白く、最後にはファンになりました。
一般人の主人公が、堅気のスキルを利用して麻薬ビジネスに関与するという概要からは、高校の化学教師がドラッグの製造業者になる『ブレイキング・バッド』を思い出しました。
ただし、『ブレイキング・バッド』の主人公ウォルターは家族に対して秘密を隠そうとしていたのに対して、本作の主人公マーティは子供にも事情を説明して、今が緊急事態の真っただ中であることを認識させるという違いがありますが。
そして家族ぐるみと言われて思い出したのが、冷戦時代にアメリカ社会に潜り込んだソ連スパイ一家を描く『ジ・アメリカンズ』でした。
平凡な一家を装ってある地域に潜入し、その社会の秩序に反する行為をする。しかし彼らにも家庭生活があって、人並みの悩みを抱えている。こうしたテーマは両作に共通しています。
この通り、本作はいくつものヒット番組の構成要素をじっくりと観察した上で再構築されており、二番煎じ感こそあるものの、ちゃんと面白く仕上がっています。
では本作の新奇性は一体どこにあったのかというと、これまで映画やドラマで取り上げられることの少なかったマネーロンダリングを題材としていることです。
麻薬業者は、表面上はドラッグビジネスをやっていないことになっています。そりゃそうですよね、ドラッグビジネスをやってますと言った瞬間に警察のご厄介になるので。
で、存在しないはずの事業が稼ぎを出した場合、その金は一体どこから来たものであるかの説明がつかなくなります。だから残高記録の残る銀行などへの預け入れができない。
そんなわけで『ナルコス』などでも描かれた通り、麻薬王たちは大量の現金を隠し持っているのですが、金融が発達したこの世界で、現金決済オンリーとなると経済活動の幅は大きく狭められます。
加えて、21世紀のアメリカではテロ対策の観点から現金取引に対してはかなり厳格な法整備がなされており、多額の現金取引が行われると内国歳入庁(日本で言う国税庁)がすぐに調べにやってくるという事情も説明されます。
すなわち麻薬事業で得たキャッシュはそのままでは使いようがなく、真っ当な稼ぎの結果得られた金という形に変えなければならないのです。これがマネーロンダリングの背景。
そしてマーティの手法とは、まずエンジェル投資家を装って堅気の事業家に接近し、ドラッグマネーをその会社に投資します。
次に経営再建と称してその会社の内側にまで入り込み、先ほど投資した金を架空取引によって別のダミー会社へと流し込んでいって、表面上は真っ当な事業で動いた金であるという体裁を作るわけです。これで洗浄完了。
で、ハイシーズンには観光で盛り上がって多額のキャッシュが動く一方で、閑散期には過疎地でビジネスチャンスの割にはプレーヤーが少なく、かつ、売上高の季節変動が激しいため不自然な取引をしても目立たないミズーリ州オザーク湖畔に目を付けて、地元業者に憑りついてマネーロンダリングをしようとするわけです。
ただしミズーリ州は保守的な地域なので、都会からやって来たマーティは信用されず、なかなか投資先を見つけられないという苦労をします。
また憑りついた先の経営を本当に改善しなけれならないという問題もあります。
そもそも投資とは経済合理的になされるものであり、もしも投資先が大赤字だったり、売上高とは釣り合わない金額の経費が計上されていると、「何か別の目的があるのでは?」とお上から怪しまれてしまうからです。
そもそも儲かっていない会社で、しかもマネーロンダリングのために多額の架空経費を計上しなければならない。そんな厳しい条件下でも経営改善をするのだから、冷静に考えてマーティの手腕はとんでもないものだと言えます。
それだけの実力があるのならそもそも麻薬カルテルと関係せず、凄腕コンサルとして食っていれば良かったのでは?とも思ったのですが、そこはミスったら家族全員殺されるというプレッシャーの中で出た火事場の馬鹿力ってことで納得しました。
そして、主人公には腕っぷしがないものだから、相手を納得させる、もしくはぐぅの音も出ない正論で退散させるという戦い方しかありません。
犯罪ものらしいドンパチや暴力が出てこないので、人によっては退屈に感じられるかもしれませんが、私はこのアプローチを楽しめました。
筋金入りの麻薬カルテルに始まり、地元のチンピラ姉ちゃん、ストリップ経営者、オザークの土着ギャング、FBIの変態捜査官らから次々と揺さぶりをかけられるのですが、その度にマーティはうまいことやって窮地を逃れる。
この駆け引き、やりとりがスリリングで楽しめました。
そしてもう一つの醍醐味が、一風変わったシチュエーションでのホームドラマなのですが、こちらにも見応えがありました。
オザークへ行く直前の妻ウェンディは絶賛不倫中。
マーティは探偵を雇っての調査でその事実を掴んでいるものの、それを非難したりもせず黙って泳がせているので、夫婦仲は相当冷え込んでいると言えます。
娘のシャーロットは15歳という多感な時期にあって、目立つほどの反抗的な態度をとるわけではないものの、やはりこの年齢特有の扱いづらさはあります。加えて、シカゴの私立学校に通っていた彼女が、ミズーリの田舎の公立学校に転校となったことで、環境変化に追いつけないという問題も発生します。
一方、小学生の弟ジョナはこの環境を文句も言わず淡々と受け入れます。こいつはなかなかやるもんだと思って見ていると、コンドルの餌にするために動物の死体を解体したり、北部のリベラルエリートであるバード家が忌避してきた銃器に関心を示すなど、環境に馴染み過ぎて危ない兆候を覗かせ始めます。
演じる子役のうつろな表情も役柄とバッチリ整合しており、こいつが何かやらかすんじゃないかという緊張感がそこはかとなく漂っています。
この凸凹家族が、そうはいってもミスると皆殺しという意識の元で一致団結してマネーロンダリングに当たるのですが、個性的なキャラクター同士の化学反応も起こっており、ホームドラマとしても見どころの多い作品となっています。
そしてもう一つポイントなのが、反社会的勢力の方々がきっちり怖いということです。
まず麻薬カルテルの幹部デル・リオですが、彼が銃を突きつける時はこけ脅しではなく、「即答できないならもういい」って感じですぐに人を撃ち殺します。
この躊躇のなさが怖いし、駆け引きするつもりはないという姿勢からは、こちらの嘘や小細工はすべて見透かされているような威圧感もあります。
そして第8話では彼とマーティの関係の開始地点が描かれるのですが、こちらもまた怖かったですね。
遡ること10年前、シカゴで新しいマネロン係を探していたデル・リオは、事業会社の経営者を装ってマーティに接触します。
するとマーティはデル・リオから提示されたレポートの問題点を即座に見つけ出し、かつ、忖度なしにそれを指摘したものだから、デル・リオはマーティを適任者だと見込み、組織の仕事を引き受けてくれないかとの依頼をします。
しかし慎重なマーティは辞退。ならばとデル・リオは高級リゾートに招待したり、一本数十万円するコニャックを振る舞ったりと、マーティに対して接待攻勢をかけます。
また「我々と組めばとにかく儲かる。ひ孫の代まで教育費の心配をしなくてもいい」など、誰でもチャレンジしたくなるような誘因をどんどん与えて、最終的にマーティを篭絡。
しかしマーティがやると決めた瞬間から、それまでのビジネスマン的な物言いは消え、ヤクザの顔になります。
勧誘の時には優しいのに、入部した瞬間から上下関係きっちりになる体育会みたいな感じですね。
で、見せしめの如くマーティの目の前で前任者を射殺し、裏切ると容赦しないという姿勢を表明。ヤバいところに来てしまったという後悔のどん底に叩き込まれるマーティ。
この一連の流れには息を呑むものがありました。こうして真っ当な会計士が悪事の加担者になっていくのねと。
またオザークに来たマーティが衝突することとなるスネル夫婦もヤバかったですね。
彼らは地元でうまくやって来た老舗のヘロイン業者なのですが、自分の領内によそ者が侵入してくることを極端に嫌うし、地方民のコンプレックスの裏返しなのか、相手から馬鹿にされてるんじゃないのか、下に見られてるんじゃないのかということを物凄く気にします。
「大事なのは信用と敬意」が口癖になのですが、要はメンツこそすべてということ。実利を求めるマーティとは水と油であり、マーティがどれだけ妥当な提案を持って来ても、こちらのメンツを潰されたと思えば交渉のテーブルをひっくり返す。
で、どう考えても勝負にならないメキシコの麻薬カルテル相手であっても、「あいつらなんぼのもんじゃい!」と謎の気勢を上げるという向こう見ずさ。
この頭の悪さ、瞬間的に怒りに火が点くタチの悪さは、大したことのない言葉にも過敏に反応する地元のヤンキーみたいでしたね。こちらもナイスな不愉快さでした。
オザークへようこそ シリーズ
オザークへようこそ(シーズン1)_知的で面白い【7点/10点満点中】
オザークへようこそ(シーズン2)_女たちが熱い【8点/10点満点中】
オザークへようこそ(シーズン3)_夫婦の不信感【8点/10点満点中】
オザークへようこそ(シーズン4 パート1)_面白さパワーアップ【8点/10点満点中】
オザークへようこそ(シーズン4 パート2)_ルースが阿呆すぎる【6点/10点満点中】