(2017年 アメリカ)
1967年7月23日、警察による闇酒場の摘発をきっかけにして、デトロイト暴動が始まった。そんな暴動の最中、アルジェ・モーテルではある宿泊客が冗談半分で鳴らした空砲が狙撃だと勘違いされ、警官隊が乗り込んでくる事態となった。警官に取り押さえられた宿泊客達は、夜通しの尋問を受けることとなる。
1951年生まれ。高校卒業後にはアートの世界に進んだものの、後に映画に転身し、コロンビア大大学院で映画理論を専攻。ウィレム・デフォー主演の『ラヴレス』(1982年)で長編監督デビューし、その同時期にGAPの広告モデルも務めるという異例の才色兼備ぶりを発揮しました。以降、西部劇と吸血鬼映画を融合させた異色のホラー『ニア・ダーク/月夜の出来事』(1987年)、女警官が恋に落ちた相手がサイコキラーだったというサスペンス『ブルースチール』(1989年)、キアヌ・リーブス主演のアクション映画『ハートブルー』(1991年)と映画ファンから注目される作品を次々と送り出したものの、なかなか一般受けまでは獲得できませんでした。
1989年にはジェームズ・キャメロンと結婚したものの、1991年に離婚。そのキャメロンが脚本を書いた『ストレンジ・デイズ/1999年12月31日』は初の大作でしたが、製作費4200万ドルに対して全米興行成績がたったの800万ドルという大爆死。とにかくヒットに恵まれない監督なのでした。
キャリアの分岐点となったのはイラク戦争を描いた『ハート・ロッカー』(2009年)であり、製作費1500万ドルの低予算映画ながら全世界で高評価を獲得。アカデミー賞では作品賞・監督賞。脚本賞、編集賞、音響編集賞、録音賞の6部門を制覇し、史上初の女性の監督賞受賞者となりました。
その演出スタイルの特徴は、感情を排したリアリズムとその中にある映像美にあります。アクションを撮らせれば骨太な内容にしてみせるし、複数のカメラを同時に回して役者に死角を与えず、全力で役になりきらせるという鬼演出も行うことから、ハリウッド一男前な女性監督と言えます。
ストレンジ・デイズ/1999年12月31日【4点/10点満点中_長くてつまらない】(ネタバレあり感想)
K-19【6点/10点満点中_前半良いのに後半が雑】(ネタバレなし・感想・解説)
ハート・ロッカー【8点/10点満点中_アメリカ人が自身を戦争ジャンキーと認めた画期的作品】
1973年生まれ。元はジャーナリストで、後にポール・ハギスの脚色により『告発のとき』(2007年)として公開された原案となる記事を執筆しました。『ハート・ロッカー』(2008年)でアカデミー賞脚色賞受賞。以降はキャスリン・ビグローとのコンビで『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年)と本作を手がけました。また、2019年にNetflixで配信されたJ・C・チャンダー監督の『トリプル・フロンティア』(2019年)の脚本も執筆していますが、こちらも当初はキャスリン・ビグローが監督する予定で、トム・ハンクスがキャスティングされていました。
ゼロ・ダーク・サーティ【5点/10点満点中_深みはあるが狭い視点がキャスリン・ビグローの限界か】
トリプル・フロンティア【5点/10点満点中_アクションもドラマも失敗している】(ネタバレあり・感想・解説)
1954年イギリス出身。1990年代にはケン・ローチ監督のドラマ作品を手掛けていたのですが、911テロを描いた『ユナイテッド93』(2006年)からポール・グリーングラスと組むようになり、『グリーン・ゾーン』(2010年)、『キャプテン・フィリップス』(2013年)、『ジェイソン・ボーン』(2016年)を手がけました。また、キャスリン・ビグロー監督とは『ハート・ロッカー』(2008年)で組んでおり、同作でアカデミー撮影賞にノミネートされました(受賞は逃した)。本作後には、Netflixで『アウトロー・キング 〜スコットランドの英雄〜』を手掛けています。
グリーン・ゾーン【8点/10点満点中_イラク戦争を総括した早すぎた傑作】
アウトロー・キング 〜スコットランドの英雄〜【6点/10点満点中_良くも悪くもライトな冒険活劇】(ネタバレあり感想)
序盤では、1967年7月23日から27日にかけて起こったデトロイト暴動の発生から拡大までがテンポよく描かれるのですが、直前の市街地の爆発寸前の空気感に始まり、闇営業の酒屋の摘発と、現場での警察の手際の悪さからついに街の空気に引火して、一気に暴動が広がって行く様が実に見事に描かれていました。そこからの警官隊の動員、州兵の動員と事態はどんどん悪化していき、やんごとなき状態でアルジェ・モーテル事件の夜を迎えるという流れの作り方もよくできており、街全体の緊張感があのモーテルに集約されていくように見せています。
アルジェ・モーテルはまさに修羅場です。「この町の平穏を取り戻すんだ」という使命感が暴走しており、そこに人種的偏見も加わって抑えの利かなくなったデトロイト市警のクラウスとフリンが場を席捲し、容疑者を一つの答えに導くために尋問を開始します。現場には当初、州警察や州兵などデトロイト市警以外の機関も来ており、彼らは意外と冷静な目を持っていたのですが、クラウスがあまりに異常なので「関与していると俺らまで巻き込まれるし、かと言って地元警察と喧嘩してまで目の前の蛮行を止める義理もないし」という感じで現場から離れていく様の絶望感にも筆舌に硬いものがありました。いよいよ、異常者だけになってしまうという。
そうして完璧な閉鎖空間が出来上がってからは、ホラー映画同然の空気となります。こちらは身の潔白を証明しなければならない、しかし相手は「お前らが犯人だ」と決めつけてきて、それ以外の情報はウソだと言って切り捨ててしまう。容疑を認めても地獄、認めなくても地獄という出口のない恐怖がそこにあります。
この映画が素晴らしいのは、人種差別というワンポイントに絞り込んだ作品ではなく、バカが権限を持ち、使命感を持って自分は正義だと信じ込んで迷いがなくなった時に、どれほど恐ろしいことをしでかすかという、より普遍的なテーマにまで内容を拡大していることであり、対岸の火事とは言っていられない怖さがそこにはありました。
クラウスみたいな人間も、暴動という異常事態が起こらなければ、普通の警官として人生を送ったかもしれません。むしろ使命感の強さから、立派な警官になった可能性すらあります。しかし、町全体を包み込んだ暴動という異常な空気感があって、警察署は満員だからある程度は現場判断で処理しなければならないというシチュエーションまでが出来上がっていたために、彼のマイナス面が一気に噴出してしまった。クラウスはモンスターでしたが、果たして自分は異常事態の中でクラウスのようにならずにいられるのかという問いまでを突き付けられたような気分になりました。
事件の再現映画として優れているだけでなく、ホラー映画としての緊張感や、普遍的な社会考察まで織り込んだ守備範囲の広い作品となっており、見終わった後に多くのことを考えさせる優れた社会派映画として仕上がっています。オスカーを受賞した『ハート・ロッカー』に並ぶ完成度の作品だと感じました。
≪キャスリン・ビグロー監督作品≫
ブルースチール_頭の良い人間が一人も出てこないスリラー【4点/10点満点中】
ストレンジ・デイズ/1999年12月31日_長くてつまらない【4点/10点満点中】
K-19_面白いけど史実を脚色しすぎ【6点/10点満点中】
ハート・ロッカー_アメリカ人が自身を戦争ジャンキーと認めた【8点/10点満点中】
ゼロ・ダーク・サーティ_深みはあるが視点は狭い【5点/10点満点中】
デトロイト(2017年)_怖くて深い実録サスペンス【8点/10点満点中】