K-19_面白いけど史実を脚色しすぎ【6点/10点満点中】(ネタバレなし・感想・解説)

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戦争
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(2002年 アメリカ)
男前な女性監督キャスリーン・ビグローの手腕もあって目を見張る描写がある一方で、ダメな部分も目に付くので良作の部類には入りません。 また、史実からの改変があまりに多いという点も気になりました。実際には英雄として迎えられた副長が閑職へ追いやられたという史実とは正反対の展開なんて、そこまで脚色しちゃって大丈夫かと気になるくらいだったし。

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一部に光る描写はあるが、雑な点の方が目に付く

あらすじ

冷戦下の1961年。ソ連海軍初の弾道ミサイルを装備した原子力潜水艦K-19は、航行実験において原子炉事故に見舞われた。加えて通信システムの故障で祖国への救援要請もできず、自力での対処を余儀なくされる。

スタッフ・キャスト

監督はキャスリン・ビグロー

1951年生まれ。高校卒業後にはアートの世界に進んだものの、後に映画に転身し、コロンビア大大学院で映画理論を専攻。ウィレム・デフォー主演の『ラヴレス』(1982年)で長編監督デビューし、その同時期にGAPの広告モデルも務めるという異例の才色兼備ぶりを発揮しました。

1989年にはジェームズ・キャメロンと結婚し、1991年に離婚。そのキャメロンが脚本を書いた『ストレンジ・デイズ/1999年12月31日』は初の大作でしたが、製作費4200万ドルに対して全米興行成績がたったの800万ドルという大爆死となりました。

その演出スタイルの特徴は、感情を排したリアリズムとその中にある映像美にあります。アクションを撮らせれば骨太な内容にしてみせるし、複数のカメラを同時に回して役者に死角を与えず、全力で役になりきらせるという鬼演出も行うことから、ハリウッド一男前な女性監督と言えます。 ただし、彼女のスタイルが馴染むまでにはオスカー受賞作『ハート・ロッカー』(2009年)まで待たねばなりませんが。

脚本家

  • ルイス・ノーラ:本作の原案担当。オーストラリアの脚本家で、ラッセル・クロウと工藤夕貴が共演した珍作『ヘヴンズ・バーニング』(1998年)などを執筆しています。
  • クリストファー・カイル:本作の脚色担当。オリバー・ストーン監督の『アレキサンダー』(2005年)でラジー賞最低脚本賞ノミネートという不名誉な経歴を持ち、キャサリン・ビグローとは『悪魔の呼ぶ海へ』(2000年)に続くコラボとなります。
    アレキサンダー(2004年)【5点/10点満点中_前半を犠牲にするという奇抜な構成が裏目に出た】
  • トム・ストッパード:スクリプトドクターとしてノークレジットで参加。チェコ出身、イギリスで活動する劇作家であり、映画脚本家としては『未来世紀ブラジル』(1985年)でアカデミー脚本賞ノミネート、『恋におちたシェイクスピア』(1998年)でアカデミー脚本賞受賞という輝かしい経歴を持っています。また、『スリーピー・ホロウ』(1999年)、『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』(2005年)などにもノークレジットで参加しており、大作の経験も豊富です。

新旧スター・ウォーズ俳優共演

艦長役にハリソン・フォード、副艦長役にリーアム・ニーソンと、片やエピソード4~7のハン・ソロ、片やエピソード1のクワイ=ガン・ジンで、一部のファンがザワついたキャスティングとなっています。

作品概要

劇場公開時の大コケ

キャスリーン・ビグロー監督にとっては初の1億ドルバジェットの超大作で、ハリソン・フォードとリーアム・ニーソンの共演とキャストにも恵まれたのですが、蓋を開けると初登場4位、全米での興行成績は3500万ドル、全世界でも6500万ドルという大赤字を出して撃沈しました。

この失敗には、悲惨な描写を含み、ダークな結末を迎える本作を大作ラッシュのサマーシーズンに公開したパラマウントの戦略ミスという要因もあって、オスカー候補作が公開されるウィンターシーズンに公開していれば、結果はもうちょっとマシだったような気もします。

史実との比較

K-19は本作公開時点でも現役だった

K-19とは1958年10月に建造を開始し、1960年11月に就航したソ連海軍初の弾道ミサイル装備の原子力潜水艦です。

1961年7月4日、艦長ニコライ・ウラジミロヴィッチ・ザテエフ大佐(ハリソン・フォードが演じたボストリコフ艦長に該当する人物)の指揮で北大西洋を航行していた際に、原子炉冷却材システムのトラブルが発生。その際に、ザテエフ艦長は腹心5名に拳銃を配布し、それ以外の武器はすべて海中に捨てたとされています。つまり、映画に描かれた政治士官によるクーデターはなかったのです。映画は、K-19はそのまま北大西洋に放棄されたかのような印象で終わりましたが、実際にはその後艦隊に復帰しています。

ただし事故の多い艦だったようで、1969年には米原子力潜水艦ガトーとの衝突事故を起こし、ソナーシステムと魚雷発射管カバーを破損しました。1972年にはニューファンドランド島沖1300kmの海域での任務中に機関室から出火。乗員28名が死亡し、沈没以外ではもっとも多くの犠牲者を出した潜水艦事故となりました。

1991年に再度原子炉トラブルを起こし、2003年に廃艦が決定。本作が公開された2002年時点ではまだ現役だったことに驚かされました。

事故の生存者によると、本作で史実と同じなのは、就航式でシャンパンの瓶が割れなかったことと、原子炉事故が起こったことのみらしいです。

副長は大出世していた

また映画と史実との相違点として、関係者への処遇もあります。映画では、1961年の原子炉トラブル時の乗員は口封じをされた上で、その後は軍の閑職へと追いやられたかのような描写となっていましたが、実際にはそうではなかったようです。

副長のヴァーシリー・アルヒーポフ(リーアム・ニーソンが演じたポレーニン副長に該当する人物)は、K-19の事故対応での勇敢な行動がむしろ名声へと繋がっており、引き続き潜水艦任務に就いていました。

翌年1962年のキューバ危機では潜水艦B-59に副長として乗船し、キューバ近海を航行。その際に米駆逐艦からの爆雷攻撃を受け、攻撃を避けるために深度を下げたことからラジオ電波の受信が困難となり、米ソが開戦しているかどうかの確認ができないまま核ミサイルを発射するかどうかの判断を下さねばならないという、トニー・スコット監督の『クリムゾン・タイド』(1995年)のような事態に直面しました。

艦内の決定権者3名のうち2名は発射すべきとの判断を下したのですが、アルヒーポフ一人が浮上してモスクワの指令を待つべきと主張。K-19での原子炉事故対応での名声もあって残る2名もアルヒーポフの意見を軽視できなかったことから、全面核戦争の危機は回避されたのでした。あまりにも『クリムゾン・タイド』に似た話なのですが、事件の公表は2002年なので、同作の着想に影響を与えたということは時系列的にありえません。

その後、潜水艦戦隊司令に出世。1975年には少将に昇進し、キーロフ海軍大学の学長に就任。1981年には中将に昇進と、映画で描かれていた閑職扱いどころか、超お偉いさんにまで登り詰めています。1998年に72歳で没。その死にはK-19での被ばくが影響したと言われています。

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登場人物

  • アレクセイ・ボストリコフ艦長(ハリソン・フォード):ポレーニンが艦長を解任されたために、モスクワから急遽送り込まれた代理の艦長。父は革命の英雄として高名であると同時に、晩年は収容所に入れられていた。政府高官の娘と結婚して権力を得たという背景がある。処女航海のK-19でミサイル発射テストまでを行うとする上層部からの指示に対して、いったんは「無謀である」と反対したものの、聞き入れられないため従うことにした。出航後には艦や乗組員を酷使するような訓練を繰り返し、全乗組員からの反感を買った。
  • ミハイル・ポレーニン副長(リーアム・ニーソン):K-19の元艦長。軍上層部に対し、艦の整備不良に文句をつけたため降格させられた。乗組員達からの信頼は厚く、降格後にも「実質的な艦長はあなたです」と言われるほど慕われている。
  • ヴァディム・ラドチェンコ(ピーター・サースガード):原子炉担当士官。ベテランの前任者がボストリコフに解任されたために急遽配属された。学校を卒業したてで実務経験はない。カーチャという婚約者がいる。
  • パベル・ロクテフ(クリスチャン・カマルゴ):原子炉担当官。勇気と責任感があり、高濃度放射線区域に入っての作業に真っ先に志願した。
  • ススロフ(ラビヤ・イスヤノフ):K-19に乗艦している政治士官。本来は艦長の監視役だが、ポレーニンとの関係性は良好。原子炉事故後にはボストリコフに対し、米軍に救援を求めて乗組員の命を救うべきと主張するなど、政治士官らしからぬ発言が多い。艦内で艦長の解任権限を持つ唯一の人物であり、その権限を行使してボストリコフを解任した。
  • ゲンナジー・サヴラン(ドナルド・サンプター):軍医。前任の軍医が出航直前に事故死したため、急遽配属された。潜水艦への乗艦経験はなく、また放射線被ばくの知識もない。

感想

放射能の恐ろしさが世界一伝わってくる映画

リアリズムの追及こそがキャスリン・ビグローの特徴ですが、原子炉事故の描写ではその特性が遺憾なく発揮されています。実際の放射線事故を入念にリサーチしただけあって、被ばくした作業員の描写は真に迫っているし、高放射能地帯では画面の動きをスローにし、どんどん視界を悪くしていくという処理によって、体が放射能に蝕まれていく様を映像で表現することに成功しています。ここまで放射能の恐怖を感じさせる映像は見たことがなく、史実の重みが作品に活かされています。

CG臭い映像がマイナス

ただし、それ以外の描写がイマイチなんですよね。本作はキャスリン・ビグローがCGというツールを大々的に活用した初の作品となるのですが、どんな表現でも可能なこのツールにテンションが上がり過ぎたのか、リアリティを度外視してCG臭くなってしまった映像が多いように感じました。

顕著だったのが、K-19が急浮上して海面の氷を突き破る場面なのですが、衝突の瞬間に入るヒビを追いかけてカメラが猛スピードで移動するというカットはやりすぎでした。カメラが現実的にありえない動き方をすると、映像が一瞬でCG臭くなってしまうのです。キャスリン・ビグローともあろう人が、そんな失敗をするのかと意外でした。

後半の展開が雑

後半になると放射能事故に加え、1972年の事故をモチーフにしたと思われる火災の発生に、『クリムゾン・タイド』のようなクーデターと畳みかけるような展開を迎えるのですが、処理があまりにも雑なので観客置いてけぼり状態となっています。

まず火災についてですが、中盤に起こった魚雷の燃料漏れでバケツに溜まっていた可燃物質をいまだに片付けておらず、そこに「放射能汚染された艦に戻りたくない!」とパニくったアホのせいで引火という世にもあんまりな状況で、むしろ冷めました。バカが足を引っ張る展開って、見ていてストレスが溜まります。

クーデターについては、「このまま艦長の言う通りにしていると乗員が死んでしまう」という動機も、軍規に定められた権限に基づいているという手段も適正なものであり、クーデターを起こした政治士官側にこそ正義があるように見受けただけに、これに対して副長が「家族に銃を向けることは何事か!」と言って叱責したことが理解できませんでした。そもそも副長はNATOに救援を求めるべきという政治士官達と同じ意見を持っていたはずなのに、ここに来て「自力で帰港すべき」という艦長側に付いたことが、急な転向のようにも感じられました。副長と意見を同じくしているからこそ行動に移した部下達のはしごを外した形にもなっていたし。

その後、救援に駆け付けた別のソ連潜水艦に乗り込む際、副長はクーデターに同調した部下に向かって「お前は誇りまで失った」と追い打ちをかけるような一言を言うのですが、この部下がそこまで悪いことをしたとも思えず、なぜそこまで言われなきゃいけないのかが分かりませんでした。

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