(2012年アメリカ)
2003年、CIA分析官のマヤはパキスタン支局に配属された。そこでは拘束者に対する拷問が行われており、マヤはその異様な光景に驚くが、ウサマ・ビン・ラーディンを追うためにマヤもまた人格に悪影響を受けながらも死力を尽くす。
実話をベースにしたフィクション
そもそも本作は一向に成果の上がらないビン・ラディン捜索活動を題材としてビン・ラディン殺害前から企画されていたのですが、その間にビン・ラディンが殺害されたことから脚本全体が書き換えられたという経緯があります。2011年5月のビン・ラディン殺害から2012年12月の本作公開までにはたったの1年半しかなく、劇場公開時には「もう映画化したの?」と驚いた記憶があるのですが、実はそうした背景があったのです。
製作・脚本を務めたのはジャーナリスト出身で『ハート・ロッカー』でアカデミー脚本賞を受賞したマーク・ボールであり、ビン・ラディン殺害前からCIAに綿密な取材をしていたことの成果は本編にきちんと反映されています。一向に成果が上がらない中でのCIA局員たちの焦りや、彼らが上席から罵倒される会議などは、仮に成果を後追いする視点ではありえなかったと思います。
その一方で、題材の特殊性から本作の内容には決して表には出てこない要素も多く含まれていることから、どの程度が実話で、どの程度が脚色なのかの判別がつかないという気持ち悪さもあります。主人公・マヤに該当する人物は実在せず、多くのCIA局員の働きを一人に集約したものがあのキャラクターだと言われていますが、この手の脚色をされてしまうと本作の情報をどう受け止めればいいのかが分からなくなってしまいます。
決定的に欠けているアメリカ以外の視点
序盤にて、マヤは捕虜の前に出る際には覆面を被るようにとの助言を受けますが、「どうせこの人達が娑婆に出ることはないんだから、リスクはないでしょ」と言って素顔のまま取り調べに臨みました。かなり短いやりとりだったのですが、この場面は実に恐ろしいことを言っています。捕虜として捕まえた段階ではまだ容疑段階であり、論理的には取り調べをしてようやくシロかクロかが分かるはずなのですが、CIAは捕まえた時点でクロ認定を下し、決して釈放するつもりはないという姿勢でいるわけです。
本作では主人公が追っていた線が図らずもビン・ラディンに繋がっていたという当たりパターンのみが扱われていますが、このたったひとつの線を引き当てるまでにCIAは無数のハズレの線を追い、ビン・ラディンとは本当に無関係な人たちを収監し拷問してきたはずです。アメリカのやり方はそうした問題点を内包したものだったのですが、本作ではその点がまったく無視されています。この題材を扱いながら、無実の人々の人生を奪った上に厳しい拷問を課していたという負の面をまったく描かないというのは、倫理的にいかがなものかという気はします。
本作は911に始まり、要所要所でテロ事件が挿入されて「テロの脅威はこれほど深刻なのだから、首謀者逮捕に手緩いことはやっていられない」というアメリカ側の言い分で全体がまとめられています。自国民を守るためにはそれほどのことをしなければならないアメリカ側の論理は十分に理解可能ではあるものの、それ以外の視点がほぼ皆無というのはバランスに欠けているような気がします。
キャスリン・ビグローの限界
もちろん、本作はアメリカ万歳映画ではありません。むしろ、捕虜の拷問から始まり、強襲作戦では射殺された旦那の死体に駆け寄った奥さんまでがSEALSによって射殺される様までがはっきりと映し出されているし、米軍はパキスタンの領空侵犯をしていたという国際法上の問題にもきちんと言及しており、アメリカ側の問題点までを浮き彫りにしてやろうという姿勢は感じられました。
それでも上記の通り本作が微妙に感じられたのは、一つの視点に集中して多面的な考察を挿む余地を残さないキャスリン・ビグローの限界なのかなという気がします。考察に深みはあるものの広さはなく、起こったことの良い面も悪い面もすべてアメリカのものであり、それ以外の視点がない。もし拷問される側の事情に少しでも触れていれば作品全体の印象は大きく変わったと思うのですが、ビグローがその方向性を模索しなかったのは残念でした。
意思決定過程が不透明で面白くない
中盤にてマヤはビン・ラディンが潜伏しているアジトを発見しますが、証拠がないと攻撃部隊を動かせないと言われる中で100日以上が経過します。その間に実施した盗聴も盗撮もDNA解析もすべて不発に終わり、CIAはそのアジトにいるのがビン・ラディンであるという客観的根拠を最後まで得られない中で、「100%ビン・ラディンです。間違いありません」というマヤの勘のみを元に強襲作戦実行の意思決定が下されるのですが、ここが全然面白くありませんでした。
いつ雲隠れするか分からないターゲットを前にして、組織から要求される情報をいかに迅速に入手するかという過程にこそドラマやサスペンスが宿ったと思うのですが、最後の最後まで彼女の勘のみで事が進んでしまうために、CIA分析官を主人公にしながら諜報活動部分がつまらないという事態を引き起こしています。
現実の意思決定過程がどうだったのかは知る由もないのですが、組織論的には非常に重要な局面だったのだから、このパートこそ脚色の技術を駆使してうまく見せて欲しいところでした。
ラストの脱力感は素晴らしい
ラスト、ビン・ラディン殺害という任務を達成したマヤは帰国の途につくのですが、大きな輸送機にたった一人乗せられる様は、敵の首はとったがそこには空しさしかなかったという彼女の心象風景を反映しています。そこで彼女は涙を流しますが、多くの仲間を失い、個人の幸福追求を諦めてまで8年も敵を追い続けてきたが、そのことが世界を良くしたわけでもないという脱力感がそこには込められていると思います。
事件からしばらく経過し、歴史的評価も確定した後で製作された作品ならともかく、ほぼリアルタイムで作られた作品でこうした視点を持ち合わせていたことは驚異的だったと言えます。
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