ランダム・ハーツ_ハリソンさん、もっと表情を!【2点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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人間ドラマ

(1999年 アメリカ)
ダッチ・ヴァン・デン・ブロック巡査部長は、飛行機事故で妻を亡くす。ただし、偽名で搭乗していたこと、ダッチにはウソの用事が伝えられていたことから、事故当時の妻は不倫中だったことが発覚する。

3点/10点満点中 本来痛ましいはずのドラマがトンデモ映画になっている

©1999-Columbia Pictures,Inc.

前半部分は面白い

ユニークで人間性の核心を突くような着想が良い

例えば風俗ビルが火事になって死亡者が出たというニュースを見た時に、犠牲者の家族はこの状況をどう受け止めるんだろう、どうやって親戚や友人に亡くなった時の状況を説明するんだろうと気になることがあります。

本作のテーマはまさにそれですね。不慮の死を遂げたパートナーの思いもよらぬ秘密を知った時に、残された者はどう反応するのか。不貞の詳細を確認したくても、裏切りに対する弁明や謝罪を聞きたくても、もう相手はいないのです。ここでの反応は二つに分かれると思います。何があったのかを徹底的に知りたいと思うか、今更気にしても仕方のないことだからと闇に葬るか。

ハリソン・フォード扮するダッチは前者の反応を見せ、生前の奥さんの行動をすべて把握したいと躍起になります。知ってどうしたいというわけでもないのですが、知らずに済ませるという選択肢はありえないという心境なのでしょう。他方、クリスティン・スコット・トーマス扮するケイは後者の反応を見せます。詮索したって残された者も故人も傷口が広がるだけだから、波風立てずに終わりましょうと。

ダッチには出世の機会を逃してでも真実の追及にこだわり続けてきた万年ヒラ警官の正義漢であるという設定が、ケイには年頃の娘がいる上に(10代のケイト・マーラが演じています)、選挙を控えた議員であり、過去の詮索よりも今の立場を守ることの方が重要という設定が置かれていて、両者の反応を社会的な背景の違いにも照らして説明している点が好印象でした。

全体像が把握されるまでの経過がよく考えられている

事件当日の様子は主にダッチの立場で描かれます。ニュース速報で流れるマイアミ便の事故を当初は「ふ~ん、大変だなぁ」という感じでしか眺めていないのですが、「急ぎの仕事ができたのでマイアミへ向かいます」という奥さんからの留守電を聞いて、あれに乗ってるんじゃないのかと不安になります。

しかし職場に確認してもそっち方面には行っていないと言われるし、航空会社に確認しても乗客名簿にあなたの奥さんの名前はないと言われる。不倫カップルは偽装してますからね。しかし、夜になっても奥さんとの音信不通状態が続いたことからあの便に乗っていたことは確実だと考え、乗客名簿にはないが自分が遺族であることを航空会社に認めさせます。

普段と変わらないダッチの日常が壊れていく様や、何をきっかけに物事を認識するのかといった点がよく考えられていて、非常に説得力のある展開のさせ方だったと思います。

事故現場のVFXのレベルの高さ

航空機が海に突っ込み、周りにレスキュー隊の船やヘリが駆け付けている光景が2度出てくるのですが、短い時間ながら、この場面の完成度が凄いことになっています。2016年の『ハドソン川の奇跡』と比較してもまったく遜色のないレベルであり、航空機事故そのものを題材にしたわけでもなく、しかも1999年というVFX技術が成熟しきっていない時期にありながら、ここまで凄い映像を作ってみせたことには驚嘆させられました。

ダッチとケイが関わり合いを持ってからのつまらなさ

ケイを落とそうとするダッチが気持ち悪すぎ

パートナーの足跡を辿るダッチに対して、今更知る必要はないと考えるケイ。マイアミでホテルなどを調べて回っていたダッチをケイは呼び出し、配偶者のスキャンダルが発覚すると困るので嗅ぎ回るのはやめて欲しいと怒りの感情とともに伝えます。しかしダッチはお構いなしに不倫現場の一つであるラテンバーへと向かいます。話通じないんでしょうか。

その後、ダッチは遅い時間なのでホテルに泊まることをケイに勧め、それでもケイが深夜便で帰ることにすると付き合って同じ飛行機に乗り、空港で「もう遅いし地下鉄もないしなぁ」なんて言ってケイの車に乗ろうとし、ケイの車で送ってもらうと自宅に寄ってかないかとしきりに誘い、下心見え見えでまぁ気持ち悪いことになっています。会社の飲み会の後に女子社員を何とかしたくて粘りまくる中年のおっさんを見ているようでした。

それ、奥さんの山小屋だろ

マイアミの夜にはどうにもできなかったにも関わらず、ダッチは再度ケイにアタック。保有する山小屋の住所のメモ書きをケイの分かるところに残し、「俺はここで待ってるよ」とやるわけです。娘とのひと悶着でケイのメンタルが弱っていたタイミングに運よく当たったおかげで、今回はケイの呼び出しに成功します。

でも、万年ヒラ警官のダッチが別荘なんて買えるはずがなく、多分この山小屋は高級アパレル勤務だった奥さんのお金で買ったものなんですよね。奥さんの金で買った別荘で、奥さん以外の女を抱きながら、被害者面をして不倫について語るダッチ。あまりに説得力なさすぎでしょ。

奥さんへの焼きもちは一体どこへ

そもそも、奥さんの不貞に怒りまくっていたダッチが、ケイを何とかしたがるきっかけがよく分からなかったし、そうなるならなるで、ダッチが下心丸出しで誘うのではなく、どうしようもない心の傷を抱えた男女が、なるべくしてそうなったようなうまい見せ方や、憎んだ妻と同じことを自分もしてしまうことへの逡巡というものは描く必要がありました。

ケイ側の心境はもっと分かりません。多感な年齢の娘や自身のキャリアへの配慮から波風は立てたくないという行動原理のあった彼女が、なぜダッチとの火遊びという道を選択したのか。確かに彼女はダッチよりも悩んでおり、関係を持ってしまった後にも「正気検査薬があればいいのに」などと言って、一線を越えてしまった自分の判断への後悔を示しはしていたのですが、指定の山小屋へ行くという結構なハードルを越えたことへの観客に対する弁明にはなっていませんでした。

テーマを詰め切れていない

テーマの具体化に失敗した脚本

本作は、パートナーの死と裏切りを同時に知った時、死を悼む気持ちよりも裏切りに怒る気持ちが勝ってしまうことや、パートナーの不倫を恨みながらも、心に空いた穴を埋めるために結局自分も同じことをしてしまうという、人間のどうしようもなさを描いた作品だったと思います。

このテーマ自体は良かったと思うのですが、問題はテーマを具体的なストーリーに落とし込む作業に失敗したことです。観客からの共感を得る形でドラマを展開できなかったために、妻の死と不倫に悲しんでいたはずの夫がよその奥さんを熱心に誘ったり、誘いを断っていたはずの女性が突然オチたりで、色ボケした人間が被害者面して好きに遊んでいるようにしか見えなくなっています。

表情のないハリソン・フォードがミスキャスト

そして、感情表現を苦手とするハリソン・フォードが致命的に向いていなかったことも、本作の出来を悪くする原因になっています。

必ずしも正しくは生きられない人間のどうしようもなさを描いた映画なのだから、言葉では立派なことを言いつつも、明らかに内面は揺れているような大胆な演技ができる俳優が必要だったのですが、ハリソン・フォードはいつもの困った顔をしているだけなので、ダッチの葛藤が観客に伝わってきません。その結果、彼のどうしようもない行動ばかりが目立ってしまい、共感を得づらいキャラクターとなっています。

山小屋で関係を持った後のダッチがケイに対して「不謹慎ではあるけど、不倫してた配偶者が事故死してくれて、こうして二人が出会えたことが良かったと思わない?」というニュアンスのセリフがあります。これって、ちゃんと表現できていれば凄い発言だったと思うんですよ。亡くなった配偶者に対しては物凄く酷い言葉なんだけど、でももし主人公と同じ立場に置かれれば自分も同じことを感じてしまうかもと観客にも罪悪感を抱かせるレベルの。しかしハリソンさんでは、この言葉の怖さを全然表現できていませんでした。

この役柄は当初、ダスティン・ホフマンにオファーされていたのですが、ホフマンが脚本に魅力を感じなかったため断られ、その後ケビン・コスナーを経てハリソン・フォードがキャスティングされたという経緯があります。ダスティン・ホフマンであればダッチの微妙な心情を表現できていた可能性があっただけに、このミスキャストぶりは非常に残念でした。

まとめ

前半のお膳立ても、テーマの打ち出し方も良かったのに、そのテーマを具体的なドラマで語るという段階にまったく説得力がなく、脚色・演出・演技のすべての要素が失敗した映画だと言わざるを得ません。

また、魅力的な登場人物がいるわけでも、求心力のあるストーリーラインがあるわけでもなく、取り留めのない不倫劇がダラダラと流れるだけの内容で133分という上映時間は長すぎました。

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