(2005年 アメリカ)
これは本当に怖い映画でした。過去の栄光にしがみつき、自分が無能であることを認めない中年男が家族から見放される映画なのですが、 男性が家庭に対して抱える本質的な恐怖心がかなり露にされた内容であり、この映画を見て「自分はこの主人公とは絶対に違う」と言い切れる方は少ないはずです。
あらすじ
かつて人気作家だったバーナードは長年に渡ってスランプが続き、今では教職で生計を立てている。一方、バーナードに触発されて作家業を始めた妻ジョーンは新進作家として成功を収めていた。妻の成功を認めたくないバーナードと、成功を収めてもなお家事や育児を自分がやっている現状に不満を持つジョーンの間には亀裂が入り、二人は離婚を決意する。
感想
落ち目の男の物語
小説家として落ち目で仕方なく教鞭をとっている父親バーナード(ジェフ・ダニエルズ)と、彼に引っ張られる形で文筆業を開始し今や売れっ子になった母親ジョーン(ローラ・リニー)との離婚劇が本作の骨子なのですが、興行的にもっとも成功した『ヤングアダルトニューヨーク』と言い『マイヤーウィッツ家の人々』と言い、ノア・バームバック作品って才能はないがプライドだけは無駄に高い芸術家を主人公にしたものばかり。
また、才能ある後進に完膚なきまでに追い越されるという展開までが共通しています。
本作のモデルはバームバックの両親らしいのですが、父親・バーナードの方にはバームバック自身の姿も投影されているように感じます。
1990年代に3本の映画を監督するもののすべて不発。売れない芸術家の焦りとか、自分は大衆迎合して金を稼いでいる同業者よりも優れているのだという歪んだプライドは、バームバック自身のものとしか思えません。
また、パートナーの方が稼ぎが上という状態にも、本作制作時点で同棲中だったジェニファー・ジェイソン・リーとバームバックの関係性が反映されているようなのですが、男として本当に苦しい状態というものが容赦なく画面上で繰り広げられているので、見ているこちらも辛くなってきました。
誰もが心当たりのあるダメな父親像
バーナードは生活力ゼロで、稼ぎが少ない現在でも家事は奥さんに任せっきり。
たまたま一度だけ子供達にハンバーガーを作ってやった話を延々と引っ張り、「俺だって家事をやってるぞ」と主張します。
しかしその実態はというと、別居後に子供が熱を出してもどうすればいいのか分からず風邪薬を子供本人に買いに行かせたり、熱の出たその子を暇つぶしの卓球に付き合わせたりともうめちゃくちゃだし、しかもこれらを何の疑いもなくやっちゃっているのだから救いようがありません。
そんな状態だから、バーナードは妻から離婚を切り出された理由も理解できていません。
奥さんから愛想を尽かされる要素は従前から多分にあったにも関わらず、離婚を切り出された時、バーナードは寝耳に水という顔をします。奥さんは自分にガマンしているという状態がまったく見えていないどころか、自分は良い亭主だという自己評価すらあった様子なのです。
このように、バーナードは徹底的に愚かで無様に描かれているのですが、世のお父さんで「自分はこの人とは違う」と言い切れる人は少ないはず。
ふと自分も同じ状態にあるのではないかと観客側にも思わせるところが、本作の怖いところでもあります。
家族に見捨てられてもなお気付かない
また、通常の映画であれば、作品のどこかでバーナードが自分の愚かさに気付き、悔い改めるという展開を入れるものですが、本作からはそうしたドラマ性がスッパリと排除されています。
分からず屋は最後まで分からず屋のままなのです。
さらに、終盤ではバーナードが倒れて入院するという一幕があります。通常では家族の再結束のきっかけとなる一件なのですが、本作ではそれとは正反対のことが起こります。
終始バーナードの味方だった長男ウォルト(ジェシー・アイゼンバーグ)までが、病室で無様な姿で寝込んでいるのにいまだ一家の大黒柱気分でいる父親の姿に幻滅し、それまで崇拝していた父親が実は小物だったことに気付いて離れていきます。
家族に見捨てられるという恐怖、また、自分の小ささをわが子に悟られるという恐怖。そうしたものが情け容赦なく描かれているのです。
スティーヴン・キングは本作を年間ベスト作品に挙げた上で「怖い作品である」と評したようなのですが、私も同じ感想を持ちました。一応はコメディに分類されているものの、まったく笑えません。
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