(2023年 カナダ)
世界初のスマートフォンを販売し、一時期は時代の最先端をいっていたものの、iPhoneの登場とともに瞬く間に凋落したブラックベリーの一代記。「時代のあだ花」という言葉がこれほどしっくりくることはない題材を、抜群の脚色で見せたビジネス映画の良作である。
感想
創業期のスタートアップベンチャー
ネットフリックスで鑑賞。
本国カナダで高評価を獲得し、カナダスクリーンアワードでは史上最多の17部門ノミネート、最優秀作品賞を含む14部門を受賞し、後に未公開フッテージを追加した全3話のミニシリーズとしてもリリースされた。
世界初のスマートフォンの製造・販売を行い、ピーク時には世界市場の45%を占めるまでに成長したものの、2007年のiPhone発売により信じられない勢いで凋落したブラックベリー社の物語が描かれる(2024年現在のシェアは0%)。
物語は1996年からはじまる。
大手メーカーで部門長を務めるジム・バルシリー(グレン・ハワートン)の元に、風変わりな青年2人が出資の依頼にやってくる。彼らは携帯電話にインターネット接続やメール送受信機能を取り付けたオールインワンデバイスのプレゼンに来たのだが、その日のバルシリーは重要な得意先との会議を控えており、まったくの上の空だった。
二人を追い返したバルシリーはご執心の会議に出席するのだが、勢い余って出しゃばりすぎたことが上司の逆鱗に触れてしまい、会社を解雇されてしまう。
失意のバルシリーは、そういえば昼間の兄ちゃんたちが何か言ってたなぁということを思い出し、彼らのオフィスへと出向く。
そこはギーク(技術オタク)の吹き溜まりであり、従業員達は無責任に騒いでいるだけで商売っ気ゼロ。会社としての体をなしていなかったが、であるからこそ、経営のプロである自分が入ることで、何とかできるんじゃないかとバルシリーは考えた。
運転資金を入れてやる、大手との契約交渉もまとめてやる、その代わりに株式と共同CEOの立場を寄越せと迫るバルシリーと、背に腹は代えられないと条件を飲む創設者のマイク(ジェイ・バルチェル)とダグ(マット・ジョンソン)。
ここから経営のプロと技術屋の二人三脚が始まる。
実在の人物に合わせて劇中のバルシリーも禿げ頭だが、演じるグレン・ハワートンの普段の画像を見ると、フサフサだったので驚いた。
役になりきるため頭を剃るのは役者魂とも言えるけど、それをやられたリアルのバルシリーは良い気分しなかっただろうなぁ。
バルシリーは得意の交渉術で、アメリカの通信大手ベライゾンへの売り込みの機会を作り、技術屋のマイクはベライゾン幹部をも仰天させる知見とアイデアを披露して、社運を賭けたプレゼンを成功させる。
彼らの完璧なチームワークが描かれる前半部分は、ビジネスの面白みを余すことなく観客に伝える。
私も一時期、スタートアップベンチャーに所属したことがあるが、プレゼンが刺さった瞬間の気持ち良さといったら本当にこの上なかった。それまでの何か月の苦労も一気に吹き飛ぶ爽快感を、本作は観客にも疑似体験させる。
本作はきわめて優れたビジネス映画なのだ。
第二創業期に撒かれた失敗の種
かくして大手ベライゾンとの蜜月関係が始まり、業績を急成長させたブラックベリーだったが、あまりに勢いが良すぎて、携帯端末製造の大手パルム社から敵対的買収を仕掛けられるに至る。
そして究極の買収防衛策とは、自社の企業価値を高め、相手の資金力を上回るレベルにまで株価を釣り上げること。
そこでバルシリーは「端末を売ってこい!」と営業部を焚きつけるのだが、実は問題は需要サイドではなく供給サイドにあった。
この時、ブラックベリーはすでにブランド化に成功しており、端末は寝てても売れる状態にはあったのだが、あまりにもデータ量を喰いすぎるのでキャリアの通信インフラの上限を越えないよう、売り控えをしていたのだ。
そうとなれば技術屋の出番。データ量を消費しすぎない技術の早急な開発が求められた。
この部分もまた、脚色が非常に鮮やか。
どういう問題があり、いつまでにそれを解決しなければならないのかという課題設定が、実に分かりやすくなされているのだ。
社の命運を一身に背負ったマイクは、社内の既存チームでは解決できない問題であることを認め、外部の血を求める。この時の判断が一時的に会社の危機を救ったが、同時に悪魔の契約でもあった。
第二創業期における舵取りの難しさもまた、ビジネスシーンにおける永遠のテーマである。
新たなる成長段階に入るために企業は変わらなければならないが、あまりにやりすぎると本来あった強みを失ってしまう。
ブラックベリーは敵対的買収という眼前の脅威はしのいだものの、長期的に見るとここで大失敗を犯していた。
彼らの強みはエンジニアに伸び伸びと仕事をさせることで生まれるイノベーションにあったのだが、プロの経営者がすべてを管理し、命じられたものを作るだけの組織に変貌させたので、時代に取り残されることとなったのだ。
ここでやってきた雇われ役員を演じるのがマイケル・アイアンサイドという絶妙なキャスティングには笑ってしまった。
80年代から活躍する強面俳優で、まさに管理の権化ともいえるお姿をしている。
マット・ジョンソン監督はマイケル・アイアンサイドの代表作である『トータル・リコール』(1990年)のフッテージを劇中で流そうとしていたのだが、同作の権利関係がやたら複雑だったので断念したらしい。
iPhoneにとどめを刺される
表面的には敵対的買収をしのいで我が世の春を謳歌しているに見えたブラックベリーだったが、イノベーションを失った組織は既存ビジネスに胡坐をかき、凋落の日を待っているだけだった。
そして、その日はいきなりやってきた。
iPhone発売を発表したスティーブ・ジョブズによる伝説のプレゼンである。
市場はiPhoneの話題で持ち切り状態、ブラックベリーの生え抜きエンジニアたちも「あんなものに勝てるわけがない」と焦りを露わにしているのだが、共同CEOのマイクだけは「キーボードのない端末が売れるわけがない」と高をくくっている。
かつて最先端を行っていたマイクの感性は、今や時代から完全に取り残されていたのだ。
そしてもう一人のCEOバルシリーは大好きなホッケーチームの買収にご執心で、本業への関心をすっかり失っていた。
表面上はiPhoneというライバルに負けたということになっているのだが、ブラックベリーは内側から崩壊していたという事実を炙り出す。
そしてこの構図はブラックベリー社固有のものではなく、ビジネスシーンでは頻繁に発生しうるものだ。
かつて世界を席巻した日本製造業は失われた30年という長い長い停滞期に入ったが、そこで起こったのはブラックベリーの数年と似たようなことである。
かつては松下幸之助や本田宗一郎といった創業社長がビジョンを持って行っていた経営が、サラリーマン経営者にとって代わられることで近視眼的となり、目先の業績に追われるあまり、イノベーションの源が社内からどんどん失われていった。
本作で描かれるのはどの企業でも起こりうる普遍的な問題提起として捉えると、より意義深く感じられるのではないだろうか。
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