機動戦士ガンダムSEED DESTINYの何が悪かったのかを考える

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宇宙

(2004年 日本)
種死という俗称の定着からも分かる通り、概ね失敗作と認識されている『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』ですが、宇宙世紀以外で続編が製作されるという破格の好待遇を受けた本作が、放送終了後15年以上も一貫して叩かれ続けている理由を探ってみます。

作品の特徴

21世紀のΖガンダム

90年代、ガンダムシリーズは視聴率的に低迷が続いていたのですが、そんな中で「新世紀のファーストガンダム」を合言葉に製作された『機動戦士ガンダムSEED』(2002-2003年)は見事その期待に応えて視聴率面でもプラモデルの販売面でも大成功をおさめ、ガンダムシリーズにとって中興の祖とも言える作品となりました。

本作『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』(2004-2005年)はその直接的な続編として製作されたのですが、宇宙世紀もの以外で続編が製作されるのは異例のことであり、SEEDシリーズが破格の扱いを受けていたことの証左となっています。

そして『SEED』がファーストガンダムならば、『SEED DESTINY』はZガンダムの立ち位置にあります。

アースノイドvsスペースノイドという前作の単純な構図からより複雑な対立構造に発展させたストーリー、新旧キャラクターが入り乱れる複線化されたドラマ、前作から進化したMSと、企画の方向性は意図的にZをなぞらえたものとなっています。

悪かったところ

主人公シン・アスカの成長譚になっていない

Zの主人公カミーユ・ビダンに相当するのがシン・アスカ。

コーディネーターでありながら地球に逆移民してきたという複雑なアイデンティティを持ち、先の戦争において目の前で家族を失って以降は戦災孤児として育ったことから、守る力を持たねばならないという信条を胸にザフト軍に入隊。

その壮絶な生い立ちゆえに「やられる前にやる」という行動原理が徹底されており、軍人としては非常に使い勝手が良いためにエースパイロットとして重宝されるのですが、あまりに躊躇のないその姿勢は現場での軋轢をもたらします。

初登場時点で問題児というのはガンダムシリーズの伝統であり、特に直接的な先祖に当たるカミーユ・ビダンのクズっぷりは伝説級なので、スタート地点での彼の有りようには問題なかったと思います。

ただしクアトロ・バジーナと行動を共にし、アムロ・レイとの交流も持つ中でカミーユの問題行動が徐々に収まっていったのに対して、シンには成長の形跡が見られないことが、物語全体に筋が通らない原因となっています。

上官であるアスラン・ザラに対しては常に反抗的な態度をとり続け、それは収まるどころかどんどん酷くなっていきます。中盤にてアスランが搭乗機セイバーを失いシンが唯一のエースパイロットとなった辺りから、露骨に上官を見下す態度までを取るようになり、もはや手に負えない存在となります。

そして、敵パイロットながら心を通わせたステラ・ルーシェが搭乗するデストロイガンダムがフリーダムガンダムに討たれ、愛するステラを失った時点より彼の問題行動は加速します。

ステラの敵討ちのためにフリーダムを倒さねばならないという私怨にとり憑かれ、フリーダムに乗るキラ・ヤマトの立場も考慮するアスランに対してはっきりと敵対的な姿勢を取り始めるのです。

このくだりはZにおけるサイコガンダムとフォウ・ムラサメのエピソードに対応していると思われるのですが、その際のカミーユはフォウの死を悼みながらも、攻撃をしたジェリド・メサを恨むようなことはしませんでした。

サイコガンダムという圧倒的な破壊兵器が暴れ回っている以上、これに応戦する側も必死であり、あの場ではああなるしかなかったという大局観をカミーユは持っていたのですが、シンにはそうした分別がないため見る側はストレスを抱えることとなります。

また、終盤ではデュランダル議長の唱えるディスティニープランに疑念を抱きつつも、デュランダルとレイ・ザ・バレルに押し切られる形でメサイヤ攻防戦に出撃するのですが、主人公が煮え切らない態度のまま最終決戦に臨むというドラマも変でした。

あの場面では彼なりの信念のために突き進むべきであり、デュランダルの尖兵に徹した方がまだよかったと思います。

シンを悪の陣営に置くにしても、彼の心情は綺麗に整理してあげるべきだったのですが、彼への扱いが余りに雑なので主人公でありながらドラマがちゃんと落ちていません。

なお、彼は主人公でありながら最終決戦で完全敗北した初のガンダムパイロットという不名誉な地位を手にしたのですが、ここからも作品全体における彼への扱いの悪さが見て取れます。

キラとフリーダムが無敵すぎて軍事色が薄まっている

そして、前作の主人公であるキラ・ヤマトも再登場します。

ただ前半部分では登場場面が少なく、Zにおけるアムロ・レイの客演のような状態にはなっていたのですが、話が進むにつれ制作側もキャラの動かし方を心得ているキラに頼りがちになり、実質的な主役はシンからキラに移行します。

キラはスーパーコーディネーターとして破格の能力を持っており、また彼が搭乗するフリーダムガンダムは当時最高スペックの機体。よってキラ搭乗のフリーダムが戦場で圧倒的パフォーマンスを発揮することに異論はないのですが、強すぎることは気になりました。

フルバーストで複数の敵機をまとめて葬れるし、しかもこのフルバーストを何発でも撃てるという無尽蔵の電源を持ってるし。

軍隊同士が戦っている場面であっても、フリーダム一機現れただけで戦況が一変するレベルなので、もはやスーパーロボットの域に達しています。

宇宙世紀にてアムロの操るRX-78やカミーユの操るZガンダムも圧倒的な強さを誇っていましたが、それらは軍隊の作戦の一部としてしかるべき場所に配置されてこそ切り札として機能していたのであって、単騎で戦況をひっくり返すレベルではありませんでした。

フリーダムほど強い機体が登場してしまうと、ミリタリー色が薄まってしまいます。このことは戦争とはなぜ起こるのかという本作のテーマにもそぐわないのではないかと思います。

また作り手側もフリーダムに頼りすぎで、本来は緻密に両陣営の兵力や作戦を描かねばならないところ、フリーダムが来てばぁ~っと戦況を変えて次の流れを作るという安易な展開を選びがちになっていました。

群像劇としての不備

また複線化されたドラマもまたZガンダムを彷彿とさせるのですが、これまたうまくいっていない部分がいくつかありました。

アスラン・ザラの女性周りが落ち着かない

前作の二番手だったアスランは、本作では主人公シン・アスカのメンター的な立ち位置で再登場します。

初登場時にサングラスをかけている姿からZにおけるクアトロ・バジーナに相当する立ち位置にあることが暗示されており、実際、本編中ではクアトロ大尉並みに重要な役割を担っています

ただし、そんなアスランのドラマも首尾一貫性を欠いているのが悩ましいところなのですが、特に女性絡みのエピソードが安定しないので、彼の思考を視聴者が掴みづらい原因となっています。

初登場時点では前作の延長でカガリとラブラブなのですが、オーブ国内にてカガリの政略結婚の話が進み始めたことから、アスランの立ち位置が怪しくなってきます。

と同時に、前議長パトリック・ザラの子息にして、ザフト軍のトップエリートFAITH(フェイス)の一員ということでアスランは女性達の羨望の的でもあります。

そして一時的にザフトに帰国したアスランに対し、ラクス・クラインの替え玉であるミーア・キャンベルが色目を使い始めます。

どうもザフト内ではラクスとアスランの縁談がなくなったことは公表されていないようで、ラクスの替え玉であるミーアは許嫁であることを口実にアスランに迫ってきます。

当初、アスランはミーアの態度に困惑するのですが(知人に似た別人に迫られれば誰だってそうなりますね)、そのうちミーアに対する愛着みたいなものを示し始めます。

その後、ザフトを離れてミネルバに乗艦したアスランに迫ってくるのが同僚パイロットのルナマリア・ホーク。彼女はかなり分かりやすい形で距離を詰めようとするし、アスランも同僚パイロットとして相応のコミュニケーションをとるので、ちょっといい感じになってきます。

このルナマリアの線で行けば筋も通ったと思うのですが、その後デュランダル議長の方針に対する疑念を決定的にしたアスランの逃亡に付いてきたのが、まさかのルナマリアの妹のメイリン・ホーク。

アスランが「ほとんど話したことがない」と言うほど縁遠かったメイリンが突如浮上するのはサプライズではなく迷走でした。だったらルナマリア関係のエピソードは全部いらなかったということになるし。

そしてメイリンと共に収容されたアークエンジェルには、元カノか今カノか不明な状態のカガリがいるし、クルーのほぼ全員がアスランとカガリの関係を知っているしという中で、アスランはメイリンを思いやる行動を連発。

さすがにリアクションに困ったのか、マリュー艦長もキラも二人の関係には一切言及せず、カガリとのことを知らないネオ・ロアノークだけがメイリンネタに触れるというおかしな感じになります。

そしてアスランはメイリンに対し、これからザフト軍と交戦することとなるアークエンジェルからの下船を促すのですが、メイリンは「私、ついていきます」。最終決戦後にはくっつくしかない流れなのですが、カガリはどうなった?

そんなわけで、火野正平状態のアスランの恋路が一般人のモラルでは理解不可能な形で提示されるので、全体に対するノイズにしかなっていませんでした。アスランはカガリに対して一途であれば良かったと思うのですが。

アークエンジェルの行動が出鱈目

また、キラとラクスが属するアークエンジェルの行動が出鱈目に見えていることもマイナスでした。

キラとラクス、そして先の戦争でアークエンジェルのクルーを務めていた人々はオーブ領内の島で隠居生活を送っていたのですが、何者かの襲撃を受けたためにドックに隠し持っていたアークエンジェルで逃げざるを得なくなります。

そこからアークエンジェルは、ラクスによる指揮の下で連合とザフトの戦闘にたまに割って入り、終わるとまた姿を消すということを繰り返すのですが、アスランやグラディスから「アークエンジェルの動きは混乱をもたらしているだけ」と揶揄されて当然の計画性のなさを示します。

当初の彼らの行動原理は知り合いを助けるというレベルのものであり、アスランが乗艦しているミネルバが危機に陥ればその助けに現れ、また別の場面でカガリが元首を務めるオーブが危ないとなればやはりその助けに現れるのですが、ミネルバ目線で見ると助太刀に現れたり妨害に現れたりで、「何がしたいんだコラ!」と長州力ばりに言いたくなる気持ちも分かります。

旗色のよくわからない戦艦が、フリーダムガンダムという圧倒的な兵力を差し向けて戦況に介入してくるというのは、戦争をやっている側からすると迷惑な話です。

SEEDでもラクスは第三勢力として動いていたのですが、その時には連合でもザフトでもなく戦争を終わらせるために動く第三勢力であるという立ち位置を明確にしていたのに対して、本作ではまだ大局が読めない、デュランダル議長が何を考えているのか分からないと言っている段階から手だけは出すので、本当に邪魔な存在になっています。

またラクスは命を狙われ、その襲撃を交わした直後に替え玉のミーア・キャンベルがラクス・クラインを名乗って戦意高揚に協力し始めるのですが、いの一番に対処せねばならないこの偽物をかなりの長期間にわたって放置し続けるということも謎でした。

ミネルバの戦闘に介入するよりも、まずこっちでしょ。

カガリの雲隠れは無責任

そんなアークエンジェルですが、今まさに政略結婚しようとしているカガリをさらうという、明らかに問題のある行為を行います。

実行したキラは、アスランとカガリの関係を念頭に置いて「君の本当の気持ちじゃない」とカガリに言うのですが、国家元首として悩んだ末、政略結婚をして挙国一致体制を築かねばならないとしたカガリの判断に対してあまりに無頓着すぎます。

ただしカガリもカガリで、この大変な時に国家元首が不在、しかも夫になる予定だったユウナ・ロマ・セイランに為政者としての資質はないことは薄々わかっていただろうに、すぐにはオーブに帰国せずアークエンジェルにとどまり続けるのだから、無責任としか言いようがありません。

で、火事場にて無線で「私はカガリ・ユラ・アスハだ。オーブ軍は言うことを聞け」として突然オーブ軍の指揮命令系統に割って入ろうとするのですが、戦争やってる最中にリーダーの交代はあり得ませんって。

そんな土壇場での無理な要求などせず、早くオーブに帰国して政治の立て直しをすべきだったのに、国家元首としての役割を放棄していたのだから罪深いと思います。

ほとんど意味を為さない前作続投組

その他、前作SEEDからの続投組は何人もいるのですが、意味ありげに登場しながらもあまり本筋に絡むことがなく、ほとんど存在意義を発揮できていませんでした。

かつて「砂漠の虎」と恐れられ、ヤキン・ドゥーエ戦ではラクス陣営の旗艦エターナルの艦長を務めたアンドリュー・バルトフェルドは、本作では専らラクスの運転手をやってるだけだし、満を持してアークエンジェルに復帰したミリアリアに至ってはまともなセリフすら与えられていません。

イザーク&ディアッカも最終決戦ではMSでお手伝いに来るだけで、大勢に影響を与えるほどの活躍を見せません。

あの場面ではイザークがいつもの口調で「ラクス・クラインこそがプラントの盟主である!」と啖呵を切り、ジュール艦隊全体で寝返って当初劣勢だったラクス陣営の実質的な主力を担うくらいの活躍をさせても良かったと思うのですが。

ネオ・ロアノークの設定が無理筋にも程がある

ネオ・ロアノーク大佐は連合の特殊部隊ファントムペインを率いて前線に現れ、その高い指揮能力とパイロットしての卓越した腕前でミネルバを苦しめます。

シャア以来の敵将の象徴であるマスク姿であることからボス感全開なのですが、その特徴的な声色から、ファンにはSEEDのムウ・ラ・フラガであることは初登場の時点からバレバレの状態となっています。

実際、その正体はムウ・ラ・フラガだったのですが、前作でどう見ても死んでいたムウが実は生存しており、意識不明で宇宙空間を漂っているうちにファントムペインに拾われ、新たな人格を植え付けられてネオ・ロアノークになったということになっています。

ただ、この設定があまりに無理筋すぎて冷めるし、前作SEEDでの美しい自己犠牲までが台無しにされてしまうので、ちょっといただけませんでした。

ムウの父はクローンを作っていたという設定があるのだから、生前のムウの能力に着目していたファントムペインが、遺伝子的には彼と同一人物と言えるクローン人間をネオ・ロアノーク大佐として育成したということでも良かったと思います。

また理念vs理念の対立が描かれる本作において、記憶を失い人格を操作されていた人物が敵将という設定も全体のドラマにそぐわないように感じました。

ネオはネオなりにファントムペインの上位機関であるロゴスの思想に共感しており、その目的に一片の真理を見出しているからこそ前線で指揮を執っているという設定であるべきではないでしょうか。

画一的なキャラデザ

あと、キャラデザが良くないことも気になりました。

主要登場人物は全員が似たような顔で、髪の色や髪形で区別をするしかないのですが、その違いも微妙なものなので、最初はシン・アスカとアスラン・ザラの区別すらつかないことがありました。

金髪に至っては5人もいて(グラディス、カガリ、ネオ、レイ、ステラ)、OPでは誰が誰だか分からないという事態が発生しており、単純に見辛かったです。

良かったところ

デュランダルのキャラが興味深い

そんなわけでいろいろ難のある作品だったのですが、作品中最大のキーマンであるデュランダルのキャラクターは実に興味深いものでした。

デュランダルはプラント最高評議会議長であり、戦争を二度とは起こさないという思慮の下で道徳的な判断を下す人物として描かれます。

ユニウスセブン落下テロ後にも、コーディネーターに対して激昂する地球連邦の反応に一定の理解を示したうえで、彼らからの信頼を得るための支援活動を行い、戦争回避に向けて奔走します。

開戦後にも、手段を択ばない連邦に対してデュランダルは戦場における一定の品位を守り続けたので徐々に信頼を拡大し、連邦内でもデュランダルを支持する勢力が現れ始めます。

そうして戦争回避を信条とするデュランダルが至った結論とは、戦争で金儲けをしている軍産複合体を排除することと、争いの元となる人間の負の感情を国家がコントロールし、戦争の原因を根本から絶つというものでした。

前者においては秘密結社ロゴスとその支援者を狩るという方法をとったのですが、これは「悪いのはすべてロゴスで、ロゴスではないあなた達は被害者です」という甘いメッセージと表裏一体のものであったため、戦争に疲弊していた大衆はデュランダルの言葉を全面的に支持し、ロゴス打倒に積極的に協力しました。

この場面では、扇動者としてのデュランダルの能力の高さがよく表れています。

後者においてはディスティニープランなるものを発表。遺伝子レベルで個人の資質を国家が管理し、各人にはもっとも適性の高い人生を歩ませるという内容であり、運命(ディスティニー)に縛り付けることで自由(フリーダム)を奪い、自由がなくなるからこそ争いごともなくなるというものでした。

人が人であるがゆえに争いごとが続くのならば、人としての重要な一部を投げ出さなければ真の平和は訪れないということにもなるため、恒久平和という目的に対してデュランダルの提案は一定の真理を突いています。

そして、非人道的ともとれるディスティニープランをデュランダルは完全な善意で作り上げており、その過程でとった汚い手段も必要悪として割り切っていた様子であることから、理念vs理念という本作のテーマを如実に体現したキャラクターだったと言えます。

ガンダムがかっこいい

ガンダムシリーズは、文字通りガンダムを見ることが大きな楽しみであり、ガンダムがかっこいいと見栄えもかなり変わってきます。その点で、本作はシリーズ屈指の収穫だったと言えます。

SEEDより人気の高かったフリーダムの再登場と、そのアップグレード版であるストライクフリーダムガンダムの異様なかっこよさ。

対するディスティニーガンダムは赤・青・白の正統派のガンダムカラーを引き継ぎながらも程よい悪役面で、羽を広げた時に悪魔に見えるデザインもかっこよく、かといってSEEDのプロヴィデンスほど悪そうでもないという絶妙な塩梅となっています。

そしてオーブ軍のフラッグシップ機アカツキガンダムの百式を上回るピカピカ加減も素晴らしく、また攻撃よりも防御を重視したその装備にはオーブの国是が表れており、その個性の作り方も気に入りました。

本作は総じてガンダムが素晴らしいので、見ていられる作品になっています。

インパルスガンダムの合体ギミックのバンク連発がうざかった件には、この際目をつむるってことで。

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公認会計士の理屈っぽい映画レビュー

コメント

  1. 匿名 より:

    Zガンダムと比較してる時点で単独作品を観るまなざしが欠けていて評論として不備があると思う。
    「○○ならここは~」というのは評論側に技術面に即した評価の軸がないことを証明することになるので止めた方が良い。