リンカーン(2012年)_日本人にはピンとこないかも【6点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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中世・近代

(2012年 アメリカ)
一般的には清廉潔白な理念派のイメージの強いリンカーンが、実は改憲のためには権謀術数も辞さない強い政治家だったことが描かれた作品であり、その意外な人物像には興味を惹かれたのですが、如何せん当時の政情や憲法論がうまくまとめられておらず、理解が非常に大変だったので直感的な面白さにはつながっていないことが残念でした。

作品解説

全米大ヒット作

本作は2012年11月9日に全米公開。『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part2』(2012年)や『007/スカイフォール』(2012年)など圧倒的に強いライバル達に阻まれて全米No.1は一度も取れなかったものの、作品評の高さから10週に渡ってトップ10に留まり続け、全米トータルグロスは1億8220万ドルに上りました。

ただしローカルな題材だったので国際マーケットでは全米ほど伸びず、全世界トータルグロスは2億7529万ドルでした。6500万ドルという大作としては控えめな製作費を考えると、それでも十分な金額だったといえますが。

ダニエル・デイ=ルイスが3度目のアカデミー主演男優賞受賞

本作は第85回アカデミー賞で作品賞を含む最多12部門にノミネートされました(受賞は『アルゴ』)。

うち主演男優賞と美術賞を受賞。ダニエル・デイ=ルイスは『マイ・レフトフット』(1989年)、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)に続く3度目の受賞であり、主演男優賞の歴代最多受賞者となりました。

感想

理念を唱えるだけでは改憲はできない

南北戦争末期を舞台に、リンカーン大統領(ダニエル・デイ=ルイス)が奴隷制廃止を盛り込んだ「アメリカ合衆国憲法修正第13条」を可決するまでのドラマが描かれます。

我々日本人が歴史の授業で学ぶリンカーン大統領とは理念派の政治家であり、奴隷制廃止を掲げて大衆の支持を得ていたということが何となくのイメージです。

奴隷制は悪であり、リンカーンがその廃止の旗振り役となったことで正義が為されたくらいの認識でいたのですが、現実はそれほど単純でもなかったというのが本作で描かれるところです。

まず、北部が出した奴隷解放宣言とは南部を悪者にするための錦の御旗であり、南北戦争遂行のために便利なので掲げていたが、北部人においても本音の部分では黒人奴隷に対して厳しい意見が多く存在していたことが描かれます。

奴隷制廃止を目指した改憲案をリンカーンが提示しても「賛成異議なし!」と言って拍手が沸き起こるようなことはなく、それどころか時の野党である民主党からは「白人と黒人は明確に違う!」という意見すら飛び出してくるような有様でした。

しかしリンカーンは信念としてこの改憲は果たさねばならないと考えており、これを可能にする下院3分の2以上の賛成を取り付けようと奔走します。

ただしこの3分の2という数字のハードルは並大抵のものではなく、時の与党であった共和党全員の支持を取り付けてもなお20票不足しており、リンカーンは配下のロビイストを操って野党・民主党議員を買収しようとします。

民主党は党議拘束をかけて改憲法案に反対するはずであり、リンカーンとしては民主党内に造反議員を作らねばならない。そこで失職後に魅力的な要職を与えることを約束して、民主党議員20名をこちらに寝返らせようとしているわけです。

そこにあるのは改憲のためには権謀術数も辞さないダーティな大統領像であり、政治家が大志を実現するためには綺麗ごとだけでは済まないという政治の真理が描かれています。従前のリンカーン像とは大きく異なるこの姿は大変興味深く感じました。

また、持ち前のリーダーシップや大衆からの支持を駆使して改憲を進めようとするリンカーン大統領に対して野党が「独裁的だ!」と批判する場面があるのですが、これは現在の日本の国会でもよく見かける光景。与野党の関係性とは国や時代を越えても不変であるということが分かります。

憲法論がものすごくわかりづらい

そんなわけでなかなか面白い作品ではあるのですが、劇中に登場する憲法論が日本人にとっては物凄く難しく、しかもセリフで一気に説明されるのでなかなか理解が大変でした。

リンカーンがやりたいのはアメリカ国内における奴隷制の永遠の廃止であり、改憲はそのための方法です。そして奴隷制の永遠の廃止というテーマは改憲でしか成し遂げられないので、リンカーンはその可決に躍起になっているというわけです。

なお、理論上は奴隷制を廃止する方法は改憲以外に2つあるのですが、それぞれが現実的ではないということが劇中で説明されます。

まずは南北戦争開始時に出した奴隷解放宣言の遵守。改憲までしなくても奴隷解放宣言を遵守することで奴隷は自由になれるのではないかという説です。

ただし奴隷解放宣言とはそもそもが北部の道義的な優位性を示すことが目的の便宜的な宣言であったことから法的な効力は担保されておらず、もし裁判所が宣言の無効という判決を出せば、三権分立の国アメリカでは政治家は指をくわえて見ているしかありません。

よって、奴隷解放宣言だけでは奴隷制の永遠の廃止というテーマは実現できないことになります。歴史の授業で奴隷解放宣言は歴史的意義のあるものだと教えられた私としては衝撃だったのですが、あれは後々空文化してもやむなし程度のものだったようです。

次が南部の奴隷の没収。合衆国大統領には交戦国の財産を没収する権利が与えられていることから、南部の農場主から奴隷という財産を没収する形でその自由を確保するやり方です。

ただしこの方法を取ってしまうと南部を外国だと認めてしまうことになるため、合衆国離脱という南部の目的が達成される形となってしまいます。

よって、この形式はアメリカ合衆国大統領としては取りえないものでした。

これらのことより、奴隷制の廃止のためには改憲しかないということになるのですが、こうした理屈が分かりやすい形で整理されていなかったのが、本作のボトルネックでした。

政治状況もわかりづらい

もうひとつわかりづらかったのが当時の政治状況です。

現在のイメージとは正反対に、リンカーンが党首を務める共和党はリベラルであり、野党の民主党は保守でした。よって民主党は奴隷制を廃止しようとするリンカーンに対して反対の姿勢を示します。

加えて共和党内も保守派と急進派に分かれており、保守派のボスであるプレストン・ブレア(ハル・ホルブルック)は奴隷制廃止を政治的な最優先事項とは考えておらず、改憲への支持を求めてくる大統領に対して「まぁまぁリンカーン君、そんなに慌てんでも」みたいな態度を取ります。

逆に急進派のボスであるタデウス・スティーブンス(トミー・リー・ジョーンズ)は法の下の平等に留まっているリンカーンの考え方は手緩く、完全なる人種の平等にまで踏み込まねばならないと主張しています。

程度の問題はともかく奴隷制廃止という方向感では一致していた共和党急進派はさておき、奴隷制廃止に乗ってこない民主党と共和党保守派の最優先事項は一体何だったのかというと、南北戦争の一刻も早い幕引きでした。

もし奴隷制維持を認めることで南部が和平に乗ってくるのであれば、それは交渉材料にしてもいいのではないかという空気すらあります。

そして北部の一般庶民の空気も同様であり、理念的には奴隷制廃止に賛成はしているものの、本当に黒人が隣人になることには抵抗感を示す声も多く、奴隷解放は国民的な願望ではありませんでした

こうした諸々の状況を踏まえると、南北戦争が終わってしまえば改憲のチャンスはなくなる。そのためにリンカーンは焦っているのです。

さらには南部は和平交渉の打診をしてきており、もう降伏する気満々。

そこでリンカーンが取った行動とは、和平交渉の打診をのらりくらりとかわしつつ、議会で改憲法案が可決されるまでは何としてでも戦争を継続させるというものでした。

南部使節団との交渉を行ったグラント将軍(ジャレッド・ハリス)からは「リンカーンさん、南部の奴ら降参する気のようですが、いい加減会って話さないとまずいのでは?」と催促の手紙が来るような状況なのですが、リンカーンは「南部使節団は船に乗せて待たせとけ」と指示。もう滅茶苦茶なのです。

これは戦争終結を望む民意に対する裏切りであり、終結を引き延ばしたことで本来は失われずに済んだはずの人命も失われたのですが、リンカーンは奴隷解放にはそれ以上の大義があると信じて目先の悪事に手を染めたというわけです。

奴隷制廃止を掲げて大統領再選を果たしたのだから、自分の行動は広義での民意を得ているものであるとの解釈でリンカーンはこれを断行します。この辺りの逡巡は興味深く感じたし、歴史的偉業を成し遂げるリーダーとは目先の民意に従ってばかりではないという教訓にもなっています。

しかもこのタイミングで長男のロバート(ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)が「俺も軍隊に入る!」と言い出す始末。リンカーンからすれば政治的な事情で引き延ばしているだけのほぼ終わったような戦争であり、そんな無意味な状況で可愛い我が子を軍隊に入れて死なせるわけにはいかない。

かといっていきり立つ若者を止めることもできず、大統領権限で死ぬ可能性ゼロのヌルい部隊に配属させます。さらに怒る長男。大統領もいろいろ大変なのです。

スピルバーグに政治劇は向いていなかった

この通り、民主党議員の買収や改憲までの戦争継続など、知られざるリンカーンのダーティな面を描いた本作はなかなかに興味深い内容だったのですが、情報をうまく整理できていないので観客に対して驚きを与え損ねていました。

薄い内容をスペクタクルで引き延ばすことを得意としてきたスピルバーグが初めて複雑な政治劇に挑戦したのが本作でしたが、このジャンルでは苦戦したように見受けます。

もしアーロン・ソーキンやトニー・ギルロイが撮っていればこの上なくスリリングになったはずなのにという場面が、情報の整理の下手さ加減のせいでその重要性も伝わらずに何となく流れていく感じが残念でした。

とはいえスピらしさも発揮されていて、冒頭のゲティスバーグの戦いは素晴らしい迫力だったし、全体的な歴史の再現度も高く、嘘臭さのないビジュアルを生み出すことには成功しています。

決して悪い出来ではないが、題材の面白さを引き出し切れているわけでもない。そんな映画でした。

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コメント

  1. […] 平和ボケした日本人の私からしても、戦争に行きたがるガブリエルの心境はよくわからなかったのですが、『リンカーン』(2012年)でも南北戦争に行きたがる息子にリンカーンが手を焼く場面があったので、あの頃の若者というのは血気盛んだったんでしょう。 […]