バリー・リンドン_キューブリック作品中最高の面白さと映像美【8点/10点満点中】

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中世・近代
中世・近代

(1975年 イギリス)
18世紀半ば。農家の生まれのバリー・リンドンは従姉のノラに恋をし、恋敵であるジョン・クイン中尉との決闘を行う。バリーは決闘に勝利したが、警察からの追及から逃れるために村を離れることを余儀なくされた。餞別として母から渡された金を追いはぎに奪われ一文無しになったバリーはイギリス軍に入隊し、七年戦争に参加して大陸へと渡る。

本命『ナポレオン』の副産物

『2001年宇宙の旅』の後、キューブリックはナポレオンの生涯を映画化しようと動き出しましたが、4万人の歩兵と1万騎の騎兵を要望するほどの大規模プロジェクトだった上に、ディノ・デ・ラウレンティスの『ワーテルロー』がコケたことから資金が集まらなくなり、『時計仕掛けのオレンジ』を先に映画化することしました。

その後は、『時計仕掛けのオレンジ』で一緒に仕事をしたアンソニー・バージェスと共にナポレオンの脚本をリライトしたものの、結局企画が進むことはなく制作を断念。そして、『ナポレオン』のために費やした労力と研究成果を有効活用しようとして制作されたのが本作『バリー・リンドン』なのでした。

キューブリック作品なのに分かりやすくて面白い

観客にすべての情報を与えなかったり、解釈を要求したりする場合の多いキューブリック作品としては例外的に、本作は極めて分かりやすく作られています。画面に映っているもののみで理解可能であるし、全編に渡るナレーションはちゃんと主題について説明しており、キューブリックによる意地悪がほとんどないストレートな作風となっているのです。

また、ビッグになりたいという漠然とした大意を抱き、一芸に秀でているのではなく忍耐で乗り切るタイプの主人公が、時代劇ながら等身大の若者像に近いことも、本作の親しみやすさに繋がっています。この主人公が成り上がり、そして没落する様はピカレスク・ロマンの定型に当てはめて作られているおかげで真っ当に面白く、「キューブリック作品なのに面白い!」と妙なところで感心しながら見てしまいました。

観客の感情移入をうまく利用した第一部

第一部ではバリーが成り上がっていく過程が描かれるのですが、ここでバリーがやったことって、実はロクなことがないんですよね。

思わせぶりな素振りこそあったものの正式に付き合っていたわけでもない従妹の恋路を邪魔し、一人相撲をとり続けた挙句に「もうこうなったら決闘だ!」と勝手に盛り上がって親戚に迷惑をかけまくったことに始まり、追いはぎに遭って文無しになったものの、かっこ悪くて家にも帰れず英国軍に入隊。その軍隊でも厳しい毎日に耐えられずに逃亡するが、捕まってプロイセン軍の犬にされてしまいます。しかしプロイセンへの忠誠を尽くすわけでもなく同郷出身の詐欺師に内情をすべて話してしまい、二重スパイをこなした後にプロイセンから脱出。その後しばらくは詐欺師と組んでヨーロッパ各国でイカサマをして回り、最終的に英国の名家に寄生します。

まぁ人に迷惑をかけまくる最悪な人生なのですが、前述した通りバリーが等身大の若者像であったことや、そのバリー自身が悪意なくこうした悪事を働くことから、観客の側の感覚も麻痺してきて、目の前の悪事を悪事と感じてこなくなります。それどころか、不遇から脱出しようとする若者を応援すらしたくなるのです。

特に、このパートのクライマックスに当たるリンドン家乗っ取りのくだりはよくできています。若く美しいレディ・リンドンと、車椅子の爺様チャールズ・リンドン卿の夫婦は明らかに異様。そこに年相応のバリーがやってきてレディ・リンドンとの仲を育む様は、エロオヤジから若きレディを救うという爽快感すらありました。

感情移入がすべてひっくり返される第二部

レディ・リンドンと結婚したバリーは不貞を働くようになり、また心情的に相いれなかった継子を虐待し、自己の名誉のために家の財産を食い潰します。さらにはバリーの母親までがリンドン家に上がり込み、古くから家に仕える者達を蔑ろにして好き放題に振る舞い始める始末。リンドン家にとってこの親子はまさに疫病神と言えるのですが、さて、バリー自身に第一部と何か変わったところがあるだろうかと考えると、彼の人格は常に一定であり、私たちが拍手喝采した前半の時点から、彼は他人を不幸にする疫病神だったことに気付かされます。この多層構造の物語は実によくできているなと感心させられました。

圧倒的な映像美とキューブリックの天才性

少ない光源でも撮影できるよう、NASAが月に持って行くために開発したレンズを使用したという逸話が示す通り、本作におけるキューブリックのビジュアルへのこだわりは只事ではないレベルにまで達しており、すべての場面が絵画のように美しくまとまっています。それは、映像美に浸っているだけでも3時間を過ごせそうなほどであり、ストーリー面での充実以上にビジュアル面での充実は圧倒的なレベルに達しています。

特筆すべきは、本作が『時計仕掛けのオレンジ』の直後に撮られているということであり、あの現代アート的な絵作りと本作の写実的な絵作りのどちらもこなせるという辺りに、キューブリックの天才性があると思います。例えば、リドリー・スコットにティム・バートンみたいな絵作りをしろと言っても無理だろうし、その逆もまた同じだと思うのですが、キューブリックにはそれが出来ていたのです。

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