ストーカー(2002年)_良い話だが後半失速する【6点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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サイコパス

(2002年 アメリカ)
サスペンスとしてはパンチが足らない作品なのですが、孤独な中年男が詰んでいくドラマとしてはなかなか見ごたえがあり、主演のロビン・ウィリアムズの演技にも説得力があって、決してダメな映画ではありません。

あらすじ

サイ(ロビン・ウィリアムズ)は大型スーパーの写真現像ショップで働く中年男であり、家族もなく孤独な生活を送っている。常連客ニーナ(コニー・ニールセン)の家族写真を無断で焼き増しし、彼らの成長を見守ることがサイの密かな楽しみだった。

スタッフ・キャスト

監督・脚本はMTV出身のマーク・ロマネク

1959年シカゴ出身。主にMTV界で活躍しており、マイケル・ジャクソン、マドンナ、デヴィッド・ボウイら錚々たるアーティストのMTVを監督しています。またCMの監督もしており、こちらもまたアメックス、ナイキ、iPhoneなど実績には一流ブランドが名を連ねています。

映画監督としては『天国からの中継』(1985年)以来、本作が2作目であり、後にカズオ・イシグロ原作の『わたしを離さないで』(2010年)の監督も務めています。

主演はアカデミー賞俳優ロビン・ウィリアムズ

1951年シカゴ出身。名門ジュリアード音楽院で演技を学んだのですが、世に出たのはスタンダップ・コメディアンとしてでした。

「容姿が似ているから」という理由でロバート・アルトマン監督の『ポパイ』(1980年)の主演に抜擢され、これが俳優デビュー作となりました。

その後はコメディ俳優として大人気となりましたが、90年代以降はシリアスな役柄でも評価を獲得するようになり、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1998年)でアカデミー助演男優賞を受賞しました。

2014年に自宅にて自殺したのですが、そんな心理状態を反映するかのように21世紀以降には影のある役柄を多く演じるようになっており、孤独な中年男を演じた本作『ストーカー』(2002年)、猟奇殺人犯役を演じた『インソムニア』(2002年)などがその代表例となっています。

感想

的外れな邦題で損をしている

本作の原題は「One Hour Photo」

短時間で現像できるお手軽写真みたい意味でしょうか。タイトルに「短時間」や「手軽」といったニュアンスが入っている分、逆説的にお手軽には済まされない深刻なドラマの存在を予感させる、なかなか良いタイトルだと思います。

しかし邦題は「ストーカー」

バリバリのサイコサスペンスを連想させる含みも何もない直球勝負のタイトルです。しかもこの映画、サスペンス要素は希薄だし。

異なるジャンルを期待させる邦題のせいで、本作はかなり損をしているように感じます。

孤独な中年男のドラマ

では本作で何が描かれているのかというと、生き方に不器用で孤独な中年男のドラマです。

主人公サイ(ロビン・ウィリアムズ)は写真の現像係。デジカメとデジタルプリントの台頭によって現在ではほぼ絶滅した職種ですが、この頃はまだフィルム撮りしたプリントを現像するという職業があったのです。

ただしサイが働いているのは郊外の大型スーパーの一部門であり、写真屋のオーナーというわけでもありません。

サイはもう20年もこの場所で現像係として働いており、時にケンカしてでもプリントのクォリティを維持しようとする職人気質の持ち主なのですが、周囲からは「素人目に分からないレベルの品質なんて求められていない」などと冷たいことを言われています。

実際、周囲の言う通りなのでしょう。買い物ついでに現像に出せて素早く受け取れるということがこの写真屋のすべてであり、誰もクォリティなんて気にしていません。

そんな感じで真面目に仕事をこなし、客のため少しでも良い写真の納品をと努めていても、ほとんどの人からは見向きもされない男。それがサイなのです。

生きるための糧を得る方法として仕方なく労働をしているのならまだしも、サイは今の仕事に精魂を込めており、給料以上の働き甲斐を見出そうとしている分、その努力や誠実さが日の目を見ないことが切なくなってきます。

しかもサイはややキモイ。初登場場面でコニー・ニールセン扮する常連客ニーナに話しかける時の距離感が絶妙におかしくて、薄ら笑いを浮かべながら妙に立ち入ったことまで聞いてくるおっさんの姿はやばかったです。

たまたまニーナは受け入れてくれているだけで、ほとんどの客は引くだろという絶妙なキモさ加減であり、本人に悪気はないのだが周囲を遠ざけてしまう悲しき中年男の姿がそこにありました。

名優ロビン・ウィリアムズの手腕が炸裂しています。

狂気に走った理由が泣かせる

そんなサイのひそかな楽しみは、こっそりと焼き増ししたニーナ一家の写真を眺めること。

ニーナ一家は裕福な美男美女夫婦で、一人息子もイケメンという表面的には理想的な家族であり、彼らの写真を眺めることでサイは自分の人生で得たくても得られなかったものを疑似体験し、なりたくてもなれなかった自分の姿を見ているのでしょう。

実はニーナ一家にもいろいろと悩みはあるのですが、楽しいイベントのみが切り取られている写真からは最高の人生しか伺い知れない。この辺りは10年後のSNS社会を先取りしているような感覚があって、現在の目で見てこそ楽しめる部分となっています。

ある時、例によってニーナ一家の写真を眺めていたサイに対してウェイトレスが「誰の写真なの?」と尋ねてきて、咄嗟に「甥っ子の写真だ」と答えたことから、サイの中での一線が壊れます。

それまで守り続けてきた傍観者という立ち位置が揺らぎ、何となく自分もニーナ一家と共に時間を共有しているという錯覚を抱き始めたのです。

ただしサイは完全なサイコパスではないため現実との境界線を完全に見失ったというわけでもなく、ニーナ一家に対して抱いてきた愛着が咄嗟の一言をきっかけに溢れ出し、半ば自覚的に凶行へと走り始めることとなります。

この辺りの感情の推移にもやるせないものを感じました。悪いのはサイなのだが、同情すべき背景もあるので一概に切って捨てることもできないという。

主人公の背景の説明は蛇足 ※ネタバレあり

ここからサイの凶行が始まるのですが、前半におけるギリギリの平穏の中でのやりとりのスリルと比較すると、このパートはややパンチに欠けました。明確な罪を犯す場面においても妙に転換がゆっくりしていて緊張感に欠けたし、警察との追っかけっこもスピード感に欠けました。

クライマックスにおいてはサイが実父からの性的虐待を受けていたことが判明するのですが、サイの凶行に理由をつけてしまったことも蛇足に感じました。

サイは特別な何かではなく、一つ間違えれば誰でもそうなりかねない平凡な存在として描くべきだったのです。

日本カルチャーの嵐

ちょっと気になったのは、サイの周辺に日本カルチャーのアイテムがやたら多いということでした。

サイの愛車はトヨタ製だし、ニーナの息子ジェイクがガンプラを持っている場面があります。これははっきりと視認出来るのですが、マスターグレード ジョニー・ライデン専用ザクⅡでした。ハイグレードではなくマスターグレードという辺りが、ニーナ一家が裕福であるという表現になっているのでしょうか。違いますか。

そして劇中のキーアイテムとして扱われているのがエヴァンゲリオン量産機のフィギュアであり、これは要所要所に登場します。

まずジェイクがエヴァ量産機のフィギュアを欲しがり、サイがジェイクにこれをプレゼントしようとするが断られる。これがサイの孤独感を高める劇中イベントの一つとなっています。

そしてサイが凶行を決意する場面でもこのフィギュアが映り、実力を以てしてでも彼なりの正義を為すことを象徴するアイテムとして扱われます。

なぜこんなにエヴァ量産機が映るのかというと、ロビン・ウィリアムズがエヴァの大ファンだったためとのことです。なかなか分かる男じゃないですか、ロビン。

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