[2018年Netflixオリジナル作品]
4点/10点満点中
■2011年7月22日に起きた実話がベース
2011年7月22日にノルウェーのオスロ政府庁舎爆破事件とウトヤ島銃乱射事件が連続して発生し、政府庁舎爆破事件により8人、銃乱射事件により69人、両事件で77人が死亡した事件の映画化です。2011年と言えば東日本大震災のあった年であるため日本人の記憶にはさほど残っていないのですが、単独犯による殺人数としては世界記録となったほどの凄惨な事件であり、ノルウェーでは第二次世界大戦以降の最悪の惨事であるとされています。
監督は『ブラディ・サンデー』『ユナイテッド93』『キャプテン・フィリップス』と実録ものに強いポール・グリーングラスなのですが、彼が『ユナイテッド93』を制作した時と同様に映画化の反対運動が起こったようです。
■極右に利用されたリベラリズム
この事件の興味深い点は、犯人が移民排斥を訴える極右思想の持ち主だったにも関わらず、逮捕後の彼はノルウェーが国是とするリベラリズムに依拠した制度を利用し倒したという点にあります。
まず彼は自身の弁護のためにそもそもの持論とは相容れないはずの人権派弁護士を指名しますが、この弁護士は「何人にも弁護される権利はある」という大原則を重視して、犯人の弁護を引き受けました。
次に犯人は法廷での政治宣伝を企てました。ノルウェーでは国民の知る権利のために裁判の審理は原則としてすべて公開とされており、犯人はこの制度を利用しようとしていたのです。結局、裁判を政治利用させるわけにはいかないということで審理は非公開とされたのですが、国民の知る権利に対して権力が制限を加える前例を作ったという点において、リベラル派にとっての汚点ともなる判断でした。
また、人権意識の高い北欧では死刑も無期刑も廃止されており、犯人は最大でも21年の収監で刑務所を出てしまうことから、77人もの命を奪った人間に対する罰としては軽すぎるのではないかという議論も起こりました。
■映像的には素晴らしいが…
政府庁舎爆破場面は本物かと見紛うほどの完成度だったし、銃撃場面には緊張感もあってポール・グリーングラスは技術的には素晴らしい仕事をしているのですが、そこに情感が伴っていないという点が気になりました。『ブラディ・サンデー』『ユナイテッド93』といった過去作品ではまず事件前の様子を描き、観客に感情移入をさせて「この人達に悪いことが起こって欲しくない」と思わせたところで悲劇を起こすという建付けをとっていたこととは対照的に、本作では序盤に悲劇を持ってくるという構成が、そこに感情が乗らない原因になっているようです。
■焦点の定まらないドラマ
犯人・犯人の弁護士・被害者少年が本作の主人公となるのですが、ノルウェーで起こった映画化反対運動に制作陣が怯んだのか映画全体にこれといった主張がなく、最終的には世論からの反発を受けづらい「暴力に屈することなく立ち上がった被害者」にドラマを収斂させたことから、ありがちなところに落ち着いたなぁという印象を受けました。
前述した通り、極右にリベラリズムが利用されたという点にこの事件の特異性はあり、それを描きたいからこそ弁護士を主人公の一人としたのかなとも思うのですが、完成した作品からはそうした思想的な考察がすっぱりと排除されており、あの弁護士は一体何のために存在しているんだろうという状態になっています。こんなことならば、被害者少年とその家族のドラマのみをやればよかったのではないかと思います。
22 July
監督:ポール・グリーングラス
脚本:ポール・グリーングラス
製作:スコット・ルーディン、イーライ・ブッシュ、グレゴリー・グッドマン、ポール・グリーングラス
製作総指揮:クリス・カレーラス
出演者:アンデルシュ・ダニエルセン・リー、ヨン・オイガーデン
音楽:スーネ・マーチン
撮影:Pål Ulvik Rokseth
編集:ウィリアム・ゴールデンバーグ
製作会社:スコット・ルーディン・プロダクションズ
配給:Netflix
公開:2018年10月10日
製作国:アメリカ合衆国
コメント