[2016年アメリカ,ドイツ,メキシコ]
5点/10点満点中
■山あり谷ありのサラリーマン人生
砂漠は人生をかけてきた職も家族も失った主人公・アランの心象風景を示しており、またその砂漠に建造された入居者のいない空っぽの街や、ホログラムという商材に至るまで、実態のないものが本編中には繰り返し登場します。
アランは大手自転車メーカーの取締役を務めていたのだから現役時代には相当優秀だったはずなのですが、良い時代が過ぎ去ると業績悪化の責任をとらされて解雇。転職先では年下の部長からガミガミとうるさいことを言われるという報われないサラリーマン人生を送っています。サラリーマン人生とは山あり谷ありで理不尽に巻き込まれることは誰だってあります。本作は世のおじさん達の共感を呼ぶ内容であり、かく言う私も他人事とは思えませんでした。
■腐らず、かといって頑張り過ぎず
このような人生のドン底においても、アランは腐って職務放棄するようなことはなく不毛な日課は淡々とこなし続けますが、かといって真剣にやりすぎることもないというサジ加減で何とか日々を凌いでいます。物事がうまく回っていない時にはたいていの努力は裏目に出るもので、試合放棄にはならない範囲内で適度に力を抜いて潮目の変化を待つことが得策となることが多いのですが、アランもまさにそうして耐えているわけです。結局、ホログラムの受注という本来の目標は未達に終わったものの、深刻になり過ぎずオープンな姿勢を維持したことから、新しい人生の道が開けました。
この辺りにも人生の真理を突いているような的確さがあって、多くの人が共感できるのではないでしょうか。観客に対して人生訓を与える作品として、本作はなかなか優れているのです。もし仕事や人生がうまくいっていない時に本作に出会えば、一生ものの映画になれるような深みすら感じました。
■ただし、ドラマ性は低い
恐らくは意図的にやっているのでしょうが、本作は観客の感情面に訴える演出をほとんど施していないために、それほど面白くありませんでした。地元運転手との交流と女医さんとの恋愛がドラマの二本柱ではあるものの、これらがうまく絡み合うことなく終わってしまうし、物語全体を貫くドラマとサブプロットの関連性も薄く、女医さんとの恋愛にも唐突感があって、何を感じ取ればいいのかを掴みかねたまま本編が終わってしまったという印象でした。
■アメリカ製造業の苦境
本作はサラリーマンの人生を描いた作品であると同時に、アメリカ製造業の苦境も裏テーマであるような気がしました。アランが前職で行き詰った理由は安価な労働力を武器にした中国メーカーの台頭だったし、今の仕事でも「アメリカ人と同じものを半額で作れる」という中国メーカーの介入によって失注してしまいます。
また、この商材を売ろうとしている先がサウジの石油王なのですが、サウジアラビアなんて絶対君主制で人権意識も低く、たまたま地面に石油が埋まっていたから一部の権力者が裕福にしているだけという国です。自由と民主主義を重んじ、出自ではなく個人の努力によって道を切り開くアメリカン・ドリームを国是とするアメリカとはほぼ価値観を共有していない国なのですが、そうしたまったく尊敬できないサウジの石油王にも媚びへつらうしかないというアメリカ経済界の歯痒さもそこには描かれています。結局、金を持ってる奴が一番偉く、金払ってもらってなんぼの営利企業は主義主張なんて言ってはおれず、金持ちに媚びるしかないという悲しい現実が容赦なく描かれているのです。
A Hologram for the King
監督:トム・ティクヴァ
脚本:トム・ティクヴァ
原作:デイヴ・エガーズ『王様のためのホログラム』
製作:ウーヴェ・ショット,シュテファン・アルント,アルカディー・ゴルボヴィッチ,ティム・オヘア,ゲイリー・ゴーツマン
製作総指揮:スティーヴン・シェアシアン,ガストン・パヴロヴィッチ,クローディア・ブリュームフーバー,アイリーン・ゴール,ゲロ・バウクネット,ジム・セイベル,ビル・ジョンソン,シャーヴィン・ピシュヴァー
出演者:トム・ハンクス,アレクサンダー・ブラック,サリタ・チョウドリー,シセ・バベット・クヌッセン,ベン・ウィショー,トム・スケリット
音楽:ジョニー・クリメック,トム・ティクヴァ
撮影:フランク・グリーベ
編集:アレクサンダー・バーナー
製作会社:Playtone,Primeridian Entertainment,X-Filme Creative Pool,Fábrica de Cine
配給:ライオンズゲート/ロードサイド・アトラクションズ/サバン・フィルムズ(米),ポニーキャニオン(日)
公開:2016年4月22日(米),2017年2月10日(日)
上映時間:97分
製作国:アメリカ合衆国,ドイツ,メキシコ
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