【考察】有名人の不倫報道はなぜ大炎上するのか

スポンサーリンク
スポンサーリンク

日経電車版から消えたあの人

私が通勤で利用するのは都内でもトップクラスの混雑路線なのでスマホすら見ることができず、扉上のモニターに表示される「日経電車版」をぼんやりと眺めるのですが、正月休み明けにそこに映っていたのは、いつもの人ではありませんでした。

日経電車版は2017年1月からテレ東の鷲見玲奈アナが出演しており、すっかり馴染みの顔でした。しかし2019年末の不倫騒動が原因で(テレ東は理由を明言していませんが)鷲見アナは降板し、『モヤモヤさまぁ~ず2』で人気を博している田中瞳アナに交代しました。

私は特別鷲見アナのファンというわけでもないし、後任者に文句があるわけでもないのですが、3年近くもサービスの顔だった人が突然いなくなるということには大変な違和感を覚えました。言い方はアレですが、不倫程度のことで看板アナが切られるのかと。

今や有名人の不倫はドラッグや暴力沙汰並みの重大事のように扱われる風潮があり、発覚すればテレビに出られなくなる程の破壊力があります。でも、そこまでのペナルティを受けるほどの悪いことなんですかね。ちょっと考察してみます。

そもそも、なぜ不倫はいけないのか

「不倫はご法度」は世界共通の価値観

モーセの十戒では「隣人の妻を欲してはならない」とあるし、イスラム教では姦通に対して石打ちの刑があります。キリスト教では婚姻を神の前で誓うので、不倫は神に背く行為として考えられます。

仏教は性に対して厳格ではないかわりに、仏教圏の国々では法律上で姦通罪が定められることがよくあります。韓国では2015年まで、台湾では2017年まで姦通罪がありました。中国では離婚率の高まりと共に厳罰化が進んでいます。

これらの具体的事例から考えるに、「不倫はご法度」は世界共通の価値観だと言えます。

社会を安定的に運営するために、不倫はない方がいい

じゃあ、なぜ世界中で不倫がご法度とされているのか。それは、不倫があると社会が不安定になるからです。

人間には嫉妬心があります。もし自分の結婚相手が誰かと不倫関係にあれば良い気はせず、離婚の可能性が高まります。そして個人が振り向けるべき労力・コストが離婚という非生産的な行為で費やされることは、社会的損失であると言えます。

加えて、より原始的な社会では争いごとの元になるというリスクもあります。夫・妻を寝取られたことに怒った配偶者が不倫相手に復讐するようなことが横行すれば、治安は悪化します。

そして男性側のリスクとして、妻が産んだ子が本当に我が子かどうかの確証がないというものがあります。不倫が横行する社会ではこのリスクが特に深刻なものとなり、男は子育てに真剣に取り組まなくなる恐れがあります。次世代の育成に力を入れなくなれば、その社会は衰退します。

このように、社会を円滑に運営するうえで不倫には何一つ良いことがありません。そこで宗教的・制度的にこれを禁止することが、人類の生み出した知恵の一つなのです。

不倫はどれほど悪いことなのか

家族以外に迷惑は掛からない

上記であげたデメリットは社会全体の風潮に対する不倫の悪影響であって、視点をミクロに移し個人の罪としてどれほど重いのかと考えると、事情はまた変わってきます。

例えばお隣の旦那さんが誰かと不倫をしていたとしても、自分の家にまで迷惑がかかることはありませんよね。ミクロな視点で言えば、不倫ってその程度の罪なのです。不倫をしてしまった人には家族に対する責任が発生するが、当事者が納得できれば良いだけの話です。

ゲス不倫でお馴染みの川谷絵音が、騒動の最中に自身のライブで「ネットとかでみんな『謝れ』って言うけど、世間のだれに謝ればいいの? 内輪での話だからみんな関係ないじゃん」と発言し、叩かれました。反省がないとか図太いとかいろんな言われようをしましたが、あらためて見るとこの発言は真理を突いています。

不倫は当事者同士の問題なのに、部外者の一体誰に対して、一体何を謝ればいいのか。当事者間の責任論以上の何を求められているのかが分からない、具体的にどうしろと言われているのかが分からないという川谷氏の当惑はその通りだと思います。

社会から罰せられるほどの罪ではない

こうして考えると、不倫は社会が罰するような罪でもありません。中国を除く東アジアの国々では姦通罪の廃止に向かっているのも、迷惑をかけた者が民事的なペナルティを負えば良いものであって、社会的なペナルティまでは不要との判断からです。

例えば友人から不倫の告白をされたとして、その人の人格を疑ったり、友達付き合いを控えようなんてことは考えませんよね。むしろ武勇伝っぽくなることも多いように思います。これが傷害や窃盗などの告白であれば人格評価そのものが一変しかねないところですが、不倫はそこまで深刻には受け止められません。道義的問題にしても、不倫ってその程度なのです。

有名人の不倫を叩きたくなる心理とは

しかし有名人の不倫に限っては、犯罪並みの叩かれ方をします。これは一体どういう心理から来ているのでしょうか。

清廉なイメージとのギャップ

不倫の大炎上から立ち直れていない人達に共通するのは、従前は清廉なイメージを持っていたことです。矢口真里はアイドルという清廉性の塊のような仕事をしていたし、ベッキーは良い子、乙武洋匡は障害に負けず頑張る人というパブリックイメージを持っていました。そして本件のテレビ東京鷲見アナや竹林不倫のフジテレビ秋元アナは、才色兼備の女子アナウンサーです。

いずれの人たちも不貞というイメージからは遠かった分、私生活の一部が明らかになるとそのギャップで一般大衆の印象に強く残ったのではないでしょうか。ヤクザが人を殺してもみんな驚かないが、真面目で良い人と評判だった人が殺人事件を起こせば社会に動揺が走るような。

実際、不倫スキャンダルがあっても立ち直っている有名人もいます。モデルのアレクサンダーやダウンタウンの浜田雅功は仕事を減らしていないし、椎名林檎は度重なる不倫騒動を起こしているのにみんな覚えてもいませんよね。もともと何かありそうな人達なので、騒動が起こっても「やっぱりな」としか思われなかったのです。

僻みの噴出先になっている

キラキラとした世界で生きる美男美女は憧れの的です。本件の女子アナウンサーを例にとっても、有名大学を出て、タレント並みのルックスがあって、狭き門のアナウンサー採用をパスして、恐らくは普通のサラリーマンとは比較にならない給料を20代にして得ている。

私も大した人間ではないので、何もかもを持ち合わせているアナウンサーを見ると「それに引きかえ、俺ときたら…」と自分をみっともなく感じることがあります。輝ける世界の存在とは、そこに到達できない者の自己否定に繋がることがあります。そして憧れとは、その領域に達することのできない一般大衆の僻みと表裏一体なのです。

それはアナウンサーだけに限りません。アーティストだってタレントだって、見た目の良さ、頭の回転の速さ、人々を魅了する卓越したセンスなど恵まれた要素をいくつも持ちあわせており、こうした人たちは常に憧れと僻みの両方を抱かれています。

そして「この人を叩いてもいいですよ」というもっともらしい口実を得た瞬間に、一般大衆の中で蓄積されてきた僻みが一気に噴出するのだろうと思います。不倫自体がダメだということを通り越して、こいつを引きずり降ろしてやるというところにまで大衆心理が行ってしまうのです。

草食化により性を崇高に捉える人が増えた

大学に入るまで彼女のいなかった私だって大きな顔はできませんが、そんな私ですら、最近の若い人たちは本当に恋愛にしていないんだなと思うことがよくあります。私が若かった15年ほど前の風潮では、実際には「彼女いない歴=年齢」でもそんなことなんて口が裂けても言えず、一人ぐらいは付き合った経験があることにしていました。しかし、今や20代後半でも「今まで一度も彼女いたことありません」とか普通に言ってきますからね。あまりの潔さに感銘を受けたほどです。

そして彼氏・彼女がいない人たちにとっては、一人でも相手がいる人はよほどの幸せ者なのかもしれないし、そんな幸せな人達がさらに二人目三人目に手を出すなんてことは、マリー・アントワネット級の贅沢に感じられるのかもしれません。

現実には、恋愛や夫婦関係なんて美しいものでもありません。実際にするかしないか、できるかできないかはともかく、相手に対して不満を抱えて浮気でもしてやろうかという感覚に陥ることは普通にあります。

しかし恋愛経験が少ないと幻想も大きくなってしまい、その関係性をぶち壊す浮気や不倫を重大に受け止めすぎてしまうのではないでしょうか。

マスコミが大きく取り上げすぎている

アジェンダ設定とは

あるテーマの重要性が報道での言及量・頻度により決定づけられること、ひいては、大衆や政治家の注目する議題(アジェンダ)を設定する影響力がマスメディアにあるという説を指す。

Wikipedia

要するに、マスコミが大きく取り上げれば一般大衆が関心を持つということです。出版社もテレビ局も斜陽なので取材に割けるリソースも少なくなり、同じネタをすべての媒体でしつこく追いかけることが常態化しています。そして、大衆が食いつきやすく取材も難しくない不倫ネタは彼らにとってコストパフォーマンスの高い題材なので、大きく取り上げすぎているのではないかと思います。

他方で、大手芸能事務所に所属する某アイドルグループのメンバーは、某有名女優と不倫の末の略奪愛で結婚しましたが、芸能事務所への忖度やら何やらでマスコミがまったく取り上げなかった結果、二人のイメージは保たれたままとなっています。この現象から見ても、同じ不倫でもマスコミに取り上げられたか取り上げられなかったかで、一般大衆の反応はまったく異なることが分かります。

不倫を口実に有名人から仕事を取り上げることはやめませんか

僻みをぶつける先を探している一般大衆の心理と、コスパの高い不倫報道に頼ってしまうマスコミの相互作用で有名人の不倫スキャンダルは大きくなりがちです。

スキャンダルを起こした有名人を個人的に嫌いになり、その人の出演作は見ない、買わないまでは自由ですが、活動できないところにまで追い込み、それが社会的なけじめのつけ方だという制裁の与え方は常軌を逸しています。いくら不貞を働いた当事者とはいえ、この仕打ちは気の毒です。

また、人民裁判のような光景は品位を欠き、社会全体の息苦しさが見てとれます。そろそろこうした風潮は終わりにして欲しいところです。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
記事が役立ったらクリック
雑談
スポンサーリンク
言わんドラゴをフォローする
公認会計士の理屈っぽい映画レビュー

コメント