4点/10点満点中
イギリスでの公開時には酷評の嵐の上に興行成績も惨憺たるもので、世界的には失敗作と認識されている作品なのですが、確かにひどいものでした。「ひどい」という前提で見れば、まぁそれなりに見どころはあるかなという感じです。
■史実を謳うには大雑把すぎる
チリ・クーデター時の緊迫した空気や、一人の教祖様に支配されるコロニア・ディグニダの異様さなど全体的な雰囲気作りは良く、イベントの盛り込み方も適切であるため、終始、緊張感を持って見ることが出来ました。
ただし、全体の味付けが大味過ぎるので、見る側の期待値には届いていません。「知られざる史実に基づいたサスペンス」という体裁をとっている作品だけに、サスペンスとしての面白さと、史実としての生々しさの両面が求められる題材なのですが、肝心の「史実」の部分の適当さが目立っているのです。
コロニーにリアリティを感じない
大きな点で言うと、コロニーの均衡を保っている秩序の根源がまるで見えてきません。教祖様がめちゃくちゃやってるコロニーなのですが、その住民たちは何が嬉しくてそんな体制に従っているのだろうかという点がまるで見えてこないのです。彼らは体制に対して自らの自由を差し出しているのですが、例えば教祖の人柄に非常に魅力的な面があったり、規律に従うことで自分達だけが救われるという教えであったり、そこには何らかの誘因がセットになっているはずなのに、そういったものがまったくないため、この狭い社会にリアリティを感じさせられませんでした。
小さな点で言うと、教祖様はショタコンってことでコロニー内の男の子達は画面上にしばしば登場する一方で、統計的にはほぼ同数存在しているはずの女の子達の姿がどこにも見えないという些細な違和感もありました。些細なことであっても、同様の違和感が積もってくると、全体のリアリティを大きく損ねるのです。
■ウソのつき方がうまくない
あと、最後の最後、管制塔からの飛行許可取り消しを機長判断で無視してルフトハンザ機が飛び立つという展開は、さすがにないかなと。犯罪者が乗ってるから引き渡しなさいという当局からの命令を無視するなんて普通に国際問題だし、管制塔の指示に逆らって旅客機が飛ぶなんて危険この上ありません。
この場面は『アルゴ』をモデルにしたものと思われますが、『アルゴ』では滑走路上を軍車輌が追いかけてくるだけで、飛行許可取り消し等の手続的なやりとりを直接的に表現していないためリアリティを損ねないギリギリの範囲内に収まっていたのですが(史実上は、滑走路を追いかけ回されるということは起こっていない)、本作については「さすがにそれは無視できないでしょ」という手続をはっきりと見せてしまっているために、説得力を失っているのです。この映画はウソのつき方がヘタなんですよね。
■主人公に感情移入できない
合理性のない彼氏奪還作戦
また、主人公レナに対してあまり感情移入できない点も、作品のアキレス腱となっています。恋人のダニエルがピノチェト政権に捕えられ、どうやらコロニア・ディグニダに収容されているらしいということから自らもコロニーに潜入するのですが、軍事政権と結託したカルト教団という、どう考えてもヤバイ連中を相手に、自分一人の力で何とかしようとするというノープランぶりはさすがにどうかと思います。さっさとドイツに帰国し、恋人がさらわれたと大騒ぎをして世論形勢をする方が、よほど効果的だったような気が。
さらに作品の結末から振り返っても、脱出経路の発見から脱出計画の実行まですべてダニエルが単独で行っており、レナの存在は必ずしも重要ではなかったことから、余計にその行為全体が無意味に思えてしまいます。彼女がそうしなければならなかった理由がもっと克明に描かれていれば、より物語に集中できたのですが。
エマ・ワトソンが演技をしていない
また、レナを演じるエマ・ワトソンがまったく演技をできていないという点も、作品の足を引っ張っています。当初は1週間で脱出できると思っていたが、コロニー内部の管理は予想をはるかに超えて厳格で、糸口すら掴めないまま数カ月が経過していく。もうお先真っ暗な状況であり、日々の虐待への恐怖に加えて、長期に渡って緊張状態が継続することの疲労感、このまま脱出できないのではないかという絶望感など、そこには多くの感情があるべきなのに、彼女はそれらをまったく表現していません。入所後130日以上が経過しても入所初日とまったく同じ顔をしているのでは、観客は恐怖心を共有することができないでしょ。
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