サスペリアPART2_人形怖すぎ!【6点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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スプラッタ

(1975年 イタリア)
ショックシーンは現在の目で見ても驚異的なほど怖く、かつ一定の美学もあって、アルジェント監督のビジュアリストぶりを堪能できるのですが、話がつまらなかったり、筋が通らなかったりといったアルジェントの悪いところも出ており、2時間を通して楽しめる映画でもありませんでした。

あらすじ

テレパシーの持ち主であるヘルガ・ウルマンが自宅で何者かに殺された。その最後の瞬間と、現場から去っていく黒いコートの人物を目撃したピアニストのマーク(デヴィッド・ヘミングス)は、独自に事件の真相を探り始める。

スタッフ・キャスト

監督・脚本はダリオ・アルジェント

1940年ローマ出身。父のサルヴァトーレと弟のクラウディオは映画プロデューサー、娘のアーシアは国際女優という映画一族の代表格です。

最初は映画批評を行っており、セルジオ・レオーネ監督の『ウエスタン』(1968年)でベルナルド・ベルトリッチと共に原案を執筆しました。1970年に監督デビューを果たし、本作『サスペリアPART2』(1975年)と、続いて製作した『サスペリア』(1977年)の大ヒットにより国際的な評価を確立しました。

アメリカ人監督ジョージ・A・ロメロの手腕を高く評価していたアルジェントは、ロメロが『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)の続編を企画中であると聞きつけると資金調達を買って出て、『ゾンビ』(1978年)の製作に一役買いました。

音楽はゴブリン

1972年に結成されたイタリアのプログレッシブロックバンドで、本作『サスペリアPART2』(1975年)での起用と、そのサウンドトラックの大ヒットによってダリオ・アルジェントとの関係が深くなりました。

他に『サスペリア』(1977年)、『ゾンビ』(1978年)、『デモンズ』(1985年)、『フェノミナ』(1985年)などの音楽も担当しています。

作品概要

『サスペリア』(1977年)の続編ではない

『サスペリアPART2』と名付けられていますが製作は1975年であり、『サスペリア』(1977年)よりも前に作られた作品です。

話にも繋がりはなく『サスペリア』とはまったく無関係な作品なのですが、話題になれば何でもありだった東宝東和によって大ヒット作『サスペリア』の続編ということにされてしまいました。

なお本作の原題は「紅い深淵」という意味であり、近年発売されたDVDには副題としてこれが付け加えられています。

劇場版と完全版の相違点

本作の劇場公開版は106分だったのに対して、Blu-rayなどでは126分の完全版もリリースされています。

両者の違いは主人公マークと新聞記者ジャンナのラブコメパートの有無であり、完全版では二人の軽妙なやりとりが加わったので、作品全体の雰囲気はかなり変わりました。

ただし一連の追加フッテージは有難みを感じるようなレベルでもなく、作品の趣旨がさほど変わらないのに20分も長くなってより退屈さが増したとも言えるので、必見のバージョンというわけでもありません。

むしろ劇場公開時には不要と判断されたが、ソフトを売りたくてボツにしたフッテージを継ぎ足した。そんな感じさえしてきます。

これはこれで興味があれば見てくださいねというレベルの受け取り方でいいと思います。

感想

恐怖を彩る素晴らしいビジュアル

アルジェントの特徴といえば朱色でベタっとしたペンキのような血糊ですが、本作でも鮮やかな血糊が効果的に用いられています。まさに鮮血の美学。さらに、被害者が口から液体をベーっと吐く場面が何度もあって、これもなんか気持ち悪かったですね。

そして白眉はからくり人形が襲ってくるというフェイント。からくり特有のぎこちない動きや人形の顔の気持ち悪さを最大限に引き出した伝説的なショックシーンであり、登場させるタイミングから破損のさせ方までパーフェクトでした。

この場面にダイレクトに影響を受けたのが後のヒットメーカーのジェームズ・ワンであり、『ソウ』シリーズや『死霊館』シリーズなどで繰り返し気味の悪い人形を登場させましたが、やはりオリジナルには及びません。

他にも気色の悪い絵画や気色の悪い屋敷など、本作はいちいち絵力が素晴らしく、アルジェントの稀代のビジュアリストぶりには舌を巻きました。

面白みに欠けるミステリー

そんなわけで画はすばらしいのですが、お話の方が全然ダメなのがアルジェント。本作は比較的マシな部類に入るようなのですが、それでも出来は芳しくありません。

本作の主軸は犯人探しであり、ジャンルとしてはホラーというよりもミステリーだと言えるのですが、点と点を線で結んでいくうちに全体像が浮かび上がってくるような面白さはありません。

謎解きがダラダラと進んでいき、前後関係も不明確なまま場面転換を繰り返していくうちに犯人が自ら姿を現すという、なんとも眠たくなる内容なのです。

中盤でのダイイングメッセージや壁に隠された子供の落書きなど、犯人に繋がる伏線のようなものもいくつか登場するのですが、これらが特に重要な役割も果たさず埋もれていくため、次第に話に関心を持てなくなりました。

加えて、赤の他人が殺された事件に主人公がここまで執着する動機もよく分かりません。この手のミステリーでは、一見すると常識人である主人公側の強烈なオブセッションを描き、パラノイア的に犯罪捜査にのめり込んでいくことで物語を展開させることが常套手段なのですが、本作においてはその点が弱いのです。

結果、物語は観客を巻き込むような推進力を失っています。

※注意!ここからネタバレします。

機能していないミスディレクション

序盤、講演会にてテレパシーを持つ女性が会場に紛れ込んだ邪悪な頭脳に感応し、取り乱します。中盤では動物虐待を趣味とする気味の悪い少女も登場し、何やら魔女や超能力者といった人外の存在を匂わせます。

次に登場するのがいわくつきの屋敷であり、この屋敷自体が意思を持ち、長年蓄積された憎悪が定期的に捌け口を求めているかのような演出もなされます。ここからは超常現象の匂いがしてきます。

ネタを明かすと犯人は頭のおかしいおばちゃんであり、超常現象を匂わせる一連の描写はミスディレクションだったのですが、やはりアルジェントの語り口のまずさによって、これらミスディレクションが有効に機能していませんでした。

真犯人を明かされた時に意外性を感じるのではなく、だったら今まで思わせぶりにやってきた話は何だったんだという肩透かしを感じました。

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