ジェラルドのゲーム【5点/10点満点中_主題と演技は良いが単調な演出で飽きてくる】

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[2017年Netflixオリジナル作品]

5点/10点満点中

■原作はスティーヴン・キング

スティーヴン・キングの同名小説の映画化ということですが、原作は未読です。

■主人公が過去のトラウマを克服する物語

SMプレイの最中に旦那が心臓発作を起こして死亡し、両手をベッドに固定されたまま取り残された奥さんはこの急場をどう切り抜けるのかという導入部からはソリッド・シチュエーション・スリラーを期待させられたのですが、ほどなく自分・もう一人の自分・死んだはずの旦那の投影があーでもないこーでもないと対話を開始し、本作は深層心理を扱ったドラマであることが判明します。

なぜ自分が二人もいるのかというと、少女期のあるトラウマが原因で封印した記憶・個性があるためで、中盤以降は主人公がそのトラウマを克服する物語となります。リアルの世界で肉体の自由を奪っている手錠と、内面の世界で人格を抑え込んでいるトラウマを重ね合わせた構成となっているのですが、ついに主人公が呪縛を解き放つ場面では映画史上最強レベルの痛みの描写が炸裂し、ホラー映画に慣れた人でも「うぎゃ~!」と声を上げてしまうこと必至です。

■主演二人の演技は見ごたえあり

主な舞台は寝室であり、主要な登場人物は自分・もう一人の自分・旦那の投影の3人のみ。このミニマルなシチュエーションを引っ張るものはカーラ・グギノとブルース・グリーンウッドの演技のみなのですが、両者ともにキャリア最高のパフォーマンスを披露しています。

カーラ・グギノはバラバラの二つの人格を見事に演じ分けており、特にひたすら泣いていなければならない表層の人格を演じるにあたっては大変な負荷がかかったと思いますが、とりわけ演技派というイメージがあったわけでもないグギノが、見事にこれをやりきっています。

また、グリーンウッドは60歳を過ぎて終始パンツ一丁というなかなか厳しい役柄ながら、歳不相応なほどの肉体美を作り上げて「表面的には完璧な旦那」になりきっています。

■生身の俳優を使った作品ならではの問題も

難を挙げると、主題やシチュエーションから考えて主人公は裸でなければならなかったと思うのですが、さすがに主演女優がずっと裸で縛り付けられている映画なんて作れなかったのか、下着姿に留められていたことです。このために、無防備状態で野犬・死神・過去のトラウマと対峙しなければならない主人公の逼迫感が不完全なものになってしまっています。

■単調なドラマなので飽きがくる

また、これだけ動きのない内容で100分超の上映時間は長すぎで、途中からはダレてしまいました。少女期のトラウマを探る回想場面にしても、たいていの観客はシチュエーションが提示された時点でおおよその察しがつく内容なのに、勿体ぶってこれを引っ張るので「わかっとるわい!」と言いたくなりました。

■どんでん返しも有効に機能せず

さらには、主人公の幻覚だと思われていた死神が実はリアルだったというラストのどんでんはネタ晴らしのタイミングのマズさから意図されたほどのサプライズとなっておらず、総じて演出がもたついているように感じました。監督は同じくミニマルな舞台におけるサスペンス映画『サイレンス』を手掛けたマイク・フラナガンですが、一部では絶賛の声もある『サイレンス』もイマイチに感じたし、この監督とは相性が悪いようです。

なお、本作での仕事ぶりを評価されたのかフラナガンは『シャイニング』続編の監督に指名されましたが、こちらはスティーヴン・キングに忌み嫌われるキューブリック版の流れを汲んだ続編にするのでしょうか、それとも原作に繋げるのでしょうか。どちらにしてもブーイングの起こりそうな企画をフラナガンがどうまとめるのかには興味があります。

Gerald’s Game
監督:マイク・フラナガン
脚本:マイク・フラナガン,ジェフ・ハワード
原作:スティーヴン・キング『ジェラルドのゲーム』(文春文庫)
製作:トレヴァー・メイシー
製作総指揮:D・スコット・ランプキン
出演者:カーラ・グギノ,ブルース・グリーンウッド,キアラ・オーレリア,カレル・ストレイケン
音楽:ザ・ニュートン・ブラザーズ
撮影:マイケル・フィモナリ
編集:マイク・フラナガン
製作会社:イントレピッド・ピクチャーズ
配給:Netflix
公開: 2017年9月29日
上映時間:103分
製作国:アメリカ合衆国

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