フォレスト・ガンプ/一期一会_ジェニーのクズっぷり【6点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

スポンサーリンク
スポンサーリンク
人間ドラマ

(1994年 アメリカ)
一人の男の人生とアメリカの現代史を圧倒的な笑いのセンスと驚異の映像技術で描いた面白い映画ではあるのですが、ヒロインポジションにいるジェニーがあまりにも自己中心的で不誠実かつ愚かな行動ばかりをとるのでイライラさせられます。

作品解説

厳しい予算統制に合った作品

本作はウィンストン・グルーム著『フォレスト・ガンプ』(1986年)を原作としており、後に『ザ・ファン』(1996年)や『プラダを着た悪魔』(2006年)を製作する女性プロデューサーのウェンディ・フィネルマンがその映画化を企画しました。

フィネルマンは原作者のグルームに初稿を書かせ、それをワーナーに提出。脚本の出来は良くなかったものの、この企画には光るものがあるということで製作のベースに乗りました。

そして、フィネルマンが同時期に進めていた『ポストマン』(1998年)の企画をケビン・コスナーに横取りされたことから、同作に関わっていた脚本家のエリック・ロスと主演のトム・ハンクスも本作に参加。

また監督はコメディからの脱却を狙っていたロバート・ゼメキスに決まり、陣容が完成しました。

そんな折、ワーナーで本作を熱心に支持していた役員がパラマウントに移籍したことから、本作もパラマウントへと移籍。ただし当時のパラマウント社長シェリー・ランシングからは徹底したコストカットを要求されました。

『レインマン』(1988年)というジャンルの決定版が出た後であるため、知的障碍者を扱ったドラマは頭打ちで投資価値がないと見做されていたためです。

これに対しゼメキスとハンクスはギャラを返上してでも作品のクォリティを優先し、パラマウントとの関係には緊張感が走りました。撮影現場でゼメキスは常にピリピリしており、現場のお目付け役として派遣された役員とも頻繁に衝突したと言います。

そんなこんなを経て1993年12月に撮影を終了。製作費は5500万ドルと当時のハリウッドの標準クラスに収められました。

記録的な大ヒット

本作は1994年7月6日に全米公開され、4週目に入った『ライオン・キング』(1994年)、5週目に入った『スピード』(1994年)を抑えて初登場1位を記録。ただし初動は2445万ドルで、この時点では平凡な売上高でした。

驚異的だったのは人気の維持であり、2週目、3週目、4週目と売上高がほぼ下がらず、トップ5圏内に居座ること実に14週、トップ10圏内に居座ること実に19週という、驚異のロングランを達成。

その結果、全米トータルグロスは3億2969万ドルにのぼり、当時としては『ジュラシック・パーク』(1993年)、『E.T.』(1982年)に次ぐ歴代3位の興行成績を記録しました。

アカデミー賞6部門受賞(ただし異論もあり)

本作は興行成績のみならず作品評も高く、その年のアカデミー賞の台風の目となりました。最多13部門にノミネートされ、6部門で受賞。うち4部門(作品賞、監督賞、脚色賞、主演男優賞)はいわゆる主要部門であり、まさにその年のアカデミー賞を征したのでした。

ただし後年、この受賞は『わが谷は緑なりき』(1941年)が作品賞を受賞した1942年のアカデミー賞以来の物議を醸すこととなります。

『わが谷は緑なりき』(1941年)は大プロデューサー ダリル・F・ザナックが製作し、ジョン・フォードが監督。ある一家の一代記を描いた重厚な大作であり、正しい教訓も詰まった「ザッツ・ハリウッド!」な作品でした。

しかし同年にノミネートされていたのが『市民ケーン』(1941年)であり、標準クラスの名作『わが谷は緑なりき』が、映画史上最高クラスの傑作『市民ケーン』を差し置いて作品賞を受賞するのはおかしいだろと物言いがついたわけです。

そして本作と同年の作品賞では、『ショーシャンクの空に』(1994年)と『パルプ・フィクション』(1994年)という、これまた映画史上に燦然と輝く傑作が2本もノミネートされており、これらと比較すると本作の芸術的価値は落ちるのではないかと指摘されました。

今でもフォレスト・ガンプ否定派は結構いて、アカデミー賞の有名な誤判例として知られています。

感想

上質なコメディ映画

この企画に参加した際、ロバート・ゼメキスとトム・ハンクスはコメディからの脱却を狙っていました。しかし完成した作品には二人の笑いのセンスがしっかりと込められており、上質なコメディ映画として仕上がっています。

アメリカ現代史における重要な場面にフォレストが居合わせ、場の深刻さを弁えない素っ頓狂な態度をとる。緊張の緩和という笑いの基本が行き渡っており、コメディ映画として優秀過ぎるのです。

加えて、VFX工房ILMとの付き合いの深かったロバート・ゼメキスは、当時最新の映像技術をドラマ作品に取り入れるという革新的なことを行います。

90年代前半当時、CGを使った映像は目新しく、『ターミネーター2』(1991年)『ジュラシック・パーク』(1993年)などCG映像を前面に押し出した作品が主流でした。

そんな中で本作は「ストーリーを語るための従たるツール」としてCGを使いこなした画期的な作品であり、最新テクノロジーの新たなあり方を世界に向けて提示しました。

↓の項目でいろいろと文句も書くのですが、基本的には面白くて見応えのある映画です。

フォレスト・ガンプの人生訓は有効か?

公開当時、本作は人生訓の詰まった映画として理解され、『ガンピズム―フォレスト・ガンプの生きる知恵。』(1995年)という本までが出版されました。

起こったことを素直に受け入れ、その場その場でひたむきに努力をしていればIQ75のフォレストでも大成功をしたことには学ぶべき点が多いということだったのですが、私は「そうか?」という感じでした。

なぜなら、フォレストは多才だからです。

IQこそ人並みではないものの、走ればスカウトマンの目に留まるほどの俊足で、軍隊では要求される動きの一つ一つを正確にこなし、卓球をやれば世界的プレイヤーになる。

これらはひたむきに取り組めば誰でもそうなれるものではなく、人並外れた能力あってこそです。

またフォレストは強運の持ち主でもあります。

エビ獲り漁船で大成功を収めたのは、ハリケーンの際にフォレストの船だけは出航しており、沿岸に停泊していた他の漁船が軒並み大破した中、無傷で操業を続けられたことが原因なのですが、常識的に考えてハリケーンの最中に出航すれば『パーフェクト・ストーム』(2000年)のように沈没して死ぬわけで、そうならなかったのは運以外の何物でもありません。

個人投資家としてアップルコンピュータに投資した件も同様。そこに目利きがあったわけではなく、ダンがたまたま投資していたベンチャー株の一つがはねたという状態であり、宝くじが当たったようなものです。

加えて、人にも恵まれています。

フォレスト一人でやっているうちは不漁続きで、ダンが合流してくれたことでエビ獲り漁は軌道に乗りました。一般には創業者vs功労者の間での主導権争いが発生したり、功労者に会社を乗っ取られたりしてもおかしくないシチュエーションなのですが、ダンがフォレストの権威を尊重し続けてくれる人だったことから、そのようなコンフリクトは起こっていません。

また富豪になったフォレストの財産をかすめ取ろうとする身内もいなければ、金目当ての詐欺師のような人間にたかられるわけでもなく、莫大な富を巡るいざこざが起こらなかったことも幸運でした。

ジェニーがクズすぎる

そんな爆ツキ状態のフォレストに対して、負のオーラを放ちまくりの幼馴染ジェニーが不誠実な行動連発でイライラさせられました。

フォレストにとってジェニーは初恋相手にして生涯の恋人。いついかなる時にも純粋にジェニーを思い続けています。

当然、ジェニーもそんなフォレストの思いを認識しているのですが、彼女の方の熱量は明らかに低く、困難に直面した際に頼る先がフォレスト程度の扱いなので、かなり性根の悪い人物に見えてしまっています。

DV彼氏>フォレスト

フォレストがもっとも心の支えを必要としていたベトナム出征時、ジェニーはヒッピー仲間と遊び呆けて彼からの手紙も受け取らず、帰還したフォレストに対して「今の彼氏よ」と言って反戦活動家のいけ好かない男を紹介します。

明らかに自分に惚れていると分かっている相手に対して、今の交際相手を紹介なんてしますかね。

で、この彼氏がジェニーに暴力を振るうような最低野郎であり、体育会系で腕力には自信のあるフォレストはこいつの暴力を止めるのですが、そのことでグループ内での立場が悪くなったジェニーは、なんとフォレストの方を非難します。

どちらが悪いのかは明らかな状況だし、しかもフォレストの行動はジェニーを思ってのことだったのに、それでも非難しますかね。

さすがのフォレストも今のジェニーの置かれた状況や付き合う相手が悪すぎると気付いたようで、「一緒にアラバマに帰ろう」と提案するのですが、ジェニーは幼馴染ではなくDV彼氏の方を選んでフォレストの元を去っていきます。

一発当てたフォレストに最接近

そのまま一生やってろという感じなのですが、フォレストがエビ漁で一発当てたところで、再び彼女は姿を現します。これぞジェニーのクズっぷりの真骨頂。

とはいえ、夢破れボロボロの状態で帰郷したジェニーと、大富豪になったが孤独なフォレストというのは見事な補完関係にもなっており、今度こそフォレストの元で身を固めるのかとも思ったのですが、結局は黙って出て行ってしまいます。

実父からの性的虐待を受けて育ったなど、ジェニーにも同情すべき背景はあります。極度の男性不信で、自分の人生の核心部分に男性を上がり込ませることには抵抗があるんだろうなと。

にしてもです。他の男にはガードを高くしてもいいけど、数十年に渡って誠実さを証明し続けてきたフォレストに対してだけは、自分本位であってはならないと思うのですが。

有名になったフォレストに再々接近

一方的にジェニーに去られたフォレストは放心状態となり、ただひたすら走り始めます。フォレストにとっては何の理由もないのですが、24時間テレビのチャリティマラソンの如く「平和を祈って走る男」などとメディアが勝手に解釈し始め、フォレストは一躍時の人に。

それをテレビで見ていたジェニーは、またしてもフォレストへの接触を図ります。不誠実な離れ方をした以上、こちらからは一生会わないという悲壮な決意でもあったのかと思いきや、「有名人になればまた別の話で」みたいな態度なので物凄くゲスな感じがしました。

それでも純粋なフォレストは「またジェニーに会える」とルンルン気分で彼女から指定された住所に向かうのですが、そこには小さな子供が。そしてジェニーから明かされる衝撃の事実。

「あなたの子よ」

そんな大事なことはもっと早く言ってよと思うのですが。

生まれてきた子供のことを考えても、ジェニーが薄給ウェイトレスとして身を粉にして働いて養うよりも、大富豪であるフォレストの元で余裕をもって育ててもらう方が幸せだっただろうし。

結局最後はフォレスト頼み

そして長年にわたる破天荒人生が原因なのか、この時ジェニーはエイズに感染しており、本当ににっちもさっちもいかなくなりそうだったのでフォレストを呼びよせ、我が身の最後と我が子の行く末を託したということが分かります。

致し方のない状況とはいえ、気の向くままに生きてきて、さんざんフォレストを裏切ってきたのに、結局最後はフォレスト頼みなのかという辺りもカックンでした。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
記事が役立ったらクリック
人間ドラマ
スポンサーリンク
公認会計士の理屈っぽい映画レビュー

コメント