(2021年 日本)
村西とおるの波乱の人生を描いたドラマのシーズン2。前シーズンは最終的に何とかなった失敗を笑って見られる内容だったのに対して、本シーズンで描かれるのは経営者として失敗して再起不能に陥るまでという笑えない光景なので、作風も一変しています。シーズン1派とシーズン2派に分かれそうな気がしますが、私は『1』派です。
感想
ピカレスクロマンの後半部分
ピカレスクロマンとは悪漢小説とも呼ばれる作品で、その定義は以下の通りとなっています。
虚構の自伝形式をとり、下層階級出身の主人公が次々と事件に出会い、異なる階級の人たちに接する(中略)。主人公のピカロがつねに飢えにさいなまれているアンチ・ヒーローで、作品中に高尚な感情――とくに愛――についての言及がないことが大きな特色となっている。
日本大百科全書
AV監督村西とおる(山田孝之)を主人公とした本作はまさにピカレスクロマンの定型に当てはめて制作されています。
ピカレスクロマンの王道たる展開は、持たざる主人公が手段にこだわらず既得権益に挑み勝利するという痛快な前半部分と、自身の欲望をコントロールできなくなって地位も仲間も失ってしまうという後半部分とに分かれます。
映像作品における代表作として『スカーフェイス』(1983年)があるのですが、同作もキューバ移民がアメリカの麻薬ビジネスを牛耳るまでが描かれる前半パートと、より高みを望んで破滅する後半パートに分かれていました。
本シリーズもまさに『スカーフェイス』と同じ構造となっており、シーズン1ではポセイドン企画やビデオ倫理委員会といった権力者側からのいじめを受けながらも、最終的には村西とおるが勝利するという痛快な話になっていました。
一転してシーズン2では、ピークを打った瞬間から転げ落ち始めた村西帝国の崩壊が描かれており、最終的に何とかなった失敗を笑い飛ばす余裕のあった前シーズンとまったく趣の異なる作品となっています。
組織とビジョンを共有できなくなった
その失敗の最大の理由は、組織とビジョンを共有できなかったことです。
従前、村西の組織は「ただ美人が裸になっているだけのつまらないAVではない、ガチンコの作品を撮るんだ」という純粋な目的の下で束ねられており、作品のクォリティを軸にしていたのでビジョンの共有が比較的容易でした。
しかし、今回の村西が目指すのは衛星放送利権に入り込んでピンクチャンネルを開設するというものであり、従前の組織のアイデンティティとはあまりにかけ離れた目的であるために、そのビジョンをなかなか理解されません。
また衛星放送参入の原資獲得のために粗悪なAVを量産するという、従前の方針とは正反対のことをやり始めたものだから、現場は余計に混乱します。
加えて、その動機部分にあるのは組織の成長戦略ではなく、上流階級からバカにされたことに腹を立てた村西個人の見栄や、誰もやったことのない領域に一番乗りしてレガシーを残したいという個人的な欲求だったことも、余計にビジョンが共有されづらい原因となっています。
「良いものを作っていれば自ずと成功は付いてくる」という従前の戦略に対し、今度は成功そのものを狙いに行き始めたのでおかしくなったとも言えます。
人のマネジメントに失敗
ビジョンが共有できなくなると、人のマネジメントも難しくなります。
サファイヤ映像の社長として村西を支えてきた川田(玉山鉄二)は、コンテンツではなく媒体に熱を上げる村西の方針に賛同できず、公の場で彼の姿勢を批判します。
結果、村西と川田は袂を分かつこととなるのですが、猪突猛進タイプの村西を制御し、関係各方面との調整を行い、信頼できる金庫番でもあった川田という腹心の代わりはおらず、ここから組織はさらにおかしくなっていきます。
なお、川田のモデルとなった西村忠治氏は2021年現在もクリスタル映像の代表取締役を続けています。彼のビジネスモデルは数十年に渡って継続可能なものであり、この結果を見ても村西よりも川田の方が正しかったということになります。
ただし、そうは言っても村西の組織はすぐには壊滅しません。なぜなら、どんなに酷いリーダーであっても成功さえしていれば人は付いてくるので、内実はともかくAV業界においてシェアの高かった村西の組織には人が集まり続けたからです。
とはいえ新参者達は村西の理念や人柄に共感しているわけではないので、組織としてのコントロールが必要になります。しかしマネジメントをしていた川田はいなくなったし、村西は人を見ていない。こうして更におかしくなっていくわけです。
で、村西の付き人をしていた男(渡辺大知)と金庫番の女(MEGUMI)が結託して会社の金を持ち逃げしてしまうのですが、彼らも最初から悪人だったわけではありません。
給与は手渡し、現場では決裁ルートもなしに仮払金が飛び交っており、日々目の前で大金が躍っている光景を見続けている。一方で現金管理はルーズで持ち逃げする隙がありまくりとなれば、まともな人間だって魔が刺します。
彼らもまた、度を越してルーズな組織の元で犯罪者になってしまった被害者として見ることもできます。
失敗を認める勇気を持てなかった
そうして村西はどんどん負けが込んでくるのですが、最後の一手となるのがバブル経済の崩壊でした。
かつて面白半分で村西に多角化経営を勧めてきた銀行マン(吉田栄作)も、バブル崩壊後には「今までのやり方でが通用しない時代になった」と言い、堅実な経営を行うよう促します。
衛星放送利権を握っている海野晃一(伊原剛志)も同じく、負けを認めて撤退せよと村西にアドバイスします。
もしここで村西が彼らの忠告を受け入れていれば組織の立て直しができた可能性もあるのですが、衛星放送事業の負けを認めずさらにベットしてしまったものだから、取り返しのつかない事態へと突入していきます。
海野晃一という面白いキャラクター
ここで興味深いのが海野晃一というキャラクターで、ジャーナリストの落合信彦氏がモデルであるとされています。
私はこの落合という人物を知らなかったのですが、wikiの該当ページを見ると悪い意味での驚きしかありませんでした。
- ブルース・リーと試合をして勝利した
- 若い頃にはロバート・ケネディの選挙スタッフを務めた
- 世界中の諜報機関に知り合いがいる
- エクアドルで油田を掘り当てた
- その石油会社は売却。社名は忘れてしまった
控えめに言っても大嘘つきです。
ドラマ本編でも描かれている通り、落合氏はスーパードライの初代CMキャラクターを務めていたのですが、アサヒビールの社運を賭けた商品の顔に起用されるほどこの人物が社会的信用を得ていたというあたりに、バブル期という時代のいい加減さが集約されています。
で、劇中において海野晃一はのっぴきならない金持ちとして登場するのですが、そのモデルとなった落合氏の経歴を見るに、彼もまた村西とおると同類の口八丁手八丁の人物だったことがうかがえます。
豪快に話を盛り、財閥系などの「本物の人たち」のコミュニティに食い込み、自分の身一つで商談をまとめ上げる。
当初は歯牙にもかけていなかった村西への関心を示すようになったのは同類だからこそなのでしょうが、常に必死さが滲み出ている村西とは異なり、自分を上流階級の人間だと見せかけ、表向きは優雅に振舞っていた海野の方が一枚も二枚もうわ手だったと言えます。
そんな海野も実は多くの失敗を経験しており、だからこそ村西に対して失敗を認めて手を引けと忠告します。
海野は衛星放送事業で300億円が吹き飛んでおり、実は村西以上の損失を出しているのですが、傍から見て大失敗をしたようには見えません。だからこそ海野には次があるのですが、一方で村西は失敗が露呈する寸前のところにいます。
そして、組織の体力を大幅に上回る損失を出していることが発覚した途端に金も人も集まらなくなるため、取り返しのつかない状況に陥る前に撤退せよと経営者として真っ当なアドバイスをしているわけです。
ただし熱くなっている村西は経験に基づく海野の忠告を受け入れないし、海野としても一端の経営者である村西に対してそこまでくどくどとお説教をするつもりもなく、俺の言うことが分からなければ仕方ないという感じで別れます。
この二人の関係性はなかなか面白いので要注目です。
帝国の崩壊が描かれる第6話
かくして村西は破滅をひた走るのですが、ついに失敗をごまかしきれなくなり、帝国の崩壊が確定的となった第6話は当シーズンのハイライトとなります。
村西の金策はほぼ失敗していることが部下に対してもバレバレになり、しかも裏ビデオを流出させていたことも発覚して契約女優たちとの信頼関係も破綻。
スタッフや女優たちは当然のことながら村西を責め始めるのですが、村西は謝罪するどころか開き直って部下たちを恫喝し始めます。
物凄い逆ギレなのですが、さんざん滅茶苦茶やってきておいて「俺がどれだけ大変だったか知らないだろ!」「お前らの出来が悪いから俺が大変な思いをしたんだ!」とキレ出す経営者を私も一度見たことがあって、まさにその時の修羅場を彷彿とさせられました。
数分に渡って大演説を行う村西の狂気と迫力、山田孝之のパフォーマンスには圧倒されました。アル・パチーノに並んでましたよ。
目先の失敗だけではない、今まで仲間たちと共に積み上げてきたものすらすべて否定し、組織も人間関係も完全に終わらせたこの場面は圧巻の名場面でした。
失敗した後も人生は続く ※ネタバレあり
しかしここまでで第6話。残りが2話も残っています。
『スカーフェイス』の主人公トニー・モンタナは華々しくハチの巣にされて終わりましたが、現実の世界では事業に失敗したからと言って殺されることはありません。
その後には、即死した方がまだマシと言えるほどの債務整理という地獄が待っており、残り2話でその光景がじっくりと描かれるというわけです。
村西はキャストやスタッフへの給料も、日々の業務の買掛金もすべて未納にしており、本当に困っている人たちが会社の前で列をなしています。
しかも村西はヤクザの金も借りており、現在ほど法整備もされていない時代だったので暴力を伴った荒々しい取り立ても受けます。
まさに修羅場であり、普通の人間ならば首を吊っているであろう場面なのですが、それでも村西は生き延び続けるのだから大したメンタルを持っています。
そして彼の人徳はまだ残っており、かつての部下であり親友だった荒井トシ(満島真之介)がヤクザとのカタを付けに行き、元女優の乃木真梨子(恒松祐里)はプライベートの新たなパートナーとなります。
どん底であっても救いはあるというエピローグは感動的であると同時に、大勢を不幸にしながらも反省してるんだかしていないんだか分からない村西とおるという男の食わせ者ぶりが光っていました。
面白かったがシーズン1の方が好み
この通り、描くべきテーマがしっかりしているうえに、全体構成も良いので全体的には優れたドラマだと思うのですが、個人的には陽の部分が強かったシーズン1の方が好みですね。
また、本シーズンのヒロインポジションにいた恒松祐里扮する乃木真梨子が、前シーズンの黒木香ほどのインパクトを残せていない点もやや期待外れだったし。
恒松祐里は通常のドラマや映画でも現役活躍中の女優であるにも関わらず、ヌードを覚悟して本作に挑んだという心意気はありがたかったのですが、前シーズンにおける森田望智のような圧倒的な見せ場を用意されていなかったことが気の毒でした。
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