カンヌ映画祭パルムドール受賞作
本作は引退宣言をしていたケン・ローチ監督がその宣言を撤回してまで撮った作品であり、60年代から活躍するベテラン社会派監督の渾身作だけあって批評家受けは絶好調。Rotten Tomatoesでの批評家支持率は92%と非常に高い数字であり、カンヌ映画祭では『麦の穂を揺らす手』(2006年)に続いてローチ監督二度目のパルムドールを受賞しました。
そんな高評価を受けた本作なのですが、私は左翼を自認するケン・ローチの個人的な思想色が出過ぎていて、良い映画だとは思いませんでした。一部に光る描写はあって退屈こそしないものの、社会派作品としては今一つかなと。
冒頭でほぼすべてが描かれてしまう
とはいえ、冒頭は素晴らしい出来でした。
そこで描かれるのは主人公ダニエル・ブレイクと専門家を自称する窓口担当とのやりとりであり、二人は生活保護の申請手続を巡るやりとりをしています。
そして「働きたいのはやまやまだが、医者からは働くなと言われている」というダニエルの主張に対して、「あなたが本当に働けない状態にあることの証明が必要です」の一点張りの窓口担当の会話は平行線のまま交わることがありません。
どうしてここまで話が通じないのだろうかと見る側にもフラストレーションが募ると同時に、埒の開かないこの会話がいかにもお役所仕事という感じであり、ウソでも誇張でもなく役所対応って本当にこんな感じなんだろうなと観客側にも実感を抱かせるリアリティがあります。
一貫して貧困層や弱者に寄り添う作品を作り続けてきたケン・ローチ監督のリサーチ力や演出力が遺憾なく発揮された素晴らしい掴みでした。
ただし続く本編においても「丁寧に説明するダニエルvs融通の利かない窓口」というやりとりが何度も何度も繰り返されるだけで、冒頭の数分がこの映画のほぼすべてという状況になっているので、100分という比較的短めの上映時間を持て余しているように感じました。
不正受給を描かないのはズルい
役所がなぜあんなに面倒くさいことを生活保護申請者に対して要求しているのかと言うと、悪意を持って制度を利用しようとする者を排除しなければならないからです。
仮にすべての利用者が善意のみでやってくるのであれば、名前と銀行口座さえ教えていただければ翌月から手当をお振込みしますというシンプルな申請フローにできるはずだし、細かい記載に目くじら立てて市民から嫌な顔をされるよりも、ニコニコと愛想よい態度で右から左へ申請を流す方が業務は楽で感謝もされて、役人としても絶対にそちらの方がいいはず。
しかし、悲しいかな現実社会では制度を悪用しようとする者が現れる。そうした不届き者達から市民が渋々払った税金を守るためには、申請者に対して相応のハードルを設けなければならないのです。
本作が致命的に弱いと思うのは、社会問題のある一側面のみを捉えて全体像の提示をしないこと。
仮に不正受給者を一人でも登場させておけばある程度はフェアになったと思うのに、善意の申請者が断られる様しか映さないのはちょっとズルいやり方だと感じました。
これでは冒頭のダニエルvs窓口担当のやりとりとほぼ変わりません。
富裕層や役所は不正受給者を問題にして制度の厳格運用を訴えているのに、それを緩和しろと言っている側は不正受給者の存在を無視して善意の受給者の話だけしかしないのであれば、議論は永遠に平行線のままです。
厳格運用を訴える側はもっと善意の受給者のことを考えねばならないし、制度緩和を訴える側はもっと不正受給者のことを考えねば問題解決には至らないと思うのですが、本作の語り口は両者の対立を煽るのみで問題解決の道は提示されていないように感じます。
これはちょっと無責任じゃありませんかね。
ラストの安直な悲劇に興ざめ ※ネタバレあり
一向に埒の開かないお役所仕事に業を煮やしたダニエルは申請を諦めるのですが、そこから彼は家具を売り払い、電気も止められて毛布をかぶって動かないくらいしかやりようのないどん底状態に陥ります。
そんな、このまま朽ちていくのかという深刻な状況から一転し、ラストでは「役所のやり方は間違っています!私たちが法の専門家を付けてあげますから!」と救いの手が差し伸べられるのですが、左派政党が正義の味方の如く登場して多くの問題を解決するという勧善懲悪の構図はちょっとどうなのという感じで、私は軽く引きました。
また、それまでは心臓が悪いと口頭では説明されながらも症状の描写の一切なかったダニエルが、救いの手が差し伸べられた途端に発作を起こして死ぬという幕引きにも安直さが感じられて、どうにも乗れませんでした。
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