スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け_話が悪すぎる【4点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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(2019年 アメリカ)
死んだはずの皇帝パルパティーンは生きており、新たな軍団ファイナルオーダーを作り上げていた。レイはこれに対抗すべく、パルパティーンの居る星域を目指す。

※注意!このレビューは大きくネタバレしています。

©Disney

作品概要

私は本作の文句を書こうと思っているのですが、トリロジーの最終章を語る前に、まずは前2作がどうだったのかを振り返りたいと思います。

安定のファンムービーだった『EP7/フォースの覚醒』(2015年)

ディズニーは2012年にジョージ・ルーカスから40億ドルでスター・ウォーズの権利を買い取りましたが、ルーカスが離れた状態で続編を製作して、それがファンからの支持を得られるのかは全くの未知数でした。

加えて、直近作『EP3/シスの復讐』(2005年)の公開からから10年、ストーリー内の時系列的に接点のある『EP6/ジェダイの復讐』(1983年)の公開からは32年も経過しており、どうやって話を繋げるのかという問題も抱えており、リスタートするには問題の多い作品でした。

そこで監督には、看板付きシリーズの立て直しにいくつもの実績を持つJ・J・エイブラムスが起用されました。彼は、監督降板を繰り返していた『ミッション:インポッシブル3』(2006年)や、興行成績の低下著しかった老舗SFシリーズのリブート『スタートレック』(2009年)などを成功に導き、複数のフランチャイズの安定に貢献してきた人物でした。

JJは、あたかも『EP6/ジェダイの復讐』(1983年)の翌年に製作された作品であるかのような保守的な姿勢で『EP7/フォースの覚醒』(2015年)を製作しましたが、これがファンの要求にピタリとはまっていました。ルーカス自身が製作したEP1~3が、新しいことを追い求めたために旧トリロジーのファンから「これじゃないんだけど…」という評価を受けていましたが、JJはファンが見たいのはEP6の続きであり、旧トリロジーの焼き直しであることを見抜いており、徹底的にファンの見たいものに集中して目新しい要素を最小限に留めていたのでした。

ジェダイ伝説に盾突いた問題作『EP8/最後のジェダイ』(2017年)

次いで起用されたのが『LOOPER/ルーパー』(2012年)のライアン・ジョンソンであり、それまで中規模予算の映画しか撮ったことのないジョンソンにとって初の大作でした。

旧トリロジーが『EP5/帝国の逆襲』(1980年)の成功によって軌道に乗ったこと、クリストファー・ノーランの『ダークナイト』トリロジーが第二作によって方向性が固まったことからも分かる通り、中間作はトリロジーにとって非常に重要な立ち位置にあるのですが、ジョンソンは保守的だったJJとは対照的に攻めの姿勢でEP8を製作しました。

偉大なジェダイだったルークが弟子のベン・ソロを殺そうとしたことがカイロ・レンの始まりだったことや、主人公レイが選ばれし者ではないことなど、ジェダイ伝説に大いに盾突いた問題作でした。この斬新な作風に批評家受けは上々だったのですが、目新しいチャレンジはファンの要求するところではありませんでした。保守的なEP7との落差もあって観客受けは悪く、興行成績は良かったものの映画としては失敗したと見做されました。

EP9製作時の大混乱

EP9の製作は困難を極めました。まず、前作EP8が観客から嫌われてしまったことから、EP8が示した方向性を守るのか変えるのかという大きな決断を製作陣は迫られました。また、監督に内定していたコリン・トレヴォロウがディズニーを満足させるシナリオを書けなかった上に、監督作の『ザ・ブック・オブ・ヘンリー』(2016年)が興行的・批評的にも惨敗し、監督としての適性が疑われ始めました。

加えて、プリプロダクションの最中にレイア役のキャリー・フィッシャーが死亡。ハン・ソロとルーク・スカイウォーカーを殺してしまい、今や旧トリロジーとの唯一の接点となっていたのはレイアでしたが、そのレイア役まで失ったことからストーリーを繋げることが困難となったのでした。

この危機に瀕して、ディズニーは思いっきり保守的な判断を下しました。ファンから拒否されたライアン・ジョンソンの意欲的な路線は却下。EP7を大ヒットさせたJ・J・エイブラムスを呼び戻し、『アルゴ』(2012年)でアカデミー賞を受賞したクリス・テリオと組ませて物語を再構築させました。こうして鉄板メンバーを揃えたものの、気鋭の若手映像作家による意欲的な路線を継承しなかったことは残念でもありました。

感想

首尾一貫したテーマのないトリロジーになった

血統主義からの脱却とフォースの民主化がトリロジーのテーマだったのではないか

このトリロジーは「フォースの民主化」というテーマで揺れ、そこに首尾一貫したドラマを付けられなかったために統一感を欠いたように見受けます。

従前、フォースとは特殊な生まれの者の特権的な能力として位置づけられており、その能力を持った者は幼少期よりジェダイ寺院という世俗から隔絶された環境下に置かれ、特殊な戒律を守らされながらその能力を育んできました。あれほど堂々たる風格を見せていたメイス・ウィンドゥも、賢人の如く振る舞っていたヨーダも、父性の塊のようだったクヮイ・ガン・ジンも、恐らくは童貞のまま死んでいったのです。

ただし、血筋や才能といった特権主義はディズニーの社是(なるものがあるかどうかは分かりませんが)には適わなかったのか、ディズニーに権利が移って以降に製作された本トリロジーは血統主義からの脱却とフォースの民主化を掲げているように感じました。

フォースの民主化を掲げた『EP7/フォースの覚醒』

「プロダクション」の項でも触れた通り『EP7/フォースの覚醒』(2015年)は旧三部作に忠実な保守的な姿勢で製作された作品でしたが、唯一「おっ!?」と思ったのが、フィンがライトセーバーを使った場面でした。ライトセーバーはジェダイのための特別な武器として認識されており、従前シリーズでジェダイ以外がライトセーバーを使ったのは『EP5/帝国の逆襲』(1980年)のハン・ソロのみでした。その場面にしても、ハンは寒さで気を失ったルークを助けるための道具として利用したに過ぎず、実戦での使用だったわけではありません。

そこに来てフィンですが、カイロ・レンとの戦闘においてライトセーバーを振るい、ジェダイやシスに関係しない人物として実戦でライトセーバーを使った初の人物となりました。加えて、ジェダイとシスの両方から稽古を付けられたフォース界のエリート中のエリートであるレンに一撃を与えることにも成功しており、このフィンの活躍からはフォースの民主化路線をかなり強く感じました。

民主化路線を突き詰めた『EP8/最後のジェダイ』

続く『EP8/最後のジェダイ』(2017年)では、この路線が極限にまで突き詰められました。本トリロジーの主人公であるレイの出自はEP7の時点では不明であり、『EP4/新たなる希望』(1977年)のルークがそうだったように、何らかの事情で辺境の星に隠されたスカイウォーカーの落とし子であるかのような含みも持たせていたのですが、EP8において何者でもないただの捨て子であったことが明かされます。

それどころか、レイ自身も自分が何者でもないことを知っていたが、両親に捨てられたという境遇を受け入れることがあまりに辛すぎて、両親は特別な人物で、何かどうしようもない事情があって自分をジャクーに置き去りにせざるをえなくなったのだという物語で自分を騙しながら生きてきたのだという解釈までが付加されました。このドラマは凄いと思ったと同時に、名もなき者が由緒ある血筋の者に対抗するというEP7との整合性もとれていて、このトリロジーはこの方針でいくのかと私は実に納得できました。

突如血統主義に戻った『EP9/スカイウォーカーの夜明け』

しかしEP8はファンからの評判が非常に悪く、後にライアン・ジョンソンは同作をなかったことにしてくれていいとまで言っています。このファンの反応に製作陣は焦りまくったのか、続く本作では再度レイを特殊な血筋の生まれに変更することにしました。

レイはパルパティーンの孫であるという突然の方針転換。この方針転換の悪影響は非常に大きく、前二作が目指していたゴールが最終作において突然変わったために、トリロジー全体としてのテーマが何もない、ただ戦争をして、なんやかんやあって正義の方が勝ちましたという最悪の状態を作り出しています。

また、レイの設定の後付け感も物凄いことになっています。あのパルパティーンに身内がいたなんて描写はシリーズ中のどこにもなかったし、彼女がシスの血を引いているのであれば、どこかしらに彼女のダークサイドを匂わせる描写を入れておく必要があったと思います。しかし、EP7、EP8におけるレイは不遇に負けず頑張る人でしかなく、どこにも伏線がない状態でドンデン返しだけをかまされても驚きよりも不自然さの方が勝ってしまいます。

方向転換を繰り返すまとまりのない物語

首尾一貫性のなさはトリロジー全体のみならず、本作単体でも起こっています。

レイの出すビリビリでチューバッカの乗ったスペースシップが爆発し、チューイが死んだかと思いきや、その数分後には二隻目のスペースシップにチューイが乗っていて無事だったことが判明したり、捕らえられたチューイを結構あっさりと奪還したりと、チューイを死なせたとか、捕らえられたとかというプロットがストーリー全体にまったくの影響を及ぼしていません。

ハックス将軍が抵抗軍に機密情報を流していたという件にも何らの意味もなかったし、フィンが元ストームトルーパーの脱走兵達と出会うという件も同じくでした。ファーストオーダー内部にも亀裂が走っており、悪事に嫌気がさした兵士が実は大勢いるという一連の描写はクライマックスに向けての伏線だと思っていた私としては、何の意味もないプロットにはガッカリでした。

ファイナルオーダーとの最終決戦にファーストオーダーが反乱軍の助っ人として現れるんだろうなと、内心期待していたんですけどね。ミレニアム・ファルコン号が怨敵だったスターデストロイヤーの艦隊を引き連れて戦場に現れ、スターデストロイヤーvsスターデストロイヤーの艦隊戦が始まれば胸熱だったんですが。

フォースが何でもありになりすぎている

フォースとは何ぞやに明確な定義があったわけではないのですが、ルーカスが製作していた頃には認知能力、洞察力、運動能力の拡張という範囲内に収められていて、特別ではあるが無敵ではないという丁度良い塩梅に調整されていました。

しかし、レイアが生身で宇宙遊泳をし、ルークが遠い星から自分の幻影を映してカイロ・レンとの対決をした『EP8/最後のジェダイ』からフォースの解釈がおかしくなってきたところに、そのフォース何でもあり路線が本作ではより強化されて、取り留めもないことになっています。

レイの出したシスのビリビリはスペースシップを撃ち落とすほど強力で、レイとレンは遠く離れた場所にある物質を手元に移動させるという謎のパワーを持ち、さらには『ドラゴンボールZ』のデンデの如くヒーリング機能までありと至れり尽くせり。ナメック星人は龍族タイプと戦闘タイプに分かれており、ひとつの個体にすべての能力を集めないことでストーリーが面白くなっていたのに、本作ではレイに攻めも守りもすべての機能が集約されており、もはやスーパーマン状態なので全然面白くありません。

レイの身に何か悪いことが起こったり、危機に瀕したりしたとしても、次の瞬間には何かの能力が開花してこの危機を乗り切るんだろうという妙な安心感が漂っており、実際物語はそのように推移していくので、危機また危機の連続のはずなのにまったく緊張感がありませんでした。

理解不能なパルパティーンの行動原理

今回のキーパーソンであるパルパティーンが一体何をしたのかったのかもよくわかりません。

当初はカイロ・レンに禅譲しようとしており、レンには将来的に脅威となりうるレイを始末しろと命じます。でも、怨敵スカイウォーカーの血筋であるレンを後継者にして、自分の血筋であるレイを障害と見做すという判断が理解不能です。また、それまで排除しようとしていたレイが終盤で目の前にやってくると、何の説明もなく今度はレイに禅譲しようとするし。

そもそも、なぜパルパティーンが皇帝の座を自分以外の者に継がせたがっているのかがよく分かりません。30年前にダースベイダーに裏切られたところなのに、なぜまた他人に権力を預けようとしているんだろうかと。じいさんとは言えまだまだやれそうだし、まずはファイナルオーダーを使って銀河の覇権を固めて、そこから自分の意を継げる者をじっくり育てればいいんですよ。

またシスの禅譲システムも不明です。『EP6/ジェダイの復讐』(1983年)でもルークに「わしを斬れ。丸腰じゃ」とか言って迫っており、今回もレイに同じことを要求していましたが、禅譲にあたって自分を斬らせるというシステムが毎度よく分かりません。どの回でも結局は別の形で殺されてるんだし。

レイもレイで、とりあえずパルパティーンをぶっ殺しておいて、ファイナルオーダーを手中にしたところで解散命令を出せば丸く収まったはずなのに、なぜそうしないんだろうかと見ている間中不思議で仕方ありませんでした。

そもそも、パルパティーンが生きていたという設定自体が説明不足で、クローン技術なのかシスの魔術なのか分からないがとりあえずパルパティーンが生きていたということでは、終盤におけるパルパティーンとの戦いの勝敗ラインが不明確となってしまいます。殺したって、また生き返っちゃえば仕方ありませんからね。

見せ場のクォリティは上々

と、文句ばかり書いてきましたが、世界一の映画スタジオであるディズニーの最重要プロジェクトということで、見せ場はきっちりと作り込まれていました。一緒に見に行った小学生のうちの息子は、鑑賞直後に「もう一回見たい!」と言い出すほど興奮していたので、見せ場を楽しむ映画としてはきちんと機能しています。

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