(2019年 アメリカ)
絶対に映画館で見るべき作品だと断言できるほど映像の力のある作品でしたが、とにかく面白くないので、体調の優れない時に見ると寝落ちしてしまう可能性の高い危険な作品でもあります。
あらすじ
未来の地球。サージと呼ばれる謎の電流の直撃によって人類は危機的状況に陥った。調査の結果、20年前に海王星付近で行方不明になった外宇宙観測船がサージの発生源であることが判明し、船長のクリフォード・マクブライド(トミー・リー・ジョーンズ)の関与の可能性が浮上してきた。これを受け、宇宙軍は息子のロイ・マクブライド少佐(ブラッド・ピット)を父と交信させようとする。
スタッフ
製作・脚本・監督はジェームズ・グレイ
1969年ニューヨーク出身。名門南カリフォルニア大学映画学科を1991年に卒業し、25歳の時に製作した監督デビュー作『リトル・オデッサ』(1994年)がいきなりヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞受賞という快挙を成し遂げました。カンヌ映画祭の常連であり、『裏切り者』(2000年)、『アンダーカヴァー』(2007年)、『トゥー・ラヴァーズ』(2008年)、『エヴァの告白』(2013年)と4作でパルムドールにノミネートされています(受賞は一度もなし)。また、ホアキン・フェニックスを頻繁に起用することも特徴です。
好きな映画として『若者のすべて』(1960年)、『大人は判ってくれない』(1959年)、『雨に唄えば』(1952年)、『東京物語』(1953年)、『ゴッドファーザー』(1972年)、『ゴッドファーザーPARTⅡ』(1974年)を挙げていることからも分かる通りドラマ作品をメインとする監督であり、大掛かりなVFXを駆使した作品は本作が初となります。
共同脚本は『FRINGE/フリンジ』のイーサン・グロス
その他、脚本家としてはイーサン・グロスという人物がクレジットされていますが、この人はJ・J・エイブラムス製作のテレビドラマ『FRINGE/フリンジ』(2008-2013年)の脚本を書いていた人です。ジェームズ・グレイ監督との付き合いは長いようで、『裏切り者』(2000年)、『トゥー・ラヴァーズ』(2008年)、『エヴァの告白』(2013年)、『ロスト・シティZ 失われた黄金都市』(2016年)にスペシャル・サンクスとしてクレジットされています。
作品概要
『アド・アストラ』の意味
ラテン語の“ad”は「~の方へ」を意味する前置詞で、”astra”は「天、星、星座」を意味します。すなわち”ad astra”とは「星の彼方へ」という意味となります。
この言葉の出典は古代ローマの詩人ヴェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』(紀元前29年-紀元前19年)。『アエネーイス』ではトロイの王子であるアエネーアースがトロイ陥落後の放浪の末にイタリアに辿り着き、現地王の娘との婚約と、その反対勢力との戦いが描かれています。本作に主演したブラッド・ピットは、ウォルフガング・ペーターゼン監督の『トロイ』(2004年)でトロイを滅ぼすアキレス役を演じていましたね。
トロイ(2004年)【7点/10点満点中_中間管理職の悲劇が裏テーマの現代風史劇】
モチーフはジョゼフ・コンラッド著『闇の奥』(1899年)
ジョゼフ・コンラッドは1857年にロシア帝国占領下のポーランドに生まれ、17歳で船乗りになって世界中を旅し、後にその経験を活かして数々の小説を書いた人物です。そして『闇の奥』(1899年)は、彼の代表作とされています。その概要は以下の通り。
主人公はマーロウという船乗りであり、物語は彼の回想として語られます。マーロウは象牙取引会社に雇われ、ジャングルの奥地の駐在員カーツに会うためにコンゴ川を蒸気船で遡りました。カーツは会社の幹部になるだろうといわれるほど優秀な人物でしたが、原住民から神のように崇められ、彼らを率いて見境なく近隣の村を襲って象牙を強奪するようになっていました。マーロウは原住民の襲撃に遭いながらもカーツの元に到達しましたが、彼は野生のジャングルで自分の心の闇を見つめすぎて精神を病んだ状態にあったのでした。マーロウはカーツを担架で運び出して船に乗せましたが、カーツは「The horror! The horror! (恐怖だ!、恐怖だ!)とつぶやいて息を引き取りました。
- 優秀な人間が職務中におかしくなって僻地に立てこもった
- 組織の命令で彼を追う者が主人公
- 足跡を辿る中で、追う者も狂気に飲まれそうになる
これが『闇の奥』の特徴なのですが、ここに親子関係というファクターを加え、舞台を宇宙に置き換えてスケールアップをしたのが本作となります。
舞台は海王星
海王星とは太陽系第8惑星で、太陽系のもっとも外側を公転しています。直系は太陽系内で4番目、質量は3番目で、地球の17倍の質量を持つ大きな惑星です。ただし、土星や木星のような圧倒的な特徴を持つ惑星と比較するとSF映画の舞台にされることは少なく、本作以外で海王星を舞台にした作品は、ポール・W・S・アンダーソン監督(通称・ダメな方のポール・アンダーソン)のSFホラー『イベント・ホライゾン』(1998年)くらいだったと思います。
あちらもまた、外宇宙探査に出たっきり行方不明になっていた宇宙船が発見され、地球からその実態を調査しに行くという、本作とよく似た概要でしたね。ポール・W・S・アンダーソンらしいサービス精神に溢れていて、なかなか楽しめるSF映画でした。
感想
絶対に映画館で見るべき映像美
私はIMAXで鑑賞したのですが、映画館で鑑賞されることを強くおすすめしたくなるほど、スクリーンを意識した場面の多い作品でした。
例えば冒頭。『機動戦士ガンダム00』の軌道エレベーターの如く地面から大気圏外に向けて突き出た巨大な国際宇宙アンテナがサージの直撃を受けて爆発し、作業中のロイが落下するという大アクションの凄まじいテンションと、圧倒的なスペクタクルには目を見張るものがありました。また、月面でのカーチェイスという前代未聞の見せ場も準備しているのですが、これが宇宙の『マッドマックス』と言えるほど激しいもので見応え十分でした。
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加えて、地球、月、火星、海王星と4つの舞台の特徴をセリフで説明するのではなく、目で見せるという姿勢を徹底しており、何気ない場面であっても映像的にはかなりこだわって作られています。
宇宙規模のSFとミニマルな親子ドラマがよく絡んでいる
海王星から放たれているサージは太陽系全体を危機に陥れているが、どうもその背後には死んだと思われていた君のお父さんのクリフォードがいるようだ。そう言われたロイは、「うちの父に限ってそんなことはありえません!」と言い返すことができません。それどころか、「あいつだったらそれくらいのことやるかもなぁ」という思いすらよぎります。
トミー・リー扮するクリフォードは、史上最高の宇宙飛行士という名声とは裏腹に家庭人としては失格レベルで、妻や息子と向き合わずに生きてきて、息子のロイが16歳の時に、二度と戻ってこない可能性の高い外宇宙探査業務に名乗りを上げて家を出て行ってしまいました。他の人々からは英雄的な行動なのかもしれませんが、ブラピ扮するロイにとっては好きなことをしたくて家庭を捨てたようにしか感じられませんでした。
そんなロイが家を出て行った頃のクリフォードと同じ年代になった今、父親の足跡を追う。太陽系を救うという巨大なミッションと、クリフォードとロイの親子の物語が密接に関連付けられた見事なドラマだったと思います。
※注意!ここからネタバレします。
ドラマの着地点も良い
ようやく海王星に辿り着いたロイが見たものは、相変わらず仕事熱心なクリフォードの姿でした。彼は狂ったのでも何でもなく、むしろ狂ったのは部下達であり、クリフォードはそれを止める側でした。
20年以上に渡って地球外生命の痕跡の観測というミッションを継続している父の姿を見て、ロイには二つの感情が去来しました。一つ目は、父が正常でいてくれてよかったという安心感。二つ目は、仕事に対してここまで熱心な人が、なぜ母や自分に対してはまったくの無関心でいられるのだろうかという絶望感。
父の人格への否定が自分の人格への疑念にも繋がっており、それが原因で人間味が欠落していたロイは、クリフォードとの再会によって自己の人格への肯定感を取り戻しました。それと同時に、仕事にばかりのめり込んで人間への関心を失ったことが父の最大の失敗だったことを知り、自分は同じ轍を踏まないようにと真っ当な人生を送る決意もしました。本作は宇宙規模のスケールを持ちながらも、ロイの再生の物語として幕を閉じます。この着地点も良かったと思います。
ただし、まったく面白くないことが難点
以上、見せ場も作品に込められたドラマも良かったのですが、娯楽性を廃した淡々とした語り口のために、まったく面白くなかったことが大問題でした。何度寝落ちしかけたことか。
監督は『2001年宇宙の旅』(1968年)にも影響されており、そのドライな語り口を引き継いだものと思われますが、あの映画は完璧な映像のみでも商品になった1968年だからこその作品でした。一方、『ゼロ・グラビティ』(2013年)や『インターステラー』(2014年)のような科学考証と娯楽性を両立したハイレベルな作品がすでに存在しているこのご時世に、娯楽性を完全に切り捨てたSFをやられても、ちょっとしんどいものがありました。
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