たぬきがいた_良い人達が作った良い映画【7点/10点満点中】(ネタバレあり・感想。解説)

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青春もの

(2013年 日本)
映画会社が関与しない自主製作映画であり、多摩市民の草の根的な協力で完成にまで漕ぎつけたというみんなの映画。非常に限られたリソースで製作されているためにうまくいっていない部分もあるものの、良い人達が作った良い映画という雰囲気には親近感を覚えるし、ある仕掛けが組み込まれていて最後にはビシっとオチが決まるので、鑑賞後の満足感は得られます。

あらすじ

山梨県に住む少年 小川琢磨(伊藤ひなた)は、祖母の死を受け止められずにいた。そんな息子を心配した父 春夫(仁科貴)の提案で一家は多摩ニュータウンへと引っ越し、琢磨は同じ団地の独居老人(吉村実子)との関わり合いを持つようになる。室内に大きなたぬきの置物があったことから琢磨は老人をたぬき姫と呼ぶようになり、孤独を抱える者同士の交流は深まっていくのだった。

スタッフ・キャスト

榊祐人監督の長編デビュー作

1984年生まれ。大学卒業後、清水崇や安里麻里ら多くの映画人を輩出している映画美学校フィクションコースへと進み、短編映画『通り雨』を監督。

その後は事業目的での映像製作者となりましたが、映画を製作したいという思いから2012年に本作『たぬきがいた』の企画を立ち上げ、脚本と編集も兼任して完成へと導きました。

往年の名女優 吉村実子が出演

1943年東京都出身。17歳の時に今村昌平監督にスカウトされて『豚と軍艦』(1961年)でデビュー。同じく今村昌平監督の『にっぽん昆虫記』(1963年)を経て、新藤兼人監督の『鬼婆』(1964年)でブルーリボン賞助演女優賞を受賞。

近年では高橋伴明監督の『BOX 袴田事件 命とは』(2010年)、白石和彌監督の『凶悪』(2013年)などに出演。特に『凶悪』では山田孝之扮する主人公の実母にして認知症患者という重要な役柄を演じています。

Snow Manのラウールが子役時代に出演

2003年東京都出身。ベネズエラ人の父と日本人の母の間に生まれ、少年期にはダンスチームに所属。2015年にジャニーズ事務所に入所し、ジャニーズJr.内のユニット「少年忍者」で活動した後、2019年1月にSnow Manに加入しました。同グループの最年少メンバーとなります。

現在はジャニーズ一とも言われる高身長であり、2020年8月号より『MEN’S NON-NO』でレギュラーモデルを務めています。

本作には村上 真都 ラウール名義で出演。

北野武監督作品の常連 仁科 貴が出演

1970年京都府出身。父は俳優の川谷拓三。

1993年に俳優デビューし、NHKの連続テレビ小説『オードリー』(2000年)などにも出演。北野武監督作品の常連であり、『BROTHER』(2001年)、『TAKESHIS’』(2005年)、『監督・ばんざい!』(2007年)、『アキレスと亀』(2008年)などに出演しています。

作品概要

多摩市民の応援により製作された自主映画

監督・脚本・編集を務めた榊祐人氏は映画作りの技術を持っている一方で、映画会社等に所属はしていないため、本作は完全な自主映画として製作されました。

加えて、自治体が主体となって製作される映画でもないためパブリックセクターからの支援もなく、企画に賛同した市民の協力が製作の原動力でした。

人材を集める、製作環境を整えるということをゼロからやらねばならない大変なプロジェクトだったようですが、市民の草の根的な協力のみによって完成した本作は、究極の地域PR映画だと言えます。

登場人物

  • 小川琢磨(伊藤ひなた):主人公の少年。山梨県で生まれ育ったが、祖母の死と父の仕事の不調が重なったことから、家族で多摩ニュータウンに引っ越した。訛りを気にして自己アピールをしなかったことから転校当初はクラスに馴染めずにいたが、その後に中島と接近し、行動を共にするようになる。
  • 中島晃(村上真都ラウール):琢磨のクラスメイト。ユウタ、マコトの3人組のリーダー的存在であり、転校してきた琢磨を冷やかすなどしていたが、カツアゲに遭っている琢磨を助けたことで和解し、都会のタヌキへの関心が接点となって親友になる。
  • たぬき姫(吉村実子):琢磨と同じ団地に住む独居老人。何年も家に引きこもり、肉親との連絡もとっていない。足が悪いために電灯を交換できず困っていたところを琢磨に助けを求め、二人の交流が始まる。自宅に大きなたぬきの置物があったことから、琢磨から「たぬき姫」と呼ばれるようになる。
  • 小川春夫(仁科貴):琢磨の父。祖母の死で落ち込む琢磨を心配し、その面影の残る山梨の自宅から多摩ニュータウンへの転居を突然思い付き、実行に移す。

感想

作品全体に溢れる温かみ

上記「作品概要」にある通り本作は手作りの作品であり、作品に込められた大勢の人たちの思いを反映するかのような温かみが全編に溢れています。

舞台となるのは実在するその場所だし、登場するのも土地の人たちばかり。子役たちが演技に慣れていないことは画面越しにも伝わってくるのですが、そのことが子役特有のテンプレ的な演技から外れるという良い効果をもたらしており、監督は彼らの自然な良い表情を切り取ることに成功しています。

特に目を引いたのが主人公 小川琢磨役の伊藤ひなたであり、感情表現が豊かではないという難しい役を自然にこなしているし、そのうち自然と仲間に打ち解けて積極的な性格に変わっていくという成長も表現できています。

作風面でも同じくで、「良い人が作った良い映画」というオーラで全般が覆われており、悪い人の出てこないポジティブなドラマは見ていて心が温かくなりました。

監督の得意・不得意がはっきりと出ている

処女作にはその監督のすべてが出るとも言われていますが、本作もまさにそう。榊監督の得意・不得意がはっきりと出ています。

まず良かったのが琢磨の両親の描写。冗談を言いながらも子供の様子をちゃんと見ている両親像は簡潔ながらもよく出来ています。

特にあのお母さん。琢磨がどうも学校でうまくいっていない様子が伝わってきて、二人の間で気まずい空気が漂うのですが、その直後にちょっと冗談を入れて深刻にしすぎないという些細な配慮の仕方などは、実に良かったです。

また琢磨を始めとした男児の描写も全般的にうまくいっていました。

おとなしい琢磨、ルックスが良くスポーツもできるリーダータイプの中島、メガネで小太りのユウタ、ひょうきんもののマコトというキャラクター構成は王道ならではの安定感があったし、演技面ではそこら辺にいる男の子の日常を切り取ったようなリアリティがありました。

他方で、女児の演出には苦戦しているように感じました。映画やドラマで見る女の子像を当てはめようとしていて、その結果、素人っぽい演技が足を引っ張っているという。

またファンタジックな描写が3箇所あるのですが、3箇所すべてうまくいっていませんでした。特殊メイクやVFXを用いることができなかったというリソースの問題に加えて、監督は写実的な描写こそを得意としており、ファンタジーは未開発の部分だったのかなと思います。

話の展開のさせ方がぎこちない

物語は、琢磨がたぬき姫と関わり合いを持つようになることと、それまでいじめっ子側だった中島との友情が芽生えるという二つの転換点があるのですが、どちらも不自然だったために、話の流れが悪くなっていました。

まず前者ですが、足が悪くて部屋の電灯を変えられないたぬき姫が懐中電灯でSOS信号を送り、それに気づいた琢磨がたぬき姫の部屋に行くことが二人の交流のきっかけとなるのですが、大人でも知らないSOS信号を小学生が理解できたということは非現実的だったし、その意味に気付くことができたにしても、内向的な琢磨が一人でその部屋に行ってみるという積極性の発揮の仕方にも疑問が湧きました。

例えば足の悪いたぬき姫が電灯を変えようとして転倒し、普通ではない物音を聞いた琢磨が部屋に駆けつけるみたいな、登場人物がそうせざるをえないシチュエーションを作っていればより説得力が出たと思います。

琢磨と中島との接点も同じくで、琢磨がヤンキー3人組のカツアゲに遭い、それを中島が助けたことが二人の和解イベントとなるのですが、そもそも小学生を全力で襲うヤンキーっていないので、これもまた現実味のない一幕となっています。

琢磨より1学年上のガキ大将タイプに難癖つけられたくらいの方が違和感なかったはずです。

また、たぬき姫・琢磨・中島はたぬきというキーワードで結ばれ、特に琢磨と中島は都会でたぬきを探しているという共通の目的から結びついたのだから、たぬきの捜索活動がメインプロットになるべきだろうと思うのですが、これがあまり深掘りされていないので、映画全体に推進力が欠ける原因となっています。

※注意!ここからネタバレします。

作品全体の締めが決まっている

そんな感じで本編は長所と短所が両方詰まっているような状態でしたが、ラストの締めが非常に素晴らしかったので、全体としては成功した映画になっています。

突然訪れるたぬき姫の死と、ついに目撃したタヌキが足を引きずり、皮膚病を患った姿だったという衝撃の与え方。全体的に温かみがあった本編との落差が効いているし、少年の成長譚を何となく良い話に終わらせず、甘いことばかりではない現実とどう向き合うのかという普遍的なテーマに昇華させられています。

また、たぬき姫が杖をついていたという描写はこのタヌキの姿に繋がっており、あの孤独な老人こそが都会のタヌキの化身だったかもしれないというファンタジー設定がここで明らかになります。この構成の妙には目を見張りました。

そして、その後に訪れる親友 中島との別れ。さりげなくも胸を締め付けられうような感覚のある素晴らしいエンディングとなっており、ロブ・ライナー監督の『スタンド・バイ・ミー』(1985年)やケヴィン・レイノルズ監督の『ファンダンゴ』(1985年)なども想起させられるような読後感がありました。

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