(2015年 アメリカ
リア充の薄っぺらさに対する非リアからの批判というテーマの選び方、リア充のどこが薄っぺらなのかをネチネチと指摘するような一連の描写は興味深かったのですが、作品全体がそこまで楽しくはなっていませんでした。もうちょっとテンポを落とし、コメディ要素を減らしてドラマ要素を増やせば、より見やすい作品になったのかもしれません。
あらすじ
大学生のトレイシーは、母の再婚相手の娘であり、再婚後には自分の姉になるブルックに会う。29歳のブルックはNYの夜の街の人気者で、トレイシーは華やかな世界に生きるブルックに魅了される。そんな中、ブルックが計画中だったレストラン出店に係る出資が打ち切られた。新たな出資を求め、ブルックとトレイシーは過去に因縁を抱えたメイミー=クレアの元を訪ねる。
感想
非リアによるリア充観察記
本作の主人公は女子大学生トレイシー。彼女はNYの大学にイマイチ馴染めないし、希望するサークルには入れないし、ちょっとイイ感じになりそうだった男友達はルームメイトと付き合い始めるしと、非リアの極致を行っています。
彼女の母親が再婚することになったのですが、再婚相手の娘さんがNYに住んでいて、近くあなたのお姉さんになる人だから会っておきなさいと言われます。
そのお姉さんとはグレタ・ガーウィグ扮するブルック。29歳のリア充で、ライブ会場に行けばVIP席に通され、バンドとの打ち上げにも参加。片手間でおしゃれなトレーニングジムのインストラクターをやったり、都心のアパートに住んでいたりと、光り輝くリア充の世界の住人です。
本作は一種の異文化交流ものなのですが、今まで交わってこなかった非リアとリアが、家族になるからとの理由から接点を持つという設定は非常に合理的です。
非リアにとってリア充とは謎の生態を持つ生き物です。私の友人にもリア充がいるのですが(私は当然非リア)、勤務地・青山でおしゃれな仕事をして、仕事が終わるとフットサルチームでプレイ。SNSでの「いいね」の数が凄いし、誕生日となると何十人もの人が集まって大パーティ。
連休ができるとすぐに旅行に出かけるのですが、行き先が瀬戸内海の〇〇島みたいな普通の観光地ではない場所で、そこでカフェを経営している友達がいるので会いに行くと言って、近所のスタバにでも行くかのような感覚で出掛けていきます。
彼女のバイタリティやコミュ力はまったくの謎です。どうしてそんなに動き回る元気があるのか、行く先々で知らない人と話したくなるという欲求はどこからくるのか、私にはさっぱり理解できません。
本作も同じくで、リア充のお姉さんブルックを見たトレイシーは、憧れと同時に好奇心を抱き、彼女にくっついてみることにします。
すぐに剥がれたリア充のメッキ
ブルックは絶え間なくしゃべり、しかもその内容の大半は自分語りなのですが、
- 若い子に人気のTシャツブランドの原案を考えたのは自分
- 金持ちの彼氏と付き合ってたけど、親友に奪われた
- 現在はギリシャ人と付き合っている
- レストランを立ち上げるつもりでいる
- 『ミストレス・アメリカ』というテレビドラマの企画を考えている
と、「ほんまかいな?」と言いたくなるような内容ばかりなので、一瞬虚言癖のある人なのかなと思います。
その後の展開で『ミストレス・アメリカ』以外にはちゃんと裏付けがあることが分かるのですが、実体はすべてにおいて中途半端。活動量は凄いのでいろんなところにいっちょ噛みはしてるけど、そのどれもじっくり温めていないのですべてを逃しているのです。
そして、ブルックは金欠状態であることも分かります。これだけせわしなく遊び回っていれば当然なのですが、問題は29歳というまぁまぁの年齢なのに地に足が付いていないばかりか、「このままじゃいけない」という感覚も持っていないことです。
ブルックは同じくグレタ・ガーウィグが演じた『フランシス・ハ』(2012年)の主人公フランシスと同種の人間なのですが、過剰な自意識、「これをやってる自分が好き」みたいなイヤらしさが付加されています。
リア充の事業計画
現在のブルックがご執心なのはレストラン開業で、物件や食器は押さえた状態にあるのに、出資を打ち切られてピンチとなります。そこでブルックは、かつて親友に奪われた金持ちの元カレ ディランに出資を依頼しにいきます。
その際のプレゼンが噴飯もので、「じゃあ計画を聞かせて」と言われるとちゃんと説明することができず、彼女にはまったくビジョンがなかったことが分かります。
同行したトレイシーが見かねて助け舟を出したことで何とかプレゼンが始まるのですが、ブルックの口から出てくるのは「レストラン経営者になった私の人生」であって、どんなレストランを作るのか、対象顧客は誰なのか、どうやって収益を上げるのかという事業計画はまったくありません。レストランの話なのに、メニューのアイデアすらひとつも出てこないほどの有様なのです。
リア充の頭にあるのは自分だけ。夢見ているのは「〇〇をやっている自分」であって、その対象物への思い入れもなければ、事業として成立させるための地味で面倒な部分のことなんて考えてもいません。
レストラン開業の件ではスタブロスというギリシャ人の彼氏が事業なりさせるための面倒な部分を引き受けてくれていて、そのおかげである程度は話が進んでいたようなのですが、スタブロスと別れたことで事業は推進力を失いました。
そしてブルックは、そんな縁の下の力持ちの努力には目もくれていなかったようです。
投資家のリアルな反応
ブルックの酷いプレゼンにも関わらず、これを聞かされた金持ちのディランは「いいね!素晴らしい!」と言います。
しかし出資の話となると途端にシブくなり、「開業後には今回の5倍の金が必要になったと言いに来るに決まっている」「そもそも儲けるつもりのない事業に金は出せない」と、実に現実的なことを言い始めます。
仕事柄、私も個人投資家の類を相手にすることがあるのですが、本当にディランみたいな感じです。
彼らは事業内容そのものにはケチをつけません。金持ち喧嘩せずを地で行っているのか、夢や思いの部分を否定してしまうとしつこく食らいつかれて面倒くさいことが分かっているので、そこにはリスペクトがあるふりをするわけです。
わざわざ有益なアドバイスを与えてやる義理もないわけだし。
しかし金が絡む部分になると「収支計画が甘い」「本当に稼げるとは思えない」と手厳しいことを言ってきます。往々にして、個人投資家に出資を求めに来るような事業主は思いばかりが先行していて、収支なんて後から付いてくるものくらいに考えているので、そこだけはムカつくのでしょう。
俺の金を一体何だと思ってるんだと。
このディランについては、ノア・バームバックが相手にしてきた映画の出資者達の姿が反映されているのかなとも思います。「そもそも儲けるつもりのない事業に金は出せない」という話なんて、まさにバームバックの映画のことですからね。
彼の映画で興行収入が製作費を上回ったのは『イカとクジラ』(2005年)くらいで、他はすべて赤字です。あなたは芸術的に意義のある映画を作っていて、高い評価を得ているのだろうけど、客が入らないんじゃ投資価値ないよねということを何百回も言われてきたのだろうと思います。
バームバックの自戒
また、ブルックを慕って付いてきているようでいて、実は相当前の段階から冷めた好奇心で眺めていたというトレイシーにも、バームバック自身が投影されているように思います。
トレイシーの心がブルックから離れたのは、ブルックの元同級生が昔のイジメを謝罪しろと言ってきたくだりからだろうと思います。元いじめられっ子からの要求に対し、ブルックは「あんなことは遊びのうちだ」と言って取り付く島もない対応をします。
しかしこのやりとりを眺めるトレイシーはいじめられっ子側の人間であり、学園の支配者様達(ミストレス)はさっきブルックが口走ったような理屈で自分をイジメていたということを理解します。
そこからトレイシーは興味深い取材対象としてブルックを眺めるようになり、彼女に対して批判的なエッセイに一部始終をまとめ始めます。多分これってバームバック自身もやっていることですよね。
バームバックは自分の人生に根差した作品をよく製作し、しかも主人公は偏屈だったり精神疾患を抱えていたりします。おそらくバームバックは自分の周囲の嫌いな人間を観察し、その人を想定してフィクションを組み立てているんですが、当事者が完成した映画を見れば、当然自分のことだと分かります。
エッセイの存在が発覚したトレイシーはその場に居た全員から批判されるのですが、それはバームバックの自戒の念が込められた展開だったのかもしれません。
ドタバタ劇はさほど面白くない
全体的にはドタバタ劇として作られており、登場人物は過剰に落ち込んだりしないし、人生の真理を突き付けられたりもしません。ただしこのドタバタがバームバックらしいテンポではなく、無理して作っているような感覚を覚えました。その結果、作り手が意図したほど楽しくはなっていません。
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