パワー・オブ・ザ・ドッグ_良い映画だが面白くはない【6点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

スポンサーリンク
スポンサーリンク
中世・近代
中世・近代

(2021年 英・豪・米・加・新)
西部劇でありながらも現代にも繋がる問題提起や、猛烈な伏線回収が始まる終盤など、テーマ設定も構成も優れた作品でした。ただし面白さは相当犠牲にされているので、直感的に「好き!」とはなりませんでした。

感想

文学的な余白の多い作品

この映画にははっきりと説明されることが何一つなく、良く言えば格式の高い、悪く言えばとっつきにくい作品であると言えます。

各自がどんな人生経験を経て今に至っているのかは断片から推測していくしかなく、小さな家庭における愛憎物語というさほど難しくないストーリーであるにもかかわらず、理解は極めて困難。

加えて、主人公フィル(ベネディクト・カンバーバッチ)の師匠筋に当たるブロンコ・ヘンリーや、数年前に自殺したローズ(キルスティン・ダンスト)の夫など、画面には一切映らない故人がキャラクターの人生観に大きな影響を与えたりもしているので、言葉の端々から情報を拾い上げる必要があります。

また正体を偽らざるを得なかった者の物語でもあるため、登場人物達の言動が必ずしも真意を表していないという難しさもあります。

この通り、作り手が意図的に作り上げた余白を視聴者側が埋めていくタイプの作品であるため、見ていて非常に疲れました。良い映画だったんですけどね。

奇妙なタイトルの意味

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』、直訳すると「犬の力」。でも犬の映画ではありません。

まずこのタイトルが意味わからんのですが、調べてみると旧約聖書からの引用みたいですね。

神よ、遠く離れないでください。 私をお救いください。 私の魂を剣の力から、 そして私の命を犬の力から助け出してください

旧約聖書「詩篇22」

ここで言う「犬の力」とは迫害や虐待を示していると思われるのですが、では本作で一体誰が誰を迫害しているのか?

表面上は武骨なカウボーイ フィル(ベネディクト・カンバーバッチ)が、弟ジョージ(ジェシー・プレモンス)の再婚相手ローズ(キルスティン・ダンスト)とその連れ子ピーター(コディ・スミス=マクフィー)を迫害しているのですが、実はフィルもまた迫害を受けてきた者であるということが分かってきます。

正体を偽る者① フィル

ではフィルってどういう奴なの?どんな人生を送ってきたの?ということを、私の推測も込みで整理していきます。

フィルは牧場の経営者であり、武骨なカウボーイ達をまとめ上げるオラオラ系でもあります。

ただしこれを演じるのが体の線の細いベネディクト・カンバーバッジであることに違和感があったのですが、その理由は中盤にて明らかになります。

実はフィル、イェール大卒のインテリであり、元は教養溢れる文学青年だったのです。

しかしブロンコ・ヘンリーというカウボーイと出会ったことからその道に入り、今に至るオラオラ系に変身したのですが、ではなぜ文学青年が武骨なカウボーイにならざるを得なかったのかというと、性的マイノリティへの迫害をかわすことが目的だったと思われます。

実はブロンコ・ヘンリーとフィルは恋仲にあったのですが、キリスト教社会において同性愛はご法度なので、彼らはセクシュアリティを隠す必要がありました。その際に、カウボーイという職業は実に都合が良かったわけです。

『ブロークバック・マウンテン』(2006年)でも描かれた通り、カウボーイは長期間にわたって仲間と寝食を共にし、大自然の中にいるので社会の目も届かないため、怪しまれることなく一緒に過ごすことができました。

かくしてフィルは文学青年という本来の姿を捨てて武骨なカウボーイになり切ったわけですが、思いのほか早くブロンコ・ヘンリーと死別したことから、恋人と添い遂げる覚悟が宙に浮いてしまいました。

その穴を埋めていたのが弟のジョージ(ジェシー・プレモンス)で、二人は宿泊の際にも一緒のベッドで寝るなど普通ではない行動をとっていることから、恐らくフィルはジョージに自分の相手をさせているものと思われます。

そんなジョージがローズとの結婚を決めたことから、フィルはローズという異物の排除に動き出したのでしょう。

底抜けの善人 ジョージ

では弟のジョージってどういう奴なのというと、底抜けの善人です。

イェール大卒の兄フィルとは対照的に大学中退、また牧場経営者であるにも関わらず肥満体型でカウボーイらしい仕事はできず、専ら事務方に専念してきました。

知性でも体力でもフィルにかなわないジョージは兄の引き立て役であり、行き場を失った性欲の処理などにも貢献していたと思われます。

そんな感じで数十年を脇役として過ごしてきたのですが、自動車の時代に入りカウボーイが斜陽となってきたことから、事務方のジョージが経営の主軸へと移行していったものと思われます。

自宅に知事を招待するだけの人脈を持っていることからも、ジョージこそがこの事業の実質的な顔であることが伺えます。

でも気の良いジョージは居丈高に振る舞うでもなく、兄を立てて従前の関係性を維持してきたのですが、ローズと出会ったことから自分の人生を生きることに決めたわけです。

実力も実績もあるのに控えめで謙虚、まさに一点の曇りもなき善人であると言えます。

正体を偽る者② ピーター

そんなジョージの連れ子としてフィルとの関わり合いを持ち、後半における中心人物となるのが大学生のピーター(コディ・スミット=マクフィー)。一言で言うと彼はサイコパスです。

数年前に父を自殺で亡くしたピーターは父と同じ医者を目指しており、母の再婚後には医学部に通い始めます。

父の墓参りをする場面で、生け花ではなく紙で作った造花を手向ける時点で違和感があったのですが、中盤にて違和感はさらに増してきます。

夏休みにフィルとジョージの家に帰省したピーターは広大な敷地内でウサギを捕まえ、のどかな昼下がりに自室で解剖。「外科医になるための訓練」とは言うものの、なぜこのタイミングでそれをやる必要があったのでしょうか。

そして自殺した父を発見したのはピーターだったという情報も出てくるのですが、これだけ違和感が募ってくると、ピーターが父親を自殺に見せかけて殺害した、もしくはピーターの内面を知った父が絶望して自殺したなどの可能性も疑ってしまいます。

生前の父の人となりや親子関係が分からないので、どこまで行っても推測の域を出ないのですが。

ただ物語の顛末を踏まえると、彼にサイコパス的な傾向があることは間違いなく、彼もまた正体を偽って社会との折り合いをつけている者だと言えます。

アルコールに溺れるローズ

そして、ピーターと母ローズの親子関係にも違和感があります。10代の息子との精神的な距離感が近すぎるし、場面によっては妙に遠慮しているようにも見えるし。

再婚後のローズは酒に逃げるようになり、表面上は義兄フィルとの関係性に苦慮したものとされるのですが、実は息子ピーターのサディスト的傾向をコントロールできなくなっていることへの心労もあったのではとの推測も成り立ちます。

共感が裏切られる ※ネタバレあり

この通り、人間ドラマには緊張感が張り詰めているのですが、ある時よりそれは弛緩します。

偶然にもフィルの隠れ家に入り込んだピーターは、男性の裸体満載のエロ本を発見。このエロ本は先代から連綿と引き継がれたものらしいのですが、表紙に「ブロンコ・ヘンリー」と書かれている点がちょっと笑えました。

エロ本に名前を書く持ち主ってはじめて見ましたよ。

ともかく思いがけずフィルの正体を知ってしまったピーターですが、それを誰に言うでもなく流します。するとフィルは「あれ?君も同じく本性を隠してる?」と気付き、彼への態度を軟化。

インテリであることや体の線の細さから、フィルはピーターに若い頃の自分の姿を見出し、かつてブロンコ・ヘンリーが自分を導いてくれたように、今度は自分がピーターを導こうとしているのでしょう。

それはピーターへの愛情というよりも、同じ苦しみを持つ者への共感であると思われます。

ただし、隠していると言ってもピーターが抱えているのはフィルとはまた別の事情だったので、フィルはそれまでしでかしてきた数々の加害行為への報いを受けることとなります。

この展開の壮絶さや、本編中で感じてきた違和感の正体が明かされるという伏線回収の絶妙さなど、抜群の構成力がうなっていました。

また、このラストの捉え方は人それぞれではないでしょうか。

フィルがローズにしてきたことを思うと当然の報いであると感じる人もいるだろうし、ようやく心を落ち着けられる相手を見つけたと思ったフィルが裏切られる悲劇と見る人もいるでしょう。

私は後者の印象を強く持ちました。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
記事が役立ったらクリック
スポンサーリンク

コメント