キングダム・オブ・ヘブン【9点/10点満点_深遠なテーマと圧倒的映像美】(ネタバレあり・感想・解説)

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(2005年アメリカ)
フランスの田舎の鍛冶屋・バリアンの元に、父を名乗るエルサレム王国の領主・ゴッドフリー卿がやってきた。父の領地を継ぐためバリアンはエルサレムへと向かうが、その時和平派の国王は死の床にあり、宿敵・イスラム帝国と一触即発の状態にあった。

9点/10点満点中 戦争がいかにして始まり幕引きされるのかを描いた傑作

『グラディエーター』の成功後、リドリー・スコットの元には多くの史劇の企画が持ち込まれましたが(その中にはキューブリックが断念した『ナポレオン』も含まれていた)、そんな中でスコットが選んだのが本作でした。

これが勧善懲悪の単純な構造をとっていた『グラディエーター』とは比較にならないほどの複雑な作品であり、一度見ただけでは全体の把握など困難な密度とボリュームだったことから劇場公開時には興行的にも批評的にもパっとしなかったのですが、私は何度か見ているうちに『グラディエーター』以上のお気に入りとなりました。

パレスチナ問題を扱った作品ではない

ボードワン4世とサラディンという優れたリーダー達によって保たれてきた平和が、組織の代替わりによって崩壊の危機を迎えるということが本作の骨子であり、イスラエル王国にとっては部外者でありながらこの争いの渦中の人となった主人公・バリアンが観客の視点の役割を果たしています。

この概要からは現在まで続くパレスチナ問題を扱った作品であるかのような先入観を持ってしまいがちで、実際、劇場公開時にはパレスチナ問題の文脈で本作を理解したレビューも多かったように記憶しているのですが、実際には本作にパレスチナ問題固有の論点は少なく、より大きく構えた作品であるような気がしています。

本作が描いているものとは戦争がいかにして始まり、そして幕引きされるのかという普遍的なテーマであり、その過程では単純な勧善懲悪では収まらない問題も多く発生します。そして一度戦争への流れができた時、「良い人がいる」というだけではこれを止めることができないし、また始めてしまった戦争がこちらの都合よく終わってくれることもないという、戦争の恐ろしさがこれでもかと描かれています。

高潔な選択が戦争への道を開くこともある

本作の特異な点としては、戦争に至る過程でこれを防ぐ道が存在していたという点にあります。ボードワン4世は世継ぎのいない自分の死後には、妹・シビラの夫にして主戦派であるギーが実権を握ることを懸念しており、他方でシビラとの関係が良くボードワン自身も人柄を買っているバリアンにシビラとの再婚を求めます。その婚姻によりバリアンが実権を握り、ギーら主戦派を粛清すれば再び安定が訪れるという道がボードワンより提示されるのですが、バリアンは良心に従ってこれを拒否します。ここから国際情勢は一気に悪化していくのですが、略奪婚も粛清も善しとしないバリアンの気高き選択こそが開戦の最後の一手になるという皮肉な顛末こそが、現在にまで至る国際政治の難しさを端的に示しています。大きな破局を防ぐためには、指導者には悪に手を染める覚悟も必要なのです。

なお、本作の構成の優れている点として、このバリアンの選択にはちゃんと伏線が張られているという点があげられます。はじめて謁見した際、バリアンはボードワンから倫理について説かれました。自分の為したことについて神からの裁きを受ける時に、「自分は納得していなかったが、誰かに命令されてやった」などという理屈は通用しない。だから常に自分の良心のみを頼りに行動せよと聞かされていたからこそ、バリアンは悪事に手を染めることを善しとはしなかったし、またボードワンも政治的には最悪と言えるバリアンの選択を受け入れたのです。

開戦したら最後、全力で戦いきるしか道はない

その後はじまる大戦争では、そもそも和平派のバリアンも戦いきらねばならないという覚悟を決めますが、ここに戦争というものの本質が示されています。

イスラム軍が迫る中で神父は「信仰も王国も捨てて逃げよう。生き延びた後に懺悔すれば、神もお許しくださるはずだ」という提案をしますが、バリアンはこれを拒否します。逃げる足を持つ貴族はそれでいいかもしれないが、イスラム軍に追い付かれた平民達は一体どうなるのか。戦う気概も見せずに逃げ出した王国とその国民なぞ敵からの侮り・嘲りの対象となり、容赦のない虐殺が繰り広げられるだけではないかとして、少しでも有利な条件での和平を引き出すべく徹底抗戦の決意を固めます。

本作の前半パートで丹念に描かれた通り、戦争とはある日突然起こるものではなく、長年のストレスがピークに達した時に起こるものであり、「お前らの存在自体が憎い」といきり立っている敵の軍勢がどこまでやってくるのかを考えれば、逃げてしまえば終わりというほど戦争は甘いものではありません。たとえ負けるとしても、最後まで戦いきらねば負け以上の酷い結末が待っているのです。

ディレクターズ・カット版の価値

本作のBlu-rayはディレクターズ・カット版のみのリリースとなっており、『スター・ウォーズ』や『アビス』のように劇場公開版が廃れてディレクターズ・カット版のみが後世に残されそうなので(なので、Blu-rayを買ったとしても劇場公開版のDVDは捨てられませんよ!)、こちらのバージョンについてもレビューしておきます。

ディレクターズ・カット版は劇場公開版と比較して50分も長いのですが、このバージョンで復活した場面の大半は人物描写に関わるものでした。まずバリアンが国を出るきっかけとなった神父との対立がより克明になり、またバリアンがなぜ戦術に精通しているのかの説明描写も加わりました。さらに、ゴッドフリー家の内情の説明も加わりました。ヨーロッパにいるゴッドフリーの兄は、世継ぎのない弟が死ねばイスラエルの領地も手に入ることを期待していたのですが、バリアンに相続されるとその目論見が外れてしまう。この場面の追加によってバリアンの引き渡しを巡る前半の戦闘の理由がようやく明らかになりました。

そして最大の違いが、劇場公開版では全カットされていたシビラの息子・ボードワン5世絡みのエピソードが復活したことであり、これによってシビラとギーの関係がうまくいっていないこと、ギーの人格が曲がってしまったこと、シビラがバリアンとの刹那的な関係を求めたこと、イスラエル王国が終始暗い雰囲気にあることの説明が付きました。

この通り、本作は『アビス』に匹敵するほどディレクターズ・カット版と劇場公開版で情報量が違う作品であり、ディレクターズ・カット版の方が圧倒的に優れていると言えます。実は本作のファーストカットは4時間以上もあり、尺が半分近くに詰められたバージョンが劇場公開されました。リドリー・スコット作品の編集はピエトロ・スカリアのチームが担当する場合が多いのですが、本作では例外的に『メメント』のドディ・ドーンのチームが担当しています。ピエトロ・スカリアのチームにいる横山智佐子氏のインタビューによると、ドーンは映画会社との軋轢を避ける人物であり、上映時間を短縮したいという会社側の意向に従って編集作業を進めた結果、必要な情報が欠落した劇場公開版が作られるに至ったのだとか。

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