コンドル_現在の目で見るとしんどい【4点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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(1975年 アメリカ)
CIA分析官のターナーは謎の殺し屋に職場の同僚を殺され、自身は命からがら脱出した。CIA本部に助けを求めたところ合流地点でも銃撃を受け、孤立無援の中で真相を暴こうと奔走する。

4点/10点満点中 当時は面白かったんでしょうね。

『ミッション:インポッシブル』のプロトタイプ

チームを全滅させられた上で、巨大組織から切り離された主人公。組織内は一枚岩ではなく、主人公を犯人だと誤解して追いかけてくるセクションと、黒幕が別々に存在しているという構図。こうした本作の概要は1996年の『ミッション:インポッシブル』にそっくりそのまま引き継がれており、スパイものの一つの型を作り上げた作品が本作であると評価できます。

時代の経過で本来の魅力が伝わらなくなった映画

ハイテク機器を扱うイマドキ男子が、巨大組織とやり手の中年殺し屋に狙われるということが本作の骨子。

この点、古びた雑居ビルという意表を突く場所に研究所レベルの最新機器が並んでいることが世界観の重要な一部だったにも関わらず、現在の目で見ると機械が大きな音を出しながら動いている様がレトロ感全開で本来の意図とは正反対の印象を受けました。

加えて、後世においてロバート・レッドフォードのパブリックイメージにもすっかり貫禄がついてしまったので、観客側の視点にフィルターがかかってしまい、主人公をイマドキ男子として見ることもできなくなっています。ロバート・デ・ニーロ、メリル・ストリープ、クリストファー・ウォーケンがどうやっても田舎の平凡な若者に見えなくなって、作品の本来的な意図が伝わりづらくなった『ディア・ハンター』みたいな感じですね。

この通り、今となっては制作当時の空気で鑑賞することがほぼ不可能な作品なので、リアルタイムに近い時期に見た人と、現在の視点で見た人とでは、感想がかなり異なるように思います。私はリアルタイムで見ていないので、残念ながら作品の魅力は伝わってきませんでした。

主人公の人物設定が中途半端

ロバート・レッドフォード扮するターナーはCIA分析官ではあるものの、現場仕事をするわけではなく世界各国の書籍の分析を行っています。中でもコミックを好むという点がターナーの特徴であり、今でいう文科系のオタク男子ということになります。また、職場に遅刻して来たり、上司に対してタメ口を聞いたり、その通路は使うなと言われても決まりを守らなかったりと(そのおかげで彼は襲撃から逃れたのですが)、自由奔放な若者という設定も加わっているのですが、この人物設定がさほど煮詰められていません。

逃走後の彼の武器となるのは射撃や格闘スキルで、ジェームズ・ボンドの如く女にもモテる。これではオタクを主人公にしたことの意義はほぼ没却しているし、若者ならではのメンタリティが活かされる場面もありません。そこから敷衍して、巨大組織vs個人、若者vs大人、プロフェッショナルvsアマチュアといった作品中の対立軸がすべて機能不全を起こしています。

こうした不備にもおそらくは時代背景が影響していて、当時の映画作りの限界として、どうしても主人公を一般的なヒーロー像に近づける必要があったんだろうと思います。あまりに奇抜なキャラ設定にしてしまうと、当時の観客は何が起こっているのかを理解できなかったのでしょう。

CIA内部の動きがやたら複雑

あと、CIAの内部構造が非常に複雑で、何となく見ていると確実に置いて行かれるという情報整理の不完全さも気になりました。しかも、この複雑さが物語の面白さに貢献しているようにも見えず、なぜもっとシンプルにしなかったんだろうかと思います。

所属 肩書 名前 行動
NY支局 支局長ヒギンズ ターナーの上司。陰謀には関与していないのだが、惨劇後には本部の偉い人達に事情説明をさせられたり、ターナーに銃を突きつけられて誘拐されたりと、いろいろと大変な目に遭った。
作戦部 部長 ウォバッシュ 偉い人。ただし現場にも陰謀にも関与しておらず、ただ存在しているだけという空気みたいな存在。
作戦部 副部長 アトウッド 陰謀の黒幕。上司のウォバッシュも知らない極秘計画を中東で進めようとしていたが、偶然にもターナーのレポートがその内容を言い当てていたことから、フリーの殺し屋・ジュベールを雇ってレポートに関係した人間を殺し回っていた。 最終的に、使っていたはずのジュベールに殺される。
情報部 部員 ウィックス ヒギンズの命を受けてサムと共にターナーを回収に行くが、実はアトウッドの手先。約束の場所に現れたターナーを殺そうとする。しかしターナー殺害に失敗したばかりか反撃を受けて負傷した上、入院中の病院でジュベールに殺されるという良いとこなしの人間。演じているのはマイケル・ケインという役者さんですが、ハリー・パーマーとは別人。
所属不明 部員 サム ターナーの友人。殺し損ねたターナーをおびき寄せるための餌に利用された後に、一部始終を見てしまったのでウィックスに殺された。さらに奥さんはターナーに惚れている様子で、いろんな意味で気の毒な人。
フリー 殺し屋 ジュベール 惨劇の実行犯。その後にもしばらくはターナーを追っていたが、終盤では当初の雇い主であるアトウッドとウィックスを殺害し、ターナーを逃がした。

終盤のジュベールの雇い主は誰だったのか?

元々ジュベールはアトウッドに雇われて動いていたのですが、終盤でターナー・アトウッド・ジュベールの3人になった際に、彼は雇い主だったはずのアトウッドを殺してターナーを逃がしました。ただし、ここでのジュベールの翻意の理由が劇中では明確にされていないので、彼の新しい雇い主は誰だったのかについて、私なりに考察してみました。

NY支局長ヒギンズ

元は陰謀を知らなかったものの、部下であるターナーの活動によってCIA内部には影の組織があることに気付き、CIA本体と部下のターナーを守るためにジュベールに手を回したと考えられます。映画はターナーとヒギンズの会話で締められることから、彼が積極的関与者に転じたという結末は構成上もしっくり来ます。

CIA本体

組織内部で本流とは異なる活動をしている部隊の存在をヒギンズからの報告によって知るところとなり、影の組織の掃討に動き始めたと考えられます。目下のターゲットは影の組織なので、意図せず関与してしまったターナーの処遇はいったん保留ということにしたと考えると、アトウッドを殺してターナーを生かしたことにも筋が通ります。

アトウッドが使っているのはジュベールであることを突き止めて、短時間でこちら陣営に引き入れるという高度な芸当ができるのは、CIA本体という強力な組織力あってこそではないでしょうか。

作戦部長ウォバッシュ

アトウッドの表面上の上司。部下が本体の指揮に属していないことを知り、その不始末の清算を始めたと考えられます。ただし、それまで空気同然の存在だったウォバッシュがここに来て前面に出てくるという展開は、映画の構成上不自然かなという気はしますが。

影の組織

標的の始末に失敗したウィックスをまず処分し、正体を突き止められたアトウッドも始末することで、組織の秘密を守ったと考えられます。ただしターナーを殺さなかった理由を説明できないので、この説にはちょっと無理がありますが。

ジュベールの独断

ターナーを追っていたジュベールが一転して友好的になり、頭脳も行動力もあるターナーを殺し屋稼業にスカウトした点を見ると、仮面が剥がされるのは時間の問題だったアトウッドに付いていても後先がなく、それどころかとばっちりを受ける可能性すらあったので、アトウッドとウィックスを殺すことでCIAに対して最低限の義理立てをした上で、将来性あるターナーの方を選択したと考えられます。

まだまだ青臭いターナーにオファーは断られたものの、裏稼業の醜さをもっともっと知れば、いつかターナーはこちらにやってくるはずという算段があるのかもしれません。ターナーの暴露記事が掲載されるかどうかという結末部分とも整合するオチだと思います。

含みを持たせたクライマックスのみ良かった

ラスト。ヒギンズから組織に戻ってくるよう言われたターナーは、今回の件は新聞社に持ち込み済みと意表を突くことを言います。これに対してヒギンズは、どこからか圧力がかかって掲載などされないよと返しますが、ターナーはジャーナリズムを信じると言います。結局、暴露記事が世に出たかどうかは明かされず、その後にターナーがどうなるのかは観客の想像に委ねられるのですが、こうした含みを持たせたオチは良いですね。鑑賞後にもいろいろと考える楽しみが残ります。

私は、記事は掲載されなかったと思います。この世の中、正義漢一人の声は通らないものですから。そこからターナーは現実主義者になり、数十年後の『スパイ・ゲーム』に繋がっていくものと考えると、映画をつなげて観る楽しみにもなります。

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エージェント・殺し屋
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