(2003年 アメリカ)
特殊部隊の訓練も請け負っているトラッキングと格闘術のプロ・L.T.は、FBIより連続殺人事件の犯人逮捕の協力依頼を受けるが、その犯人は元教え子のハラムだった。L.T.とFBIはハラムを逮捕するが、司法長官の指示書を携えた軍関係者がハラムの身柄引き渡しを要求してくる。
7点/10点満点中 表面的な面白さがあり、解釈を要求する奥行もあるアクションドラマ
『ランボー』のリブートになりかけた企画
精神のバランスを失った元特殊部隊員と、その暴走を止めようとする元教官という構図からは、『ランボー』第一作目のジョン・ランボーとトラウトマン大佐の関係を想起させられました。ハリウッドのプロデューサー達も同じことを感じたらしく、一時期、本作は『ランボー』のリブート企画にされようとしていました。
結局そのアイデアはなくなったものの、本作の脚本家の一人であるアート・モンテラステリは、その後『ランボー/最後の戦場』の脚本をスタローンと共同で執筆しました。
捻じれた師弟関係
師匠の方がアマチュア
本作の面白い点がこれですね。一家の血筋を絶やさないため、第一子が入隊したら第二子は入隊させないという父の方針の下、若き日のL.T.は軍籍を望んだにも関わらず、その希望は叶いませんでした。その後、特殊部隊を教えるレベルにまでトラッキングと格闘術に精通しましたが、戦場に出たことはないアマチュアであることに変わりはありません。殺し方は教えるが、本当に人を殺したことはないというおかしな立ち位置にL.T.はいるのです。
師匠は弟子の相談に乗れなかった
L.T.の指導により殺人スキルを身に付けたハラムは、メンタルを崩した際には師匠に助けを求めました。しかしL.T.はアマチュアなので、現場に出て行った教え子がどんなことに悩んでいるのかは想像するしかないわけです。そこに、本当は軍属になりたかったのになれなかったというコンプレックスも絡んで、L.T.はハラムからのSOSを無視し続けていました。これが、ハラムが暴走する最大の要因となりました。
師匠の実像に気付いた弟子
FBIと共にL.T.が森の捜索に乗り出した際に、ハラムは自らL.T.の前に姿を現しました。ようやく師匠と話ができる、楽にしてもらえるという安堵感や期待感がこの時のハラムにはまだあったんだろうと思います。
しかし、L.T.は「自首しろ」と他の人間と変わらないことしか言ってきません。ここでハラムは気付くのです。今の今まで師と仰いできたL.T.が、実は思っていたような立派な人間ではなかったと。ここからL.T.とハラムの対決が始まります。もはや自分が頼れる師匠はいなくなった。師匠を倒すことで、これまでの自分が師匠に抱いてきた期待感を満たす存在に自分自身がなっていくのだという思いがハラムにはあったのかもしれません。
壮絶を極める対決
文明を逆行していく二人
二人の対決は、通常のアクション映画とは正反対の方向で進んでいきます。通常、アクション映画の見せ場は人里離れた場所からスタートして市街地へと雪崩れ込んでいくという形で舞台をどんどん大きくしていくものなのですが、本作の場合は市街地での大追撃戦が最初に来て、そこからどんどん装飾が外されていきます。軍もFBIもかなり早い段階でリングから下ろされ、男二人が人里離れた場所で対決するというプリミティブな帰結を迎えます。
ナイフバトルの凄まじさ
山奥での追跡につき身近に武器の入手場所がなく、また武器を取りに戻ればハラムの痕跡を見失うおそれがあるL.T.。逃亡者の身で武器の調達に不自由のあるハラム。ラストのバトルに向けて、L.T.とハラムは共にナイフを自作します。文明から切り離された剥き出しの男同士の対決は、ついにここまで極まったかとドキドキさせられました。
続くナイフバトルでは映画的な装飾がなく、両者ともに血まみれ。そりゃそうですね。ナイフを持った男二人が殺し合いをしていて、刃が一度も体を掠めないなんてことはありえませんから。このナイフバトルの壮絶さと緊張感、そして映画の展開的にどっちが勝ってもおかしくない流れがある中で、観客に先読みをさせないというお膳立ての素晴らしさ。
狂気とリアリティを両立させつつ大きなうねりを作り上げるフリードキンの真骨頂ともいえる名場面でした。
※ここからネタバレします。
ラストの意味
イサクを捧げるアブラハム
ギリギリのところで勝者となったのはL.T.の方でした。この時のL.T.とハラムの構図が『イサクを捧げるアブラハム』という宗教画にソックリですね。
イサクを捧げるアブラハムとは、信心深い男・アブラハムが不妊の妻との間にようやく授かり、目の中に入れても痛くないほど溺愛していた息子のイサクを生贄として捧げよと神から要求されるという旧約聖書内の逸話です。信心深い男・アブラハムは神の命令に従って息子に手をかけようとするのですが、その瞬間に天使が現れ、「ウソウソ」と言ってその行為を止めました。
神の不在が作品のテーマ
この宗教的モチーフと本作との関係ですが、直接的には聖書のように神の使いが止めに入るようなことはなく、神の不在を暗示したものだと言えます。
さらには、L.T.とハラムの関係を神と信者の関係として捉えると、信者は神を信じて祈りを重ねてきたのに神は一向に答えてくれず、実は神は信者が期待するほどの存在ではなかったという解釈もできます。
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