Z(1969年)_豊かな娯楽性と高い思想性【8点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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陰謀

(1969年 フランス・アルジェリア)
ポリティカルスリラーの傑作とされる作品なのですが、製作から半世紀以上経った現在の目で見ても圧倒的に面白く、娯楽作として非常に優れています。また冷戦時代の作品ながら現在でも通用する批評性を纏っており、その思想性の高さも見所です。

作品解説

実際の暗殺事件がモデル

「現実との偶然の一致は意図されたものである」と冒頭のテロップで説明される通り、本作は現実の事件をモチーフにしています。

これはコスタ=ガヴラス監督の母国ギリシャにて1969年時点では現役だった軍事独裁政権を扱った作品であり、1963年に政治家グリゴリウス・ランブラキスが右派によって暗殺された事件を描いています。

ランブラキスは1912年生まれの医師にして政治家であり、また陸上選手として走り幅跳びの国内記録を保持していた文武両道でした。

第二次世界大戦中には対独レジスタンス運動に、60年代にはベトナム反戦運動に参加するなどリベラル運動の象徴的存在でもあったのですが、1963年に反戦運動集会に招かれた帰り道でサイドカーで突進してきた男から棍棒での殴打を受けて死亡しました。

事件後の取り調べで、犯人の男は右派組織に所属していたことが明らかになっています。

彼の死後にはその遺志を引き継ぐ組織「ランブラキス・ユース」が結成され、その代表には20世紀ギリシャ最高の音楽家として名高いミキス・テオドラキスが就任。テオドラキスは本作の音楽も担当しています。

アカデミー外国語映画賞受賞作

本作は公開当時より国際的に高い評価を獲得し、カンヌ国際映画祭にて審査員賞と男優賞を受賞。

またアカデミー賞でも5部門(作品賞・監督賞・脚色賞・外国語映画賞・編集賞)でノミネートされ、うち2部門(外国語映画賞・編集賞)を受賞しました。

『アーティスト』(2011年)や『パラサイト 半地下の家族』(2019年)が作品賞を受賞するようになった近年の状況とは異なり、1960年代において非英語圏の作品が外国語映画賞以外の部門でノミネートされるのは異例のことでした。

しかも5部門のうち3部門(作品賞・監督賞・脚色賞)が主要部門なので、本作の評価がいかに高かったかが伺えます。

それは作品そのもののクォリティに加えて、歯切れの悪い終わり方をしたケネディ暗殺事件を抱えていた当時のアメリカ国民の問題意識にも符合するものがあったためでしょう。

本作には特定の国や社会に縛られない普遍性があったということです。

日本国内では鑑賞困難

そんな名作なのですが、残念ながら日本での鑑賞手段はかなり限られています。

2002年に東北新社よりDVDが発売されたのを最後にソフトのリリースが止まっており、当該ソフトは中古だと39,409円、未開封品ではなんと98,000円という高値となっています(2021年5月11日 Amazonを閲覧)。

またジャケットが日焼けした中古VHSにも15,000円の値が付いており、本作のソフトはもはや骨董品のレベルです。

最近レーザーディスクプレーヤーを新調した私は、運よくヤフオクに2,800円で出ているLDを発見して無事落札できたのですが、そんな環境がない人が本作を見るためには万単位の金を払わなければならないという現状は何とかして欲しいものです。

【落札額1万5千円】レーザーディスクプレーヤーを買ってみた

なお、ヤフオクやメルカリで本作のソフトを探し当てるのはかなり大変な作業です。というのも『Z』というシンプルなタイトルゆえに、検索をかけても『マジンガーZ』『機動戦士Zガンダム』『ドラゴンボールZ』のソフトがダーッと出てきて、なかなか辿り着けないのです。

加えて、安値で出されているソフトは出品者が本作の価値を知らないという状況が推測され、そうした出品者は「イヴ・モンタン」や「コスタ=ガヴラス」といった人名情報を商品説明欄に付記していません。よって、お値打ち品を探したいのであれば第二検索ワードで絞り込むことも不可能。

裏を返せば、そんな状態だからこそ人知れず眠っているソフトがまだあるかもしれないので、頑張って探してみるだけの価値はあります。

感想

硬軟幅広いコスタ=ガヴラスの演出

上記の通り重厚な政治劇がその本質なのですが、意外なことに冒頭では軽快な音楽とセンスあるテロップによっておしゃれな雰囲気を漂わせます。

その直後には農作物の病害について説明する専門家と、その報告を聞くふりをしながら眠そうにしている軍人たちの姿が映し出され、コミカルな演出も施されています。

本作はただ硬派なだけの息苦しくなりそうな政治劇ではなく、要所要所に空気を弛緩させるような演出も施されており、実に多面的な表情を見せてくれます。

また全体としては多数の登場人物が入り乱れる群像劇なのですが、中盤以降はこの事件の真相究明にあたる予備判事が中心人物になってきます。

次々に怪しい奴を引っ張ってきては証言の矛盾点を突いて追い込んでいくこの判事にはヒーロー然としたカッコよさがあり、その活躍には拍手喝采したくなります。演じるジャン=ルイ・トランティニャンは本作の演技でカンヌ映画祭男優賞を受賞しましたが、その評価も納得の名演技でした。

このように本作には適度な娯楽性が織り込まれており、そのことが物語の求心力に繋がっています。

加えて、途中まではヒーロー映画のようにうまくいくと見せかけておいて、最後には現実の厳しさが勝ってしまうという底意地の悪いラストとしたことで、政治劇としてのオチがビシっと決まるという構成も神がかっていました。

硬軟幅広い演出を用いながらも、それらが点でバラバラにならず一つの方向に向けて作用しているという計算されつくした内容となっています。コスタ=ガヴラスの抜群の手腕には舌を巻くしかないのですが、これが長編3作目、30代半ばの頃の作品だなんて信じられません。

敵は軍事独裁政権だけではない

本作ではギリシャの軍事独裁政権が悪者になっている上に、製作当時は東西冷戦時代だったこともあってイデオロギー的な文脈で解釈されていた時代もあったようなのですが、私には「リベラルが正義、軍人は悪」という単純な内容には見えませんでした。

本作のテーマはイデオロギーによって縛られるほど限定的なものではなく、力で真実を覆い隠そうとするものすべてが批評の対象であるような気がします。

実際、コスタ=ガヴラスとイヴ・モンタンのコンビは、次回作『告白』(1970年)においては社会主義国家を悪として描いており、イデオロギーに縛られたモノの見方をしていなかったように思えます。

よって本作で描かれる脅威は「軍人や保守政治家は危険なので、大衆寄りのリベラル政治家に任せよう」という短絡的なものではなく、それは権力を握るものすべてに存在するリスクであると捉えるべきです。

そして、権力とは政治家や軍人だけが掌握するものではありません。大衆が権力者と化して言論封殺に乗り出すということだってありえます。その場合には、社会に漂う「物言えぬ空気」こそが敵となるわけです。

また第四の権力と呼ばれるマスコミも同じくです。「報道しない自由」などというものを発動して不都合な真実を覆い隠しているのではないかという疑惑に対して、彼らはもっと真摯に取り合わなければなりません。

そうでないと、公益ではなく私益に基づいて善悪を判断し、都合の悪いものは黙っておけ、見なかったことにしておけということになってしまうからです。それでは本作の軍事独裁政権と何ら変わりがありません。

本作はそうした含みまでがあるために、現代の観客の心にも響き続けます。

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