ブロークンシティ_社会問題と娯楽の折衷に失敗【3点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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陰謀
陰謀

(2012年 アメリカ)
荒っぽい方法でNYの治安を改善したジュリアーニ市政をモチーフにした社会派なのですが、その政治手法への批判がメインなので、観客に考える部分を与えていないことが残念でした。強権を振るうことをやめれば市内の治安は荒れるけど、それでもいいの?という視点もあった方が良かったかなと。

ジュリアーニ市政がモチーフ

本作ではラッセル・クロウ演じる悪徳市長が高層マンションを建てようとしていますが、Netflix版『デアデビル』でも貧困層を追い出してのヘルズキッチン再開発を巡ってデアデビルとキングピンが争っており、再開発はNY定番ネタのひとつとなっているようです。

この点、本作もデアデビルもルドルフ・ジュリアーニによる市政をモチーフにしたものと思われます。

ジュリアーニについて、日本では911当時の市長で強力なリーダーシップを発揮した人物、NYの治安を劇的に改善させ、地域経済を活性化させた名市長というイメージが強いのですが、地元では必ずしも良い評価だけではないようです。

老舗店舗をどんどん潰して大手の商店が乱立する個性の抜けた街にした上に、観光的価値が上がったために地価が高騰し、そこに住んでいた人が路頭に迷うという事態が発生しました。

そしてホームレスはシェルターに強制的に入れられた上に、保護ではなく自立を第一義とした対策のために人権無視的に見えたこともあって、ジュリアーニの大ナタは多くの反感も買ったようです。

ブロークン・ウィンドウ理論

そのジュリアーニが在職中に基本ポリシーとしていたのがブロークン・ウィンドウ理論(本作のタイトルの由来?)なるものでした。

これは犯罪学者ジョージ・ケリングが1982年に発表した説であり、建物の窓が割れているのを放置すると誰も注意を払っていないという象徴になって軽犯罪が起こるようになり、そのうち凶悪犯罪を含めた犯罪が多発するようになるとして地域の治安悪化を説明しています。

そして、治安を回復させるためには軽微な犯罪にも厳格に対処し、ゴミのポイ捨てや落書きのような秩序違反行為であっても取り締まることが有効であるとされています。

ジュリアーニはこれを徹底的に実践し、些細な喧嘩や騒音トラブルにも警察官を出動させ、地下鉄の落書きを消すなどの地道な活動からタイムズスクウェアからの風俗店締め出しまでを行いましたが、警官による横暴な事件が発生したり、厳しすぎる取り締まりによってニューヨークらしさが消えるとの反発も受けました。

なお、ブロークン・ウィンドウ理論の実践例は日本国内にもあって、ディズニーランドはほんの些細なペンキの剥がれや僅かなゴミも見逃さずに徹底して美観を保つことで、入場客にポイ捨てをさせない風土を作っています。

市長の功罪のうち”罪”の部分だけを切り取りすぎ

一般的に強力なリーダーシップや実行力ある政策には功罪が伴うもの。

本作も善悪では割り切れない政治の難しさを描き、「汚職まみれの現職を追放し、クリーンな新人を市長の座に据えれば弱者苛めの市政は是正されるだろう。ただし、冒頭で処刑したレイプ犯みたいなのがまた市内に戻ってくるかもしれないけど、それでもいいの?」と観客に向かって問いかけるような内容にしていれば面白い社会派サスペンスになったと思います。

しかし、残念なことに本作は明確に反ジュリアーニの方向に振り切れていて監督自身が題材に対して答えを出しているため、物事の一側面を捉えただけの単純な作品に終始しています。

面白みのない主人公

主人公ビリー・タガートの人物像も、設定ほどは面白くなっていません。

司法では無罪放免となったレイプ犯の処刑を実行したビリーは「大義のためなら強硬手段もやむなし」という点で市長と同質の人物であり、当の市長もそう感じたからこそ彼の服役を阻止し、自身の汚れ仕事を手伝わせることにしたものと考えられます。

そんな感じでそもそも正義の人とは言い難いビリーが、なぜ市長の汚職に激しく憤慨しているのかがいまいちピンとこないのです。

例えば自身が殺人犯にされかけたとか、大事な人を売らねばならない状況にまで追い込まれたみたいな、市長と対決せざるをえない背景がひとつでもあれば主人公に感情移入できたのですが、陰謀の端っこ部分でほんのちょっと利用されただけで「むむぅ!これは許せん!」と怒っているのは変かなと。

怒りにまかせて市長からの支払小切手を破るくだりなんて、「あれだけ可愛くて頑張ってくれる事務員さんがいるんだから、その小切手から給料払ってあげなよ」と思ったし。

恋人との関係も不自然

また、ビリーと恋人・ナタリーのエピソードも不発でした。

7年前、ビリーはキャリアを捨ててまでレイプ犯の処刑を実行し、ナタリーをはじめとした被害者家族を精神的に救いました。ナタリーはビリーに対してそれほどの恩義があるにも関わらず、「あなたは私の仕事を理解してくれないのね。もう一緒には居られないわ」なんて言って薄情なフリ方をします。

このエピソードは、治安悪化で困っている時にはジュリアーニを頼りにしながら、喉元過ぎると独裁者に例えてその強硬策を非難し始めた市民団体を揶揄したものとも深読みできますが、作品全体が反ジュリアーニの姿勢で演出されているために、これらのやりとりの意義が失われています。

こんなことならばナタリーは登場させず、ビリーと事務員さんの付かず離れずの微妙な恋仲を描く方が面白かったのではないでしょうか。

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