(1996年 アメリカ)
本来簡単だったはずの狂言誘拐が、どんどん脱線していく様を描いたブラックコメディ。全体の絵を描いた首謀者でありながら、状況をコントロールできなくなっていくウィリアム・H・メイシーの小市民演技が見もの。

感想
アカデミー賞で主演女優賞と脚本賞を受賞した名作。
過去に何度か見たことがあるけど、Amazonプライムで無料配信されているのを発見して何年かぶりに鑑賞したら、あらためて面白かった。
あらすじは簡単。資産家の義父から大金をせしめるべく妻の狂言誘拐を仕組んだら、計画が制御不能になって破滅への道をひた走ることになった男の悲喜劇。
この首謀者を演じるのは『ブギーナイツ』(1997年)や『ジュラシック・パークⅢ』(2001年)のウィリアム・H・メイシー。
終始困り顔の気弱な役柄が板についたメイシーは本作の演技でオスカーにノミネートされたが、構成上は主人公の一人と言ってもいい役どころであるにも関わらず、助演男優賞でのノミネートだった点が泣かせる。
しかも本作で受賞の栄誉にあずかったのは主演女優賞のフランシス・マクドーマンドで、彼自身は受賞を逃している点もメイシーらしいっちゃ、らしい。
ちなみにリアルのメイシーは、当代きっての劇作家デヴィッド・マメットと共同で劇団を立ち上げるなど、パブリックイメージとは似ても似つかぬパワフルかつアグレッシブな人物像のようだ。『ER』で演じたモーゲンスタン部長が本来の彼に一番近いのかもしれない。
そんなメイシーが演じるのは、ミネアポリスの自動車販売店で営業部長を務めるジェリーという男。
営業部長と言えば聞こえはいいが、実のところは資産家である義父の会社に親族枠で雇われているだけで、部下らしい部下もいなければ、社内で敬われている様子もない。
客にオプションの車体コーティングをやたら勧めるのだが、ことごとく売り込みがうまくいかないのが泣かせる。
ジェリーは部長の地位を守るべく架空売上を立てていたらしく、ローン会社にバレかけて書類を見せろとせっつかれている。明示的には説明されないが、この穴埋め資金のための狂言誘拐なのだろう。
職場の自動車整備工の伝手で犯罪者二人組との接点を持ち、計画の説明へと現れるのが映画の冒頭部分。
ここで顔を合わせるのがウィリアム・H・メイシー、スティーヴ・ブシェミ、ピーター・ストーメアの3人組で、どう見ても完全犯罪をやり切れる面々ではない。
本作の演技が大プロデューサー ジェリー・ブラッカイマーの目に留まったのか、ブシェミとストーメアは超大作『アルマゲドン』(1998年)に仲良く出演したのだが、メイシーだけお呼びがかからなかったあたりもメイシーらしい。
「待ち合わせは19:30で1時間の遅刻だぞ」「いや20:30の約束だったはずだ」という行き違いの時点で危うさ全開。待ち合わせ時間すら揃えられない3人組が、どうやって狂言誘拐をやり遂げるのか。
また、この時点でのジェリーの説明では身代金8万ドルを山分けということだったが、後に身代金は100万ドルであることが判明。共犯者には4万ドルの手間賃だけ渡しておき、自分は96万ドルを懐に入れようとするズルを企んでいたのである。
こうしたグループ内の亀裂・行き違い・不整合に加え、首謀者でありながら全体を掌握できていないジェリー、困るとすぐに人を殺す暴力装置ゲア(ピーター・ストーメア)という最悪の組み合わせが、後に死体の山を築いていくことになる。
本来難しくもない犯罪計画の歯車がどんどん狂っていき、制御不能になっていく。その状況に焦燥するウィリアム・H・メイシーの困り顔を、我々観客はひたすら眺めることとなる。
「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」というチャップリンの名言があるが、本作は失敗に終わった犯罪計画を徹底して突き放した視点から観察することで、喜劇として仕上がっている。
そういえばコーエン兄弟の友人サム・ライミも、雪国を舞台に小市民があたふたするサスペンス『シンプル・プラン』(1998年)を製作したが、そちらは登場人物にクローズアップした結果、深刻な悲劇となっている。そちらの映画も面白いので、ぜひ見比べてみよう。
惜しむらくは、劇中のキャラクターが発する強烈なミネソタ訛りが、英語ネイティブではない私には伝わってこなかったこと。
ミネソタ訛りは、日本で言うとズーズー弁のようなもので、それが連続殺人事件に似つかわしくない弛緩した空気感を作り上げている。またフランシス・マクドーマンドの演技が絶賛された要因の一つでもあるようなのだが、字幕や吹替ではその点がまったく表現されていなかった。当然っちゃ当然だけど。


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