シンプル・プラン_骨折り損のくたびれもうけ【9点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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クライムサスペンス
クライムサスペンス

(1998年 アメリカ)
たまたま拾った大金を我が物にしたければ、しばらく何もせず黙っておけ。そんな簡単な計画すら遂行できずドツボにハマっていく人々の姿を通して、人生の真理の一端を正確に切り取った残酷なおとぎ話。知名度は今一つだが、物凄く面白いので必見の作品である。

作品解説

難産だった映画化企画

原作はスコット・B・スミス著『シンプル・プラン』(1993年)。

同作はスティーヴン・キングからの絶賛を受け、小説発表前の時点で『卒業』(1967年)のマイク・ニコルズが映画化権を取得。原作者自身の手で脚色が行われた。

ミニマルな舞台の心理劇であるため、スミスは半年もあれば製作可能と踏んでいたのだが、実際には完成までに5年を要し、5人の監督の手から手へと経由するという難産の企画となるのだった。

最初の監督ニコルズは初期稿に満足できず、『すべての美しい馬』の製作を優先して本作からは降板してしまう。なお『すべての美しい馬』も結局ニコルズが監督することはなく、本作に出演したビリー・ボブ・ソーントンの手で完成することとなる。

ニコルズの後任に就任したのはコメディ俳優のベン・スティラーで、初監督作『リアリティ・バイツ』(1994年)の高評価を受けての起用だったと思われる。

スティラーは作品の脚色に9か月をかけたが、もうすぐ撮影開始という段階に入ったところで映画化権を持つサテライト・ピクチャーズが破産。新たな出資者を探すことにも失敗したため、現場は撤収となった。

その後に映画化権を買い取ったのは『ブロンクス物語』(1993年)や『アメリカン・ヒストリーX』(1998年)などのドラマ作品を得意とするサヴォイ・ピクチャーズで、彼らは『ロードキラー』のジョン・ダールを監督に雇った。

ダールは『レッドロック/裏切りの銃弾』(1993年)で組んだニコラス・ケイジを主演に迎えたが、その途中でサヴォイは作品に対する関心を失ってしまい、またしても企画は振出しに戻る。

その後、パラマウントが映画化権を買い取り、大物プロデューサーのスコット・ルーディンが本作を手掛けることに。多くの映画人が関わった本作の企画に最も大きな影響を与えたのは、ルーディンだったと言われている。

ルーディンの指示によって兄弟の関係を軸とする物語として整理され、ビル・パクストンとビリー・ボブ・ソーントンがキャスティングされた。

そしてルーディンが監督に選んだのは『脱出』(1972年)のジョン・ブアマンで、1997年1月より撮影を開始する予定だったが、冬の終わりまでに撮影を完了できない可能性が出てきた。

雪が大きな意味を持つ本作で撮影の遅れは致命傷にもなりかねないため、パラマウントはスケジュールの延期を決定。ブアマンも仕切り直して1998年1月より撮影に入るつもりでいたが、『ジェネラル 天国は血の匂い』(1998年)とのスケジュールのバッティングが発生してしまい、結局降板してしまう。

これを引き継いだのが『死霊のはらわた』(1981年)のサム・ライミだったが、土壇場での起用だったためロケハンなどをしている時間的余裕はなく、ブアマンのポスプロ作業をそのまま引き継いで撮影に入った。

アカデミー賞3部門ノミネート

製作に困難を極めた映画とは、どこかに根本的な欠陥を抱えているものと思われやすい。

しかも最終的に監督に就任したサム・ライミはホラー監督のイメージが強く、それまで大人の映画を撮ったことのないライミが本作を仕上げられるのかという不安もあった。

加えて、雪を背景とした心理サスペンスという点で、ライミの長年の友人であるコーエン兄弟の『ファーゴ』(1996年)との類似性も指摘され、この映画は二番煎じではないかと見られる向きもあった。

しかしライミはネガティブな下馬評をものともせず、本作で高い評価を獲得する。

演出、脚色、演技のすべてが絶賛され、アカデミー賞では助演男優賞、脚色賞、撮影賞にノミネートされた。

感想

待望のBlu-ray発売記念

本作を初めて見たのは地上波の深夜枠だったが、あまりの面白さに眠気も吹っ飛ぶほどのめり込んだ。

その後にDVDも購入したが、これがDVD黎明期にあったCDサイズのパッケージで、その後にリマスター版などが発売されることもなく、良い映画なのに陽の目を見ない扱いが悲しくなってきた。

知名度の低い作品だし、このまま新しいソフトが出ることもなく埋もれていくのかななんて思っていたが、2022年末に突如Blu-rayが発売されることとなった。

小規模作品なので特典映像テンコ盛りというわけでもないが、それでも本作をフルHD画質で鑑賞できることには感謝しかない。

この手の作品は気づけば版権切れで入手困難になったりするので、すぐに購入した。

で、再見したが、相変わらず面白い。

平凡な主人公たちが雪に埋もれた小型飛行機を発見。中には操縦者の死体と400万ドルが入ったバッグが残されているんだけど、どうせ犯罪絡みのロクでもない金だろうということでネコババすることに決める。

ただしこの金を探している奴がいるのかどうかを、念のため確認しておきたい。

雪解けした春先になれば、自分たち以外の誰かがこの飛行機を発見するはずなので、その際に何が起こるのかを見届けよう。もしも本当にヤバそうな動きが見られた場合には、金を燃やして関与を永遠に消してしまえばいい。

ただ春先まで待つだけで大金が自分たちのものになるかもしれないという簡単な計画、これがタイトルの由来である。

一般的なサスペンス映画では、困難な計画をいかにして遂行するのかという点にフォーカスされるのだが、その構図をひっくり返して「ただ何もしない」という簡単な計画すら危うくなるという点が、本作の醍醐味となっている。

小市民的な小心さや、大金を目の当たりにしたことで芽生える欲望によって、本来簡単なはずの計画がみるみる崩れていく。

心理描写が巧みで突飛な展開がなく、もしも自分が同じ立場に置かれれば、主人公たちと同じ失敗を犯すかもしれないというリアリティもある。そして「人生とは、幸福とは」という哲学的な問いかけもあって、ただの犯罪サスペンスに留まらない奥行きもある。

公開時、本作は『ファーゴ』(1996年)との類似性を指摘されたが、私は『ファーゴ』と十分に肩を並べられるレベルの傑作だと思っている。

阿呆二人がとにかく面倒

主人公ハンク(ビル・パクストン)は大卒の会計士だが、生まれ故郷である田舎町で飼料店の雇われ店員として働いている。見たところ、彼のスペックに対して十分な活躍の場が与えられているとは言い難い。

とはいえ、あくせくと働く必要もなく、幼少期から馴染んだ町の人たちとの交流を楽しみながら、食うに困らない程度の収入は得られているという現状に、ハンクはそれなりに満足している。

そこに降ってわいたのが謎の400万ドル。

兄ジェイコブ(ビリー・ボブ・ソーントン)とその親友ルー(ブレント・ブリスコー)と3人で大金を発見して、上記の通り、春先まで様子を見てから山分けしようということにする。

ただし問題はジェイコブとルーが規格外の阿呆だったことであり、こいつらが事態をどんどん悪化させていく。

ケチの付きはじめは現金発見現場でのこと。

タイミングの悪いことにパトカーで移動中の保安官に発見されてしまい、「お前ら、こんな場所に停車して何やってんだ?」と尋ねられる。

ハンクはバカ2人を車に残して保安官対応に出ていくのだが、頼んでもないのにジェイコブがノコノコと出てきて「飛行機の音がしたもんで」と要らんことを言い出す。

「飛行機って何の話だ?」と訝しがる保安官。自分達と飛行機との関わり合いの痕跡を完全に消すというシナリオが開始早々崩れて、大いに焦るハンク。

後日、やばいと感じたハンクは追加の偽装工作をするためジェイコブと共に墜落現場に戻るんだけど、今度は顔見知りのじいさんに遭遇。

「キツネを追っている」と言って森に入って行こうとするじいさんと、このタイミングで飛行機を発見されれば自分たちの関与を隠しきれなくなると焦るハンク。

次の瞬間、ジェイコブは工具でじいさんを殴り付けてしまう。ついに人まで殺してしまった、もう後戻りはできない。

そしてまた別の場面で、ジェイコブはかつて両親が手放した農場を買い戻したいと言い出す。

無職のお前が農場なんて買ったら金の出どころを疑われるに決まってるだろ、どうしても農場が欲しいなら誰にも知られていない土地で買えと言って計画を止めようとするハンクだが、ジェイコブは阿呆すぎてそんな忠告なんて聞きやしない。

身内とは言え、ここまでポンコツだと言葉も出ない。

そしてポンコツ加減で言えば、もう一人の共犯者ルーも負けてはいない。

ある日、ハンクの家にやってきたルーは、金欠なもんで例の金の一部を使いたいと言い出す。

「だーかーらー、お前が金なんて持ってたら怪しまれるに決まってるだろ」と当然のことを言うハンクだが、多重債務者であるルーにとっては背に腹は変えられない状況のようだ。またルーはカジノ通いをしているという話も聞こえてくる。

この金がどういうものか分かるまで寝かせておこうという簡単な計画すら理解できず、すでに自分の金だと思って夢を膨らませ、目先の欲求を我慢できない阿呆二人がすべてをぶち壊しにしようとしている。

この緩やかな緊張感が観客にもイヤ~な汗をかかせる。

常識人が一番危ない

と、ここまではハンク目線の話なのだが、実際のところ、もっとも状況を悪化させているのは常識人であるハンクだったりする。

ハンクが現場に戻ろうとなんてしなければ、きつねのじいさんを殺す必要もなかった。それどころか、あのじいさんが飛行機を発見してくれていれば、当初の計画通りに事態を遠巻きに眺めていられたかもしれない。

また阿呆のルーを信用できなくなったハンクは、カマをかけてルーから犯罪行為に関わったという発言を引き出し、これをネタに脅してルーを黙らせておこうとする。

ハンクからすればこれを表に出す気なんて毛頭なく、一定期間ルーをコントロールするための保険があればいいという程度の目論見だったのだが、やられたルーからすれば深刻な不信感へと繋がっていく。

本来は3人が協力し合わなければならないところ、ハンク自らが信頼関係をぶち壊しにして、簡単な計画の屋台骨をへし折ってしまうのだ。

またハンクは、無職で、いい歳をしてロクに彼女ができたこともない兄ジェイコブを内心見下しているのだけど、両親の死にまつわる認識では、むしろジェイコブの方が裏の事情までを正確に読み取っていたことも判明し、賢い人間こそ死角が多いという弱点を露呈する。

すべてを見ているつもりのハンクの目こそが実は節穴だらけで、多くの重要なことを見落としていく。この皮肉な構図には普遍性があり、足掻けば足搔くほど深みにはまっていく様は、哀れでもあり滑稽でもあった。

お金は大事か?大事じゃないか?

そしてこの物語が観客に投げかけるのは、「金は大事か?大事じゃないか?」というシンプルな問いかけである。

表面的に見ていれば、金は人を狂わせる、大金なんて求めるもんじゃないと思うことだろう。冒頭と〆のハンクのモノローグは、まさにそのことを言っている。

しかし劇中のジェイコブは正反対の認識を示している。金さえあればある程度の幸せは買えると言うのだ。

ジェイコブは未婚であるどころか、異性とキスをした経験すらない。

そんなジェイコブだが、もしも大金を持てばこんな自分にも女性が寄ってくる、子供も持てるかもしれないと言う。

美人の妻も可愛い子供もいるハンクからすれば、そんなうわべだけの関係なんて幸福とは言えないのだが、何も持っていないジェイコブからすれば、「ない」が「ある」に変わるだけでも十分に価値を感じられる。

実際、ジェイコブには思い当たる経験がある。

思春期のジェイコブにはキャリーという女友達がいて、二人は恋人のように親密だったのだが、この話には裏があった。

実はキャリーは友人から100ドルを受け取る代わりに、キモいジェイコブと1カ月付き合えるかという賭けをしていたのだ。

まぁ酷い話ではあるのだが、何もないジェイコブからすれば、それでも生涯唯一のかけがえのない思い出となった。

そしてたったの100ドルでもキャリーは1か月分の思い出をくれた。これが100万ドルともなれば一生分の思い出を買えるんじゃないかというのがジェイコブの認識である。

その認識は間違っていない。良きにせよ悪しきせよ金は人を動かす、認識を変える。無一文のジェイコブと、100万ドルを持ったジェイコブでは、社会的には完全に別人として扱われることになる。

「金なんて重要ではない」というのは、ある程度満たされた者だけが言えるセリフなのだ。

〆に至ってもそんな綺麗事を言っていられるハンクには、やはり何も見えていないということか。

人生の真理の一端を正確に切り取った残酷なおとぎ話である。

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