(2004年 アメリカ)
権力欲の強い母オリンピアスに育てられたアレキサンダーは、父フィリッポス2世の暗殺により20歳でマケドニア王となったが、権力を得たいオリンピアスとアレキサンダーが暗殺に関わっているのではないかとの疑念が国内では多かった。そんな国内情勢や母オリンピアスから逃げ出すかの如く、アレキサンダーは西アジアへと進軍を開始する。
それまで大作の監督候補としては名前が挙がることの多かったオリバー・ストーンが、当時の為替レートで200億円もの巨費を投じた本作を大コケさせたことからパタっと大作のオファーを受けることがなくなったという点で、ストーンのキャリアの分岐点となった作品なのですが、全体につまらなくてヒットしないことは納得の出来ではあるものの、同時に駄作とは切って捨てられない魅力も持った作品であると感じました。
まったく面白くない前半
生い立ちが駆け足で描かれた後、父王・フィリッポス2世が新たに迎えた妃との婚姻の席での親子喧嘩がきっかけで祖国・マケドニアを追い出されるアレキサンダー。彼は、新たな妃が近い将来産むであろう王子に王位継承権を奪われるという絶体絶命のピンチに陥るのですが、次の場面ではいきなり時代が飛び、歴史上名高いガウガメラの戦いの前日において、アレキサンダーはマケドニア王として家来達に指示を出しています。
王位継承問題はどうなったのか、そしてアレキサンダーはどんな目的意識を持ってこの大遠征を開始したのかといった情報がバッサリ落とされていきなり決戦前夜なので、見ている私の頭の中は疑問符だらけでまったく感情が付いていきませんでした。続く合戦シーンでは大量の人馬を用いた大規模な見せ場が繰り広げられるのですが、基礎情報を持たされていないためにまったく感情が乗りませんでした。
前半パートは万事がこの状態で、合戦シーンの他にもバビロンの絢爛豪華なセットなどには大変な見応えがあったものの、「そもそもなぜこんなことをしているのか」というアレキサンダーのドラマがさっぱり分からないために、何を見せられてもそれが感動や興奮には繋がりませんでした。
急激に面白くなる後半
本編は後半パートに入りますが、ギリシャ文明における悲願であったペルシャ征服を成し遂げた後もアレキサンダーは遠征をやめず、祖国を出発してすでに8年。疲弊しきった部下からはついに不満の声が上がり始め、アレキサンダーは自身への批判をやめなかった腹心の一人を殺してしまいます。
そして場面は過去に遡り、序盤で途切れていた王位継承問題の続きが唐突に始まります。ここでようやく明らかになったのは以下の3点。
- 自分自身と息子の地位を危ぶんでいたオリンピアスがフィリッポス2世を暗殺したこと
- この暗殺事件の時点ではアレキサンダーはフィリッポス2世との関係を修復しており、暗殺を実行した母親を非難したこと
- しかしフィリッポス2世の死によるメリットの最大の享受者はアレキサンダーだったことから、国中がアレキサンダーも暗殺に関与していると思っていたこと
母親との関係悪化と、国中から王位簒奪者と見られているという居心地の悪さからアレキサンダーは祖国に背を向け、遠征に次ぐ遠征を行っていたという背景がここで判明するのですが、ようやくアレキサンダーの行動原理が明らかになったことから目の前のドラマが腹落ちするようになり、映画は急激に面白くなっていきます。
軍の問題点が組織論的に分析されている
また、アレキサンダー個人の問題を明らかにしたと同時に、彼が指揮をとるマケドニア軍内でどんな問題が起こっていたのかの分析もオリバー・ストーンは行うのですが、この分析がかなり普遍的な組織論的な分析だったので、私は見ていてとても面白く感じました。
- リーダー個人の目標と組織全体の目標が整合しておらず、リーダーと部下がビジョンを共有できていない状態になっている
- その結果、部下から上がってくる意見が正当な批判なのか、謀反の意図を持ったものなのかの区別がつかなくなり、意思決定をリーダー一人で抱え込まねばならなくなっている
- 組織が拡大したことで利益の分配先が増加し、古参の部下たちは信頼関係のない新参者にも分配されていることで自分達がリーダーから蔑ろにされているような感覚を持つようになっている
リーダーはどんどん前に進もうとするんだけど、部下が全然付いてこられない。そんな部下の様子を見て、リーダーは「俺に付いてこられない奴は無能だ」とか「軟弱者だ」とか言ってしまうんですね。そもそも個人の目標と組織の目標をごっちゃにしていたり、その目標をはっきりと示せていないリーダーの方が悪いんですけど、リーダーは「俺がこんなに悩み苦しんで組織全体のために走り回ってるのに、なんでお前らは付いてこられないんだ」という感覚を持ってしまっている。
しかも悪いことに、カリスマ的なリーダーの周りにはその信者みたいな部下や、おべっかを使って取り入ろうとする太鼓持ちがいるので、そういう人間達がリーダーによる現状認識を妨げてしまいます。こうなってくると組織は終わりですね。リーダーと組織のどちらかが壊れるまで進むしかなくなります。マケドニア軍はまさにこうして崩壊し、世界を征服したアレキサンダー帝国はたった一代で分解してしまったわけです。
裸の王様となったアレキサンダーの心理劇はまさにストーンの得意とする分野であり、リーダーと部下の対立が解消しないまま組織全体が破滅へと突き進んでいく後半パートは内容的にかなり充実していました。
特殊な構成は諸刃の刃
本作はアレキサンダーの転落劇にフォーカスするために王位継承問題を後半に持ってくるという特殊な構成となっており、その目的では確かに効果をあげていると言えるのですが、他方でマケドニア軍がイケイケどんどんだった前半パートが完全に犠牲にされた形になっています。
この点、観客が史劇に期待するものとは圧倒的に不利な状況からペルシャのような大帝国に勝利するという古代の英雄の大活躍であり、本作のような転落劇は期待されていなかったことが、作り手と観客との間の温度感のズレの原因となっているような気がします。
企画の競合が全体を洗練させる時間を奪った?
本作が製作されたのとほぼ同時期に、制作ディノ・デ・ラウレンティス、監督バズ・ラーマン、主演レオナルド・ディカプリオでアレキサンダー大王の生涯を描くという競合企画が存在していました。
早く公開にまで漕ぎつけた方が有利という状況にあって、本作は制作を急いだために全体を洗練させる時間が足らなかったのかなという気はしました。決して作りの甘い映画ではないので、詰めをしっかりすればもっと面白く、かつ、多くの観客にテーマを理解してもらえる作品になったように思います。
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